403.ウロボロス参戦
俺は長剣(マギアタイト爺)を背負い、アロ、ナイ子(ナイトメア)の二人を連れて、捕らえた鋼馬を用いて王都アルバンへと向かった。
因みに形状を変えたマギアタイト爺は、なんと〖神の声〗曰く、武器分類されているようだった。
アルバンについてから、マギアタイト爺を天に掲げ、俺はまじまじと観察していた。
【〖魔鋼の霊剣:価値A〗】
【〖攻撃力:+77〗〖魔法力:+24〗】
【高価な魔金属、マギアタイトを惜しみなく用いて造られた剣。】
【マギアタイトは魔力の伝導率が高く、所有者の魔力の扱いを高める力を持つ。】
【ここまで上質なマギアタイトは珍しく、剣にしておくには惜しいほど。】
【なお、この剣は生きている。】
なかなかのステータス補正値だ。
普段だと77は小さく感じるが、人化時の攻撃力の半減した今の俺にとってはありがたい数値だ。
ぜひ有効活用させてもらうぞ、爺さんよ。
時間が惜しいので、地に伏せて項垂れていた、金銭の工面に困っている男へと鋼馬は譲ってやることにした。
男が言うに、なんでも鋼馬は力強くて足が速いために人気が高いが、一流の冒険者でなければまともに手懐けることが不可能らしく、とんでもなく価値が高いらしい。
男から代わりに、王女のパーティーについての、抜けていた情報をちょっとしつこめに訊かせてもらった。
もっとも、開始の目安時間以外は、あまり信憑性のある話だとは思えなかったが……。
鋼馬を手放してからは、真っ直ぐに王城へと向かった。
〖気配感知〗のスキルを慎重に使いながら城の周囲を窺いつつ進み、避けられない位置にいた兵……〖ナイト・スライム〗を、相手が気付くよりも先に認識。
隙を窺って全速力で駆け寄り、ナイト・スライムの身体を肩から、反対側への足へと掛けて斜めに斬った。
剣の扱いなどまったくわからないので、とにかく力を込めて振っただけの一撃だったが、C級上位のナイト・スライムを倒しきるには、充分な威力だったらしい。
奴らは人間に化けてやがるが、ただのスライムなのは、〖ステータス閲覧〗のおかげで百も承知だ。
騒ぎに気が付いた他のナイト・スライムが駆け寄ってくる前に、ナイトメアの糸を用いて素早く城の裏側から壁を登った。
アロの強化された大腕の一閃が屋根に素早く穴を開け、屋根裏へと侵入することに成功する。
後は、リリクシーラから以前に教えられていた、王城の判明している限りの大まかな間取り図を頼りに動き、パーティーの行われる広間の上へと向かった。
そこまでは順調だったが、途中から敵のスライムの中に厄介な感知持ちがいたらしく、自然とナイト・スライムの大群に追われるようになった。
どうにかアロの魔法〖クレイ〗によって通路を閉ざし、追手を撒くことに成功していた。
そしてついに、目標とする広間の上部へと辿り着いた。
聞いていた王女のパーティーの開始よりも、やや早い。
ベストタイムだった。
早く到着し過ぎても、侵入者の話が広まり、パーティーどころではなくなってしまう可能も高まる。
今……向こうさんが混乱している間に、招かれた冒険者達と協力し、魔王を討つ。
人間を極力巻き込みたくなかったが、これがベストだ。
経験値を奪うために、必ず魔王は冒険者達の前に姿を晒す。
そのときが、魔王に先手を叩き込む、絶好の好機となる。
俺は、絶対に負けることはできない。
人の身を装うばかりか、権力者と容易になり変わることのできる魔物など、危険すぎる。
俺が負けて、魔王を倒し切ることができなくなってしまえば、やがて世界は、魔王の手に落ちることになる。
本来ならば、最初に俺が考えていた通りに、リリクシーラへと敵の戦力規模について相談し、別の機会を探り、もっと勝算の高い場を作ってから挑むのが正解だっただろう。
それでも俺は、今、ここに来た。
リリクシーラを半ば騙す形で我儘を通したのだから、敗北するわけにはいかない。
敵が何者なのかはわからねぇ。
俺が以前対立したスライムの亡霊なのか、その分体の様な存在なのか……。
ただ、何が出て来ようとも、逃げていい理由はない。
俺は目を瞑って数秒考え事をしていたが、目を開き、少し笑みを浮かべながらアロとナイトメアへと振り返る。
張り詰めた空気を和らげたいがための、俺のせいいっぱいだった。
「よし、行くか」
アロは俺の背後で、やや困惑げの顔を浮かべていた。
「竜神さま……向こうの、そう、あっちの辺りから、物音と叫び声が聞こえる……」
「えっ……」
耳を澄ましてみれば、確かにヴォルクの叫び声や、建物の一部が砕かれた音が聞こえてる。
完全にもう戦闘が開始されていた。出遅れた。
「う、嘘だろ!? こ、こんなに早いなんて……なんで……!」
俺は思わず取り乱す。
え、えっと、こういう場合は、どうしたらいいんだった?
