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375.奇怪なる海の王

 俺はなるべく目立たない様に低空飛行で、アーデジア王国を目指していた。

 全身の鱗を包み込むように撫でる逆風と、潮の匂いが心地よい。 

 背後へと目を向ければ、俺の飛行によって生じた衝撃波が、海に一本の巨大な線を引いている。


 俺の頭に乗るアロに地図を解読してもらい、なるべく陸地、国を避けることのできるルートを辿る。

 多少の遠回りは、俺にとってはほとんど関係ない。

 俺の素早さは同ランク帯ではそこまでずば抜けているわけではないが、Aランクというだけで、化け物の闊歩するこの世界でも指折りのステータスだ。


 こうやって大規模の移動を行うことで、久々に俺がウロボロスという規格外のドラゴンであったということを実感する。

 ちっさい森を必死に駆け回っていたベビードラゴン時代が懐かしい。


「……竜神さま、ごめんなさい。道、見失いました」


 俺の頭に乗ってうんうんと唸りながら必死に地図を見ていたアロが、泣きそうな声で俺へと伝えて来る。

 リリクシーラからは地図と、金ぴかの天秤の様な方角を示してくれる方位磁石らしき道具をもらってはいたが、海は広大である。

 どれがどの島なのか、ぱっと見たところでわかりゃしねぇ。

 加えて、変に遠回りしたせいで余計な動きをしてしまっていた。


 うし、ちっと一回高いところまで飛んで、辺りを見回してみっか。

 そう近くにデケー大陸はねぇし、遠目にちらっと見られてもドラゴンが飛んでると思われるだけで、ウロボロスだとはバレねぇだろう。


 気づかれたところで飛んで逃げればいいだけだし、アーデジア王国まで俺の情報が伝わるよりも、俺本体が辿り着く方が先になる。


 俺は一気に高度を引き上げて、真上に飛んだ。

 下に広がる海がどんどんと小さくなっていき、島々やその先、大陸なんかが見えて来る。


 どうだ、アロ? なんかわかりそうか?


『メッチャ頷イテンゾ』


 相方が俺の頭上にいるアロを眺めながら、そう教えてくれた。

 うし、よかった。早速、移動を再開するとするか。


 俺が海面近くまで降りるべく首を下に傾けて降下の準備をしていると、相方の頭が固まったまま、俺の背後を睨みつけていることに気が付いた。


 俺が振り返ると、遠くに全長4メートルほどはありそうな巨大な怪鳥が、海面から突き出た岩の上に立ち、大きな嘴を何度も海の中へと突き立てていた。

 大して強い魔物ではなさそうだが、相方はどこに関心を示したのか……。


『……ウマソウ』


 やっぱし、そっちかよ……。

 しばらく飛びっぱなしだからな。

 ちょっと一回、飯にするか?


「ガァッ! ガァッ!」


 相方が嬉しそうに首を縦に振るう。

 単純な奴め。ま、俺も腹減ってたからちょうどいいが……。

 恐らくは、DランクかCランク、接近してから〖鎌鼬〗を放てば狩るのは容易いだろう。


 そう考えていると、怪鳥の立っている岩近くの海面に大きな渦が生じ始めた。

 俺の〖気配感知〗も、渦の奥に何か不穏な気配が潜んでいることを訴える。

 怪鳥も異変に気付き、海から顔を上げて空を見上げて嘴に捕らえていた魚を喉へと流し込むと、コキコキと首を回し、大きなゲップを吐き出した。


 食事を終えた怪鳥は岩を蹴り、宙へと飛ぶ。

 その身体を、渦から現れた一本の青の触手が捕らえ、抵抗を許さずに海へと引き摺り込んでいく。

 俺は突然のことに、呆然とその様子を見守っていた。

 相方も、目を点にして成り行きを見守っている。


 あっという間に怪鳥の姿が沈んで見えなくなり、渦の中心から怪鳥の断末魔の悲鳴が上がる。

 その後、怪鳥よりも二回りは大きい、巨大な青白い縦長の球体が渦から姿を現す。

 金色に縦長の黒の瞳が刻まれた、縦二列に配列された不気味な眼球が六つあった。

 六つの眼光が、俺を睨んでギラギラと輝いている。

 続いて、次々に図太い数多の触手が渦から姿を現す。

 八本や十本なんてもんじゃねぇ、ざっと見えるだけで二十近くはありやがる。


「オオォォオオオオオン……」


 低い鳴き声が広大な海に響く。

 な、なんだ、あのグロテスクな化け物……。


【〖クラーケン〗:Bランクモンスター】

【奇怪なる海の王。】

【船やドラゴンを触手で絡めとって沈めて、丸ごと自身の食糧とする。】

【海の三大災害の一つに数えられる。】

【〖クラーケン〗に出会うことは、船乗り達にとって死を意味する。】


 おおう……。

 ドラゴンでさえも仕留めるのか、恐ろしい。

 相方もクラーケンにはかなり驚いているらしく、呆然と口を開けたまま、その恐ろしい姿を見つめていた。


 悪いな、相方。クラーケンにデブ鳥は持っていかれちまったよ。

 まぁあのくらいの魔物、またその内見つかんだろ。悪いが諦めてくれ。


 だらり、相方の口から涎が垂れる。


『アッチノガ、ウマソウ……』


 ええ……アレ、喰うの?

