405.追跡
俺は、サーマルとミリアの消えた扉を睨む。
背を屈んで突っ込んで行けば通れないことはないが、狭い通路に突っ込まれたら、いずれ人化を使わされる可能性がある。
それに……恐らくサーマルの狙いは、戦力の分断だ。
三騎士の二人と雑兵スライムだけでは、俺とアロ、ナイトメア、マギアタイト・ハート、ヴォルクを、止められないと踏んだのだろう。
俺が抜ければ、残る面子でメフィストとスライム達に対抗しなければならない。
この中で一番強いのはヴォルクだが……ヴォルクのHPは回復したが、MPは戻らない。
精神的疲労もさすがにあるはずだ。
どうする?
サーマルは逆上すれば、ミリアを殺しかねないが……あの激昂が、ブラフであった可能性もある。
追手が俺でなければ、交渉不可能と諦め、ミリアを殺さない可能性もある。
しかし、ミリアの自分は殺されないという根拠が不明だった以上、まったく確証は持てない。
状況からして、人質にされることを嫌ったミリアの出任せだったという線も捨てられない。
ミリアの危険を高めるか、この場にいる全員の危機を高めるか……という話になる。
いや、それだけではない。
三騎士……少なくともメフィストとサーマルは、タイマンなら俺で十分白星を上げられる。
それでもサーマルがミリアを連れて逃げたということは、何か策があってのことだ。
戦力が、後一歩足りねぇ。
本当にギリギリだ。ここに最後の三騎士ローグハイルと魔王まで加わると思うと、頭が痛い。
リリクシーラは何をやってんだ。
アルヒスまで放り込んでんだから、事態が把握できてねぇはずはないんだが……。
せめて、セラピムさんでも投入してくれりゃいいのに……こりゃあ、魔王の位置が確定するまで、テコでも出て来ねぇつもりだな。
そうこう考えている内に、またワラワラとスライム兵共が、広間の各々の扉から補充されていく。
「時間を稼げ、奴らを休ませるな!」
「聖女はどこだ? 俺があのアマを狩って、女王様の寵愛に預かるのだ!」
合計、また二十近く……底知らずにも、程があるだろ。
どんだけ増やしやがったんだよアイツ。
「心外だな。我が弱いから迷っているのか」
ヴォルクが俺の前で、フンと鼻で笑う。
い、いや、お前が弱いとは言ってねえよ……。
むしろ人間の身で強すぎて怖いんだけど、神の声の知り合いだったりしねぇよな?
「冒険者だけでは露払いに足りん、一体寄越せ。そうだな、その動く鉛でいい。あの三騎士の女は、我がやる」
ヴォルクがマギアタイト爺へと目を向ける。
マギアタイト爺は、床を滑走しながらナイト・スライム共へと気化した魔金属を吹きつけ、スライムをコーティングして無力化して回っていた。
確かにナイト・スライムを片付けるのは、マギアタイト爺が一番上手くやれている。
回復した冒険者達も動いてくれてはいるが、脅えが見える。
既にMPも底を尽きているものが大半に思える。
それにそもそも、実力もスライムには届いていない。
しかし、元々ヴォルクは、ナイト・スライム達と三騎士相手に窮地に追い込まれていた。
マギアタイト爺さんが加わったとは言え……。
「早く行け。奴らが最優先で狙いたいのは、ウロボロスに決まっている。我は、世界最強の剣士となる男だ。こんなところで、剣士気取りのスライムに負けたままではいられぬな」
……ヴォルクの言うことは分かる。
恐らく、サーマルが誘導する先に、ローグハイルも出現しかねない。
他の戦力も城内に隠されていてもおかしくないし、問題の魔王もいる。
そのとき、俺一人だと、数の利で負ける。
それに、今は時間もない。
「ガァッ!」
相方が天井を見上げる。
天井に貼り付いていたナイトメアは、糸溜まりを幾つも落としてナイト・スライムの行動を封じていたが、視線に気が付くと、糸を垂らして素早く俺の近くに降りて来た。
俺はヴォルクへと頭を下げる。
「アレと雑魚共を片付けたら、我もすぐに追いつく」
ヴォルクが剣を向ける先には、藍色髪の少女、メフィストがいた。
メフィストは以前見た時とは違い、服の前側が開き、胸元からぼさぼさ髪の女の頭部が伸びており、異形の姿をしていた。
だが、俺は驚かない。
メフィストの種族は〖デュアル・スライム〗だ。
【〖デュアル・スライム〗:B+ランクモンスター】
【二つの顔を持つスライム。一方は状態異常の魔法を、また一方は破壊と死の魔法を操る。】
【近接を熟しながらの魔法の並行発動や、畳み掛ける様な水の刃の連続攻撃を得意とする。】
【追い込まれると分離する。】
説明を見るに、かなり厄介な相手だ。
だが、この先の奴らも、〖デュアル・スライム〗に劣らぬ性能の奴ばかりだ。
ヴォルクも、任せろと言ってくれている。迷ってはいられねぇ。
俺はサーマルを追って動く。
ナイトメアが、俺の背に糸を吹き付けて移動する。
進路にいたナイト・スライムが逃げる。
サーマルが引き受けると言った以上、わざわざ俺に挑む気はないらしい。
「〖ゲール〗!」
俺に乗っているアロが、逃げるナイト・スライム達へと風の魔法を放って散らす。
「竜狩り、ね。随分、舐められたもの……」
少女が無表情に言えば、二つ目の女の頭が笑う。
「アハ、バカねぇ、こっちは、アンタのスキルも、弱点も、もう一通り抑えた後だっていうのに! 竜狩りィ……アンタ如きが今まで生きて来れたのは、アンタと戦ってきたのが、アンタ同様に知性のない超バカだったってだけよ! もう、百回やっても負けようがないけど? 大人しく泣きついた方がいいんじゃない? 情欲にかまけて女の子追いかけてないで、ボクちゃんを助けてくださいーって!」
メフィストの声を聞き、俺は不安に振り返る。
だが、ヴォルクは動揺一つ見せず、大剣を構えたまま立っている。
「すぐに追い掛けると言ったであろう。これ以上、我が腕を疑う様な真似は、貴様とて許さぬぞウロボロス」
俺は前を向き直し、扉を周囲の壁ごと粉砕し、サーマルの逃げた通路へと入り込んだ。
不安がないわけじゃねぇ。
ヴォルクを疑う気はねぇが、奴らは異質過ぎる。
これでいいのか、という気はある。
この世界の危機が掛かってる場面で、個人的な感情でミリアを優先してしまっていいのかと、そう考えてしまう。
だからこそ、向こうに俺が残るメリットをうだうだと考えちまうのかもしれねぇ。
それでも、聖女や他の冒険者には悪いが、きっと俺はいくら悩もうとも、最後には言い訳を探して、同じ方を選んじまうんだろう。
この世界に来たばかりの時のことを思い出す。
ドーズに斬られた俺へと〖レスト〗を使い、不安そうに俺へと声を掛ける、ミリアの姿を。