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522.悪食家アニス・ハウグレー(side:ヴォルク)

 短めの茶色の髪に、品よく整えられた髭。

 背丈は子供を思わせる程低く、腰に差した剣も子供の訓練用の短剣にしか見えない。


 この男は、本当に伝説の剣士アニス・ハウグレーであるのか。

 本物だとして、噂通りの剣の神の如き強さを有しているのか。それがどうにも疑問であった。

 しかし、一体の騎竜に他の聖騎士と共に同行するハウグレーを近くより見て、我は感じたことがあった。


 我は、この男には勝てない。

 こんな怪人に我は挑みたいと、今までそう考えていたのか。


 剣豪の放つ独特の威圧感や、強大な魔物の様なオーラがあったわけではない。

 だが、直感的に感じ取ったのだ。

 この男は、剣士ではない。

 否、我の知っている剣士の範疇には立っていない。


 我は自身より格上の剣士や魔物へ立ち向かうときも、恐れよりも常に興奮が勝っていた。

 目前の敵がどんな技を見せて来るのか、どんな動きをするのか、そしてそいつよりも我は強いのか、そればかりに関心が向いていた。


 だが、この男は違うのだ。

 我はまるで、赤々と燃え上がる火口を覗き見ている様な心持ちであった。

 ここへ飛び込めば、確実に死ぬしかない。

 それは、戦いではない。

 我の本能が、耳に煩くそれだけを伝えていた。


 だからこそ、我は言わねばならなかった。

 我は目を瞑り、心中でアロ達へと謝罪した。


 裏切り者と、そう謗られることになるだろう。

 我は上空で戦い、敵を休ませないと、そう提案したのは他でもないこの我なのだ。

 だが、我にはこれしか手が浮かばなかった。


 我は目を開き、ハウグレーへと剣を向ける。


「この様な世界の果てで貴様に会えるとは思わなかったぞ、伝説の剣士〖悪食家〗よ! 一人の剣士として、貴様に戦いを挑ませてもらうぞ! だが、この様な邪魔の多い場では興醒めだ。我が決闘を受けるのであればついてくるがいい!」


 すぐに連中に背を向け、レチェルタに空を疾走してもらった。

 後の不安は、奴らがついてくるかどうか、であった。

 背後を確認すれば、ハウグレーの乗る騎竜が後を追いかけてきていた。


 目的が果たせて、よかった。

 あの場にハウグレーが残れば……恐らく、皆殺しにされていた。

 後は少しでも遠くへ行き、ハウグレーの合流を遅らせる。

 ……そこで、我の役目は終わりだ。


「……すまない、レチェルタ、マギアタイトよ。奴をあの場に残すまいと、巻き込むことになってしまった」


「キシ……」


 レチェルタが悲し気な声で鳴く。


「だが……我とて、負ける気はない」


 その言葉は、嘘であった。


 どうしても我は、ハウグレーと戦って生き延びた後の自身の姿を、想像することができなかった。

 こんなことは生まれて初めてであった。


「ハ、ハウグレー様、ここまでついて来てやる義理はないのでは……?」


 ハウグレーと同行する聖騎士が、彼へと苦言を呈する。


「いいのだ。聖女様に念は押してある。同行の命は受けさせていただくが、ワシの流儀でやらせていただく、とな」


 ハウグレーは、淡々と、彼へとそう返した。


 それからしばらく全員が無言のまま、一直線に進んでいた。

 周囲を見回す。

 地面の方は霧に霞んでいたが、岩々が連なっており、大きな崖となっていた。


「ここまでだ」


 ハウグレーが呟く。

 我は極力、この老人を遠くまで連れて行く必要があった。


「この先に、剣士の決闘に相応しい場がある。ついてこい、『悪食家』」


「駄目だ」


 ハウグレーは即答した。


「お前の目的は、時間稼ぎであろう。命を賭して囮を買う、その心意気に免じてここまでついて来てやった。だが、ワシも我儘で聖女様を困らせるわけにもいかんのでな。ここまでだ」


 背筋に冷たいものが走った。

 全て、見透かされていたのだ。

 恐らく、最初に目が合ったその瞬間より。


「どうした? 約束を違え、今より必死に逃げてみるか? それもよかろうな。お前にも背負っているものがあるのだろう。だが、この距離ではもう逃れられぬと、忠告しておこう」


 ハウグレーが問い掛けて来る。

 ……レチェルタと連中の騎竜に、大きな速さの違いはない。

 今からスキルを駆使しての逃走は有効に思えた。

 そのため、我にはハウグレーの言葉の意味はわからなかった。

 しかし、恐らくそれは真実であるのだろう。


「……わかった。地へ降りるとしよう」


「いや……このままでやらせてもらおう。アレクシオ殿とも、騎乗したまま戦ったのだろう? お前も、剣士としての決闘に拘りを持ち、ワシをここまで連れて来たわけではなかろうて」


 ハウグレーは小さく首を振る。


「お前は命を賭して、仲間からワシを引き離すためにここまで引き付けたのだ」


「……そう、だな」


 我は呟き、剣を構える。


「……レチェルタよ、反転してくれ。奴を討つぞ」


 我の言葉に応じ、レチェルタは大きく旋回した。

 ハウグレーの乗る騎竜と対面した。

 ハウグレーは同行する聖騎士を押し退け、前へと出る。


「行くぞ、悪食家!」


 我は吠え、剣を大きく振り上げる。

 縦に振るうと見せかけ、身体を捻り、横からの斬撃を放った。

 だが、当たらなかった。

 事前に来る場所がわかっていたかのように、ハウグレーはさほど速くもない動きで姿勢を屈め、我の剣を避けていた。


 騎竜とレチェルタが擦れ違う間際、背中に痛みが走った。

 

「つっ……!」


 通り過ぎ様に、あの短剣で斬られたようであった。

 だが、大したダメージではない。

 動きは遅い、威力も低い。

 恐らくハウグレーは、レベルがあまり高くはないのだ。

 再び向かい合い、次こそは絶対に奴を斬ってみせると、そう考えていた。


 だがすぐに、斬られた箇所へ、内部を抉られる様な激痛が走った。

 それと同時に、意識が遠退いていく。


 ぐらり、世界が揺れた。

 違う、乗っていたレチェルタが揺れたのだ。

 目前を、大きな黒い翼が、血を噴き出して舞っていた。


 あの男は、我を斬ると同時に、レチェルタの翼と背を斬っていたのだ。

 あんな短い剣で、どうやってそれを可能にしたのか、我には全く理解ができなかった。


「さらばだ、『竜狩り』よ」


 ハウグレーが静かに呟く。

 その声だけが、妙に鮮明に頭に残る。


 下には岩肌の双璧が続いていた。

 霧が深く、崖底は窺えない。


「――すまない、イルシアよ」


 掠れ行く意識の中で、我は最後にそう呟いた。

 レチェルタの鳴き声が、どこか遠く聞こえていた。

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