614.ヘカトンケイルへの対策
俺はアロとトレントが待機している場所へと戻った。
『よくぞご無事で、主殿。……しかし、あの巨像は、駄目であったようですな』
木霊状態のトレントが、少し顔を俯けてそう口にした。
『……ああ、急ぎてぇところだが、今の俺の体力じゃ無理だ。ヘカトンケイルに挑むには、その日はMPは完全に温存しておく必要がありそうだ』
「次は大丈夫そう、ということですか?」
アロが首を傾げる。
『そうだな、だが、俺だけじゃ無理だ。攻撃面自体は、そこまで大したもんじゃねぇ。危険だが、次はアロとトレントにも、戦ってもらうことになりそうだ。もうちっとレベルが必要だろうがな』
「任せてくださいっ! 必ず竜神さまのお役に立ってみせます!」
アロが意気込む。
『主殿が諦めた相手に、私などが加わったところでどうにかなるでしょうか……?』
俺は頷いた。
『今回は、むしろトレントの独壇場になるかもしれねぇぜ』
『わっ、私が……?』
トレントはびくりと身体を震わせ、翼で自身を示す。
『まさか、主殿……私をあの塔の頂上から、あの巨像目掛けて落とすつもりでは……?』
俺はヘカトンケイルが守っている、頂上の見えない巨大な塔へと目を向けた。
……まぁ、うん、確かにあれだけの距離から落としたら、一万ダメージくらい飛ばせるかもしれねぇが、トレントも一緒に消し飛びそうだな。
何ならヘカトンケイルに普通に回避され、トレントだけペチャンコになるビジョンが見える。
「トレントさん、竜神さまを何だと思っているの……?」
アロがジトっとした目でトレントを睨む。
『いっ、いえアロ殿! しかし、私が活躍というと、それくらいしかないのではないかなと……!』
……そ、そう自分を卑下しなくても。
確かにワールドトレントはかなりピーキーな性能だ。
だが、だからこそ、噛み合いさえすれば、格上相手でも絶大な効果を発揮する。
『〖死神の種〗があっただろう。多分、今回はアレを使ってもらうことになる。そうじゃないと、あのデカブツは突破できそうにねぇ』
ワールドトレントには〖死神の種〗という強力なスキルがある。
【通常スキル〖死神の種〗】
【相手に魔力を吸う種を植え付ける。】
【スキル使用者と対象が近いほど魔力を吸い上げる速度は速くなる。】
【魔力を完全に吸い上げた〖死神の種〗は急成長を始め、対象の身体を破壊する。】
勝負を長引かせさえすれば、MPを削って相手の身体を破壊できるスキルだ。
後半の能力は悍ましいようで、相手のMPを吸い尽くした時点で勝ちは確定しているようなものなので、正直おまけのようなものだろう。
だが、MPの継続的な吸収というのは、それだけで充分に強力だ。
この手のスキルは、敵の魔法力が低いほど効果は強くなる。
そしてヘカトンケイルは、伝説級としては異様に魔法力が低い。
その上、相手に持久戦を強要する能力がある。
必然的に戦いは長丁場になる。
これはヘカトンケイルのMPを削る戦いなのだ。
トレントを上手く守りつつ戦うことができれば、〖死神の種〗はヘカトンケイルへの大きな対策になる。
『そ、そういうことでしたらお任せくだされ! このトレント、必ずややり遂げて見せますぞ!』
『トレントにはとにかく〖死神の種〗の維持を、アロには〖ダークスフィア〗の連打を放ってもらう。俺は全力でヘカトンケイルを引き付け続け、あいつの望む通りの持久戦に乗ってやるさ』
魔法スキルはやはり効率が悪い。
〖グラビドン〗は使わねぇ、〖ヘルゲート〗は燃費が悪すぎるので論外だ。
外したときのMPの一方的な消耗が、ヘカトンケイル相手ではあまりに苦しい。
魔法の大技を当てるより、〖オネイロスマレット〗で数回殴ってやった方がいい。
ぶん殴るだけならMPは使わないで済む。
〖竜の鏡〗は悩みどころだが、多分使わない方がいい。
持続消耗のMPは馬鹿にならねぇ。
高攻撃力を活かしても、ヘカトンケイル相手では一気に戦いを終わらせることはできない。
『対策はばっちりそうですな! なんだか勝てそうな気がしてきましたぞ!』
『ああ! 俺の見立てだと、レベルアップも考慮すれば、この手順で三体掛かりで挑めば、ヘカトンケイルのMPを六割は削れるんじゃねぇかと思ってる』
『おおっ! ……あれ?』
トレントは興奮げに翼を動かした後、動きを止めて首を傾げた。
「竜神さま、残りの四割は……?」
『多分、俺達だけじゃ、どう足掻いても十割は無理だ。だが、当てがある』
「当て、ですか?」
ヘカトンケイルに与えるダメージを底上げする方法は大きく三つある。
一つ、ステータスを上げること。
二つ、効率的にダメージを与える流れを確立させること。
そして三つ、戦力を補充することだ。
『後回しにしていた、オリジンマターを狩りに行く。今の俺達なら、きっと勝てるはずだ』
元々、手詰まりになれば、そのときはオリジンマターに再挑戦するつもりだった。
以前よりも俺達はレベルも上がっている。
それに、レベルからいっても、あの極端な性質からいっても、ヘカトンケイルよりオリジンマターを先に攻略するべきだろう。
無論、ヘカトンケイルと違い、オリジンマターは超攻撃型だ。
隙を晒せば誰かが吹っ飛ばされてもおかしくはねぇし、俺だって回復を怠れば一気に殺されちまうだろう。
そういう意味で、ヘカトンケイル以上に危険な戦いになる。
オリジンマターを倒せば、俺のレベルを大きく上げられる。
ケサランパサランもいるので、アロやトレントのレベルも上げやすい。
しかし、それだけではない。
【特性スキル〖冥凍獄〗】
【黒い光の渦に敵を取り込み、封印する。】
【対象は時の流れから見捨てられる。】
【光の奥では時間が動かないため、対象は逃げ出そうと試みること自体ができない。】
……オリジンマターの内部では時間の流れが止まっている、とのことだった。
もしかしたら、ンガイの森の〖狂神〗化に対抗できる唯一の方法かもしれねぇ。
もし仮に、ンガイの森の〖狂神〗化から逃れるためにオリジンマターに飛び込んだ過去の神聖スキル持ちがいたとすれば、俺達の力になってくれるかもしれない。
勿論希望的観測だ。
〖冥凍獄〗ではンガイの森の〖狂神〗化に対抗できないかもしれないし、そんなことを考えて実行した奴だっていないかもしれない。
いたとしても、俺とは考え方が違い、戦いになることだってあり得る。
だが、今、他に手段がないのだ。
もしかしたら〖冥凍獄〗の中から、俺かアロの進化上限を取っ払う切っ掛けが出てきたり、なんてこともあるかもしれねぇ。
少なくとも、今の俺達ではヘカトンケイルには絶対に勝てない。
できることからやっていくしかない。




