620.作戦第二段階
接近して〖死神の種〗を植え付ける、打倒オリジンマター作戦の第一段階は成功した。
第二段階に入る。
一定距離を保ちながらオリジンマターの周囲を飛び回り、俺は回避に専念する。
そして、俺に代わり、アロに攻撃を行ってもらう。
この段階では、トレントには完全に待機してもらうことになる。
トレントがオリジンマターに使える自発的な攻撃能力は、せいぜいが〖ウィンドスフィア〗なのだ。
〖熱光線〗や他の魔法攻撃は、全てオリジンマターの完全耐性に無効化される。
近接のカウンタースキルをオリジンマター相手に叩きこむ機会はない。
だが、トレントの魔法力での〖ウィンドスフィア〗では、オリジンマターの防御力の前にはまともなダメージを通すことができない。
トレントの〖アンチパワー〗や〖ガードロスト〗が通るのであれば、オリジンマターの〖次元斬〗にはあまり気を付けなくてよくなる上に、高い防御力にダメージを通しやすくなるのでかなり楽になったはずなのだが……残念ながら、オリジンマターには状態異常の完全耐性がある。
そのため、この作戦の第二段階では、トレントはMPを温存して待機してもらうことになる。
アロは〖暗闇万華鏡〗で三人に分身し、〖ダークスフィア〗を連打してオリジンマターを狙う。
オリジンマターの体表で黒い光が爆発する。
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〖ドロシー〗
種族:オリジンマター
状態:狂神
Lv :140/140(MAX)
HP :3287/5524
MP :6342/6535
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〖ダークレイ〗の嵐を回避しつつ、俺はオリジンマターのステータスを確認する。
オリジンマターは防御力が高く、魔法耐性も最大である。
そこが怖かったのだが、アロの〖ダークスフィア〗一発で四百以上はダメージが通っている。
いける、充分〖自己再生〗を使わせ、MPを消耗させられる範囲だ。
今回はオリジンマターの攻撃パターンは把握できているので、冷静に対応できる。
加えて無理に俺が攻めずに回避に徹せるため、素早い〖ダークレイ〗にもどうにか対応できている。
〖ダークレイ〗の嵐は、俺の軌跡を追うように尾のすぐ後ろを撃ち抜いていく。
気を抜けばすぐにでも撃ち抜かれかねないが、現状はどうにか安定した回避に成功している。
オリジンマターは〖ダークスフィア〗を嫌がるように、フワフワと不規則に動き始めた。
いくつかの〖ダークスフィア〗が外れ、オリジンマターの背後へと飛んでいく。
「竜神さま……もう少し、近づけませんか?」
アロが苦しげに口にする。
『……ああ、わかった』
ここでオリジンマターのMPを減らせねぇと、後の余裕がなくなる。
〖ビッグバン〗を絶対に避けられねぇ以上、〖ビッグバン〗の前後で俺は大量のMPの消耗を強いられることになる。
ここで少しでも多くのMPを削っておきたい。
俺は回るように飛びながら、オリジンマターへの距離を詰めた。
そのとき、オリジンマターの模様の動きが変化した。
〖ダークレイ〗の弾幕が微かに薄くなる。
これは〖次元斬〗の前兆であり、俺が攻撃に出るチャンスだった。
『急降下するぞ!』
俺は首を傾けて地面へ向け、ほぼ直角に下へと落ちた。
俺のすぐ上に斬撃が走った。
『うしっ! 回避できたっ!』
俺は角度を緩やかに上げて高度を戻しつつ、〖次元爪〗をオリジンマターへと放った。
オリジンマターが〖次元斬〗に意識を向け、〖ダークレイ〗の数が減る瞬間。
このタイミングは、比較的安全に俺が攻撃を通すことができる。
オリジンマターの黒い光の身体に〖次元爪〗の一閃が走った。
ちっと恐かったが、どうにか上手くいった……!
