275.〖肉体変形〗
「……ヴェ? ヴェ?」
アビスが脚をくねらせて暴れる。
しかし空中で頭部を掴まれており視界も塞がっている今、無作為に脚を蠢かすことしかできないようだ。
「…………」
アロも咄嗟に掴んだはいいが、これからどうしたらいいのかわからないらしい。
アビスを掴んだまま微動だにしない。
かと思ったら、こちらに首を向け、助けを求めるような目を向けてくる。
……ちょっと泣きそうになってね?
いや、アビスなんか掴んでたら泣きたくなるのはわかるけどよ。
俺も初めて触ったときはもう、すんげー嫌だったし。
「ヴェェェェッ! ヴェェエェェッェッ!」
アビスの暴れ方が激しくなり、アロも慌てふためく。
……つーか、あの腕なんなんだ。
アロの腕は、彼女の身体よりも大きく膨れ上がり、特に爪の造形が禍々しく、先端はかなり鋭利になっていた。
あんなスキル、アロの奴持ってたか?
いや、あった。確か特性スキルに、〖肉体変形〗なんてものがあったな。
元々レヴァナは、土を肉に似せて身体に纏ってたんだったか。
これくらいはお手の物か。
ぐぐっと、アロが手に込める力を強める。
アビスの身体に爪が刺さり、変形していく。
「ヴェエェェッ! ヴェッェェッ!」
アビスが一層と暴れる。
アロはごくりと唾を呑み、覚悟を決めたようにアビスを睨む。
「〖ゲール〗!」
肥大化した手の先に魔力が集まって行ったかと思えば、アロの叫び声と共に暴風