 い、いや、止めねぇけど、本当にうまそうか、アレ?

 目玉とか、六つもあんぞ。あれ、あんまし食べねぇ方がいい類のものに思えるんだが。

 相方の悪食は今更っちゃ今更なんだけどよ。


 クラーケンは何かを察したかのように、ズプズプと渦の中へと沈んでいく。


『オ、オッテクレ、オイ! オエッテ!』


 ま、間に合うかこれ、今から?

 俺が悩んでいると、相方が目に魔力を溜め始めたのがわかった。

 〖支配者の魔眼〗を使うつもりだ。

 わ、わかった! 最善を尽くすから、大人しくしててくれ!


 俺は空高くから急降下し、クラーケンへの距離を縮める。

 傍まで来たときには、クラーケンの姿は既にない。渦の中へと消えた後だった。

 逃げ足の速いタコめ。いや、イカの方が近いか? どうでもいいか。

 間に合わなかったことに、ちょっとだけ安堵する。


「ガァッ! ガァアアアッ!」


 相方が首を捻じって駄々を捏ねる。

 わ、わかったって! もうちょっと頑張ってみるから!


 俺は翼を羽搏かせ、渦の中央へと目掛けて〖鎌鼬〗を放った。

 風の刃が水飛沫を上げて海面を裂く。

 当たったのかどうか、何とも判断し難い。

 俺が目を細めて水面の奥を探っていると、微かに青い体液が海の底から浮かんできている。

 どうやら当たったらしい。


 と、次の瞬間、海面から黒いガスが噴射された。

 翼で風を送り出してクラーケン墨を回避。

 鼻先を掠めたせいか、やや頭がくらくらする。

 状態異常を引き起こす力があったようだ。


 続けて、青白い巨大な触手が飛び出してくる。

 脳が揺らされる様な感覚の中、俺はどうにか高度を上げて逃れようとする。

 一本目の触手は俺の後ろ足を掠めるだけで済んだが、二本目、三本目が足首に絡みついた。


 ぐいぐいと、引っ張られているのがわかる。

 が、この程度で海に引きずり込めると思われていたのならば、心外である。

 俺は強引に高度を引き上げた。クラーケンの身体が、宙に浮いた。


「オォン? オォ、オォォオォォォォォオオオオンッ!?」


 クラーケンが触手を解いて海へと逃げようとする。

 相方が素早く身体を丸め、触手を束ねて喰らい付き、逃がさない。

 俺は無防備に宙に引き上げられたクラーケン目掛けて前足を振りかざす。

 爪の一撃でクラーケンの身体から体液が噴出され、六つの目の半分が潰れる。


 ビクビクと全身を痙攣させるクラーケンへと、更なる一撃を振り下ろす。

 俺の攻撃と相方の牙に触手が耐え切れなかったらしく、相方の抑えていた触手が根元から引き千切れ、クラーケンの巨体が海面に浮かんだ。


【経験値を910得ました。】

【称号スキル〖歩く卵Lv:--〗の効果により、更に経験値を910得ました。】


 いつも通りに神の声が敵が息絶えたことを告げる。


 クラーケンがぷかーと海に浮かぶ。

 足の生え際、クラーケンの口の部位から、黒い墨が垂れ流されていく。


 そういや……あれ、何の状態異常だったんだろうか。

 ふと気になって、俺は黒い墨を調べてみた。


【〖海王の墨:価値B〗】

【海の三大災害の一つ、〖クラーケン〗の吐き出した墨。】

【〖幻覚〗、〖毒〗、〖睡眠〗の状態異常を引き起こす。】

【攻撃や煙幕として用いる他、〖クラーケン〗が自身を捕食対象とする魔物に襲われた際に墨に意識を向けさせて逃げ遂せるため、独特の濃厚な旨みが凝縮されている。】

【そのため〖海王の墨〗を薄めて毒素を中和し、ソースや味付けに用いられることもあり、世界七大珍味の一つに数えられる。】

【もっともクラーケンの獰猛さのため稀少品であり、世に出回ることはまずない。】


 さ、三大災害の次は、世界七大珍味?

 確かに言われてみれば、魚介類を煮詰めて圧縮したような匂いが、海水に広がる黒い液体より漂って来る。


 俺は鼻先を海面に沈める。

 ちょっと強烈だが、なかなかクセになる匂いだ。続けて舌を伸ばし、舐めとってみる。

 味の濃厚さに加え、〖睡眠〗と〖毒〗の状態異常が働いたせいか、脳がとろけるような多幸感に包まれる。

 混じった海水の塩っ気もなかなか合っている。


 い、いかんいかん、こんなもん、原液で舐めるようなもんじゃねぇ。

 俺は首を振り、自制する。口の中に涎が溢れて来るのを必死に堪えた。


 我慢しろ、俺。これ、状態異常も合わさって、かなりの依存性あるわ。

 こんなもんがぶがぶ飲んでたら絶対駄目人間に……もとい、駄目ドラゴンになっちまう。


 耐えて隣を見ると、相方が黒く染まった海に顔を付けていた。


『ンメェ! ウンメェ! 超ウメェ!』


 お、俺頑張って耐えてるのに、この野郎……!


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