『アロ、一瞬距離を取って態勢を立て直して、そっから距離を詰める! それまで〖ダークスフィア〗は控えてくれ!』
「はいっ!」
アロ三人衆の声がする。
その後、宣言通りに〖ダークレイ〗の嵐の中、距離を取って態勢を立て直し、落ち着いてから距離を詰めた。
アロの〖ダークスフィア〗がオリジンマターの体表で爆ぜていく。
いける……上手く削れている。
オリジンマターのスキルが割れている上に、それをしっかりアロ、トレントと共有できているのが大きい。
もっとも、今の俺は攻撃を受けないことを優先した動き方をしているだけなので、その分与えられているダメージも少ない。
一つのミスで簡単にひっくり返されかねないようなアドバンテージだ。
ここで少しでも優位を得て、作戦の第三段階で一気にダメージを稼いで倒しきる!
ここまでは、概ね想定通りに事が運んでいる。
『……なんだ、あの縞模様の動き……?』
オリジンマターの〖ダークレイ〗の弾幕が薄くなったと思えば、体表に走る流線の動きが、断続的に変化する。
スキルは全て確認できているはずだが、何があるかわからねぇ。
俺は一応、若干距離を取るように動いた。
と、俺のすぐ横に〖次元斬〗の斬撃が走った。
右肩が掠った。高度が若干落ちる。
『チッ! 避け損なった!』
ただの〖次元斬〗ならば、距離を置くより、高度を一気に落として回避するべきだった。
〖次元斬〗は間合いのない斬撃だ。このスキルが相手だと、多少距離が前後しても影響はほとんどない。
次に、俺のすぐ上方に斬撃が走った。
〖次元斬〗を連打してきやがった!
燃費がいい〖ダークレイ〗と比べ、攻撃力依存であるため威力で劣り、MP消耗もそれなりである〖次元斬〗は連発には向かないはずだ。
だが、ちくちくと〖ダークスフィア〗で攻められたことに、どうやら相当腹が立っているようだと窺える。
まだ〖次元斬〗は飛んでくるはずだ。
数は減っているが、〖ダークレイ〗の弾幕も迫ってきている。
下手な回避は取れないため、動き方が限定される。
それになにより、ただの球体であるオリジンマターの放つ〖次元斬〗は、狙っている箇所が全く読めないのも問題であった。
回避に失敗すれば、アロやトレントに当たりかねない。
アロも〖次元斬〗なら一発は耐えられるはずだが、俺から弾き落とされることになるため、かなり苦しい展開になる。
ここは……正面から受けるしかねぇ。
俺が正面から受け止めれば、オリジンマター側に向いていないアロ達への攻撃は確実に回避できる。
それに受ける覚悟ができていれば、体勢を崩して〖ダークレイ〗の直撃を受けるという、最悪の事態も避けられる。
俺は胸部を広げる。
〖次元斬〗が、顎から腹部に掛けて走った。
直後、〖ダークレイ〗が飛来してくる。
横へ跳んだが、避け損ない、横っ腹の肉を鱗ごと飛ばされた。
「りゅっ、竜神さま!」
『大丈夫だ! これくらい、大したダメージじゃねぇ!』
〖ダークレイ〗の直撃さえもらわなければ、助かったと思うべきだ。
俺は直後、斜め下へと急降下してその場から離れ、〖自己再生〗と〖ハイレスト〗を用いて傷とHPを回復しつつ、体勢を整えていく。
ここが空中でよかった。
直撃をもらって体勢を崩しても、自重を活かして急降下すれば、ひとまずその場から素早く離れることができる。
地上であればこうはいかない。
避けられる方向が地上に比べて圧倒的に多いのも助かっている。
速すぎる〖ダークレイ〗の弾幕からは逃げるように動くしかないし、〖次元斬〗も相手の予想を裏切って回避するしかない。
地上戦であれば、オリジンマターの弾幕攻撃を避ける難度は間違いなく数段は跳ね上がっていた。