どういうつもりだった?
え、これ、ヤバいんじゃねぇの?
もう魔王来てるのか? ミ、ミリアは、無事なのか?
ナイトメアは溜め息を一つ吐くと、俺の前へと立つ。
面の端を手で持ちあげて、小さな唇が晒される。
「ウァ、ウァ、ウォ……」
発声練習でもするかのように言葉を漏らした後、改めて俺を見る。
「オチツケ」
俺は続く衝撃に、混乱して取り乱していた思考が落ち着いた。
ナ、ナイトメア、お前、いつの間に〖グリシャ言語〗を……!
「竜神さまとお話したいって、ナイトメア」
アロが少し得意気に言う。
どうやらナイトメアにグリシャ言語を教えつつあるのは、アロだったらしい。
ナイトメア、お前……普段の行動からじゃわからなかったけど、俺のことを、そんなふうに想ってくれていたんだな……!
と思う俺の思考を読んだかのように、ナイトメアが面の奥からの殺意を俺へと向ける。
どうやら俺ではなく、俺の片割れの方のことのようだった。いや、知ってたけどな……。
ともかく、ナイトメアのおかげで、ちょっとだけ冷静になることができた。
「ありがとよ、ナイトメア」
俺が頭を撫でようと腕を伸ばすと、ひょいと体を屈めて避けられた。
こ、こんにゃろう……!
ともかく、俺は爆音が響く辺りまで走る。
パーティーの広間からは、ちょっと位置がずれていたようだ。
〖気配感知〗を全力で巡らせて、下の状況を探る。
突然、真下から大きな爆音が響く。
音だけでわかる、とんでもねぇ威力の技だ。
様子見の時間なんて、もう残っちゃいねぇぞこりゃ。
俺は〖人化の術〗を解除した。
自分の身体が、どんどん膨張していく。
俺の頭の横から、相方が首を伸ばす。
ナイトメアが俺へと糸を伸ばし、アロを抱えて素早く背中へと移動した。
俺は相方と顔を見合わせ、頷く。
前脚を、思いっきり床へと叩きつけた。
轟音と共に床が抜ける。
俺は、広間へと落下した。
周囲を見回す。
倒された冒険者達の姿と、人間の姿に化けることを止めた、人型を模して鎧を纏う、緑の粘体共が広間のあちこちに散らばっていた。
俺の足許には、ちょうど満身創痍で膝を突くヴォルクの姿があった。
「ドラゴンだと!?」
「聖女の使役獣だ! ここで投入してきやがった!」
「関係あるまい! とにかく、ヴォルクを今の内に殺せ! 態勢を整えられると、厄介だぞ!」
ナイト・スライム達が、俺を囲む。
俺は攻めて来るナイト・スライム達を尾で振り払う。
呆気なく弾き飛ばされたナイト・スライムが、壁へと叩きつけられる。
まだ辛うじて息はあるらしい。
周囲が把握できていないからと、軽くやったのがいけなかったか。
手加減の攻撃では仕留めきれないとは、なかなか頑丈な連中だ。
俺は周囲を見回してから翼を羽搏かせ、ナイト・スライム達へと〖鎌鼬〗の嵐をお見舞いする。
六つの風の刃がそれぞれナイト・スライムを襲う。
一体のナイト・スライムが、まともに風の刃を受けて、鎧ごと身体が真っ二つになる。
【経験値を490得ました。】
【称号スキル〖歩く卵Lv:--〗の効果により、更に経験値を490得ました。】
風の刃は床に触れると暴風を巻き起こし、ナイト・スライムの身体を爆散させる。
避けていたナイト・スライムも、この攻撃には耐えられず、俺の経験値となっていった。
【経験値を510得ました。】
【称号スキル〖歩く卵Lv:--〗の効果により、更に経験値を510得ました。】
【〖ウロボロス〗のLvが102から103へと上がりました。】
【経験値を530得ました。】
【称号スキル〖歩く卵Lv:--〗の効果により、更に経験値を530得ました。】
うし、雑兵相手は、目晦まし程度なもんだな。
問題は、三騎士様なわけだが……。
「ヴォルクを殺せ!」「しかし、どうやってあんなドラゴンに接近すればいいのか……」
「遠距離でどうにかしろ! ヴォルクは弱っている、あと一押しで……」
そのとき、相方が突然、足元のヴォルクへと顔を近づけ、舌で雁字搦めにして口内に含んだ。
まさかこいつ食べる気かと思ったが、どうやら敵の猛攻からヴォルクを守るための策だったらしい。
「ど、どうにか、ヴォルクだけでも殺せ!」
「むっ、無理だ! あんなの!」