372.巨大樹、炎上
俺は黒い立方体の光の中で、潰されて小さくなったエルディアへと目を向ける。
そして、小さく頭を下げた。
……色々と、思うところはある。
俺の、この世界での父親だったドラゴンだ。
魔王の部下だったそうだ。
数百年間、ずっと復活をこの地で待っていたのだという。
エルディアは、他の生き方を探すことはできなかったのだろうか。
相方が俺に首を寄せて来る。
『オマエハ、マタ余計ナコトバッカ考エル。疲レネェノカ?』
つっても、そう簡単には割り切れねぇよ。
俺はもう一度、すっかりと圧縮された、エルディアだったものへと目を向けた。
そして何か、違和感を覚えた。
「あの……しんみりとしているところ悪いのですが、経験値取得、まだ来てませんよね?」
リリクシーラが、エルディアに杖を向けながら、震える声で言う。
リリクシーラのこめかみ周辺には、血管が幾つも浮かんでいた。
相当力んでいることがわかる。
うん……?
確かに、思えばエルディアの経験値が入ってきてはいない。
「申し訳ないのですが……〖グラビリオン〗の維持は、もう切れます。元々、そんなに長時間飛ばし続けられるものではないので……」
えっ?
黒い立方体の光が、すぅっと薄れて消えていく。
それに比例し、圧縮されていたエルディアの身体が膨れ上がっていく。身体の節々からは、体表の鱗が割れて血が流出している。
目の位置にも虚空が開いており、鮮血が溢れていた。
しかし、見る見るうちに、エルディアの怪我が塞がっていき、歪んでいた身体が再生されていく。
『大した威力だが、残念だったな。我を仕留めるには及ばぬぞ』
新しく現れた目玉に、光が灯る。
いくらなんでも、復活が早すぎる。
これは……そうか、〖グラビリオン〗を受けている最中に既に、〖自己再生〗で強引に回復を押し進めていたのだろう。
だが、身体はボロボロのままだ。
翼も折れて縮こまったままである。
エルディアは前足を動かしているか、動かす度に関節部が破壊されるような音が鳴る。
回復はまだ不完全な状態であった。
今叩けば、まともに反撃もできないはずだ。
俺は枝を蹴り、エルディアへと飛び掛かる。
『遠距離は好まぬが、仕方あるまい。少々、背後のニンゲンを見縊っておった』
エルディアが、俺越しにリリクシーラを睨む。
そして、だんっと、後ろ足で木の枝を踏み鳴らす。
「グゥルォオオオオッ!」
エルディアの咆哮と共に、宙にいる俺の身体全体へと、強烈な衝撃が走った。
視界を眩い光が覆う。
後方へと弾き飛ばされた。
受け身を取ろうとしたが、失敗。身体中が痺れており、思うように動かず、枝に背を派手に打ち付けた。
どうにか腕を伸ばし、下の枝へと掴まる。
俺が攻撃を受けた辺りへと目を向けると、枝が炎上しているのが見えた。
い、今のは……〖落雷〗のスキル、か。
まさか、ここまで発動から着弾まで速いとは思っていなかった。
エルディアを見張っておけば前動作で見破ることができそうだが、初見では対処の仕様がない。
なんつー反則くせぇスキルだ。
続けてエルディアの顔の前方に、灼熱の炎の球体が生まれる。
それを、エルディアが大きな口で咥えた。
既視感のある動きだった。あれは確か、トールマンの部下の、ドラゴンになれる男が使っていた技、〖ドラゴフレア〗だ。
あいつが使ってもとんでもねぇ威力だった。
それを、エルディアが殺意剥き出しで俺へと放ってくると考えると、ゾッとする話であった。
エルディアが首を曲げて勢いを付けて、俺目掛けて頭を振るいながら口を大きく開く。
真紅の極太レーザーが、横一列に俺目掛けて迫ってくる。
辛うじて飛んで回避する。
俺のすぐ下を、〖ドラゴフレア〗の光が通過する。
まともに熱を受けた後ろ脚の先端に、俺の竜の鱗を超えて痛みが走った。
恐ろしい轟炎だ。
大樹の幹へとぶち当たった。
〖ドラゴフレア〗の跡型が深く幹へと刻まれ、刻まれた切れ目を境目に大樹がどんどんと燃え広がっていく。
や、やっぱし、あのスキルの威力、ヤベェ。
トールマンの部下が使っていたのも相当威力があったが、こっちは射程距離といい範囲といい、桁外れである。
威力も相当あるはずだ。味わいたくはないが。
エルディアめ、破れかぶれでMP度外視の攻撃を仕掛けてきやがったか。
だが、あのスキルは大幅にMPを消耗するはずだ。
エルディアの外見を見る。
割れた鱗や折れた翼はそのままであった。
〖自己再生〗を使い渋っているようだ。
やっぱし、MPの限界が見え始めてきているという自覚はあるようだ。
あと一息だ。
「クゥオオオッ!」
聖竜セラピムがまた回復したらしく、下の方の枝から飛び、俺のいる枝と同じくらいの高さのところへと着地した。
それから首を下げ、エルディアを睨む。
攻撃するタイミングを考えている様だった。
セラピムとタイミングを合わせて、次で確実にダメージを叩き込もう。
そう考えてセラピムへとチラチラと目を向けていると、向こうもこちらに対して小さく頷いた。
よし、伝わった臭いな。
さあもう一度近距離戦を始めようかと考えたとき、エルディアの口許が再び赤く輝いた。
口から放たれるのは、赤き光線。
本日、二発目の〖ドラゴフレア〗であった。
エルディアは首を動かし、出鱈目に熱線を吐き散らしていく。
巨大樹の火事が勢いを増していった。
俺は翼を広げて枝を蹴り、宙を舞った。
こっちの方が、立体的な動きができる分、躱しやすいと読んだのだ。
エルディアの〖ドラゴフレア〗の軌道が俺を追う。
必死に逃げていたが、すぐ後ろへと高密度の炎が迫ってくるのにはどうにも慣れねぇ。
途切れたかと思えば、すぐにまた炎の塊をエルディアが生み出してそれを丸呑みし、攻撃の準備を始める。
エルディアは高ステータスを生かした近接タイプだと考えていたが、違った。
本人が嫌いなだけで、完全な遠距離攻撃タイプだ。
『まだまだ行くぞっ!』
エルディアが足を踏み鳴らす。
俺は嫌な予感がして、身体を側転させて軌道を強引に逸らす。
辺りに眩い光が走り、俺の目前にあった枝が、黒焦げになって地面へと落下していった。
ち、近づく余裕さえないぞ、これ。
「イルシアさん! 相手は、今は身体の再生が不完全です! 上手くは飛べないはずです! 今は、とにかく逃げましょう!」
声の方を見ると、セラピムの上へと乗ったリリクシーラとアルヒスの姿があった。
確かに、エルディアは強すぎる。
Aランク、レベルMAXは伊達ではなかった。
このまま〖ドラゴフレア〗を連射されていたら、それだけで俺達は詰みかねない。
俺は上へと飛び、アロ達を回収することにした。
〖ドラゴフレア〗が一度途切れる。
その間に、セラピムに乗って上空から接近したリリクシーラが、エルディアへと杖を向ける。
「〖ホーリースピア〗!」
五本の光の槍が生じ、エルディア目掛けて降り注ぐ。
エルディアが飛び退くと、エルディアの立っていた枝がまともに光の槍を受けて穴ボコになり、枝先を支えきれなくなったのか、折れて地面へと落ちて行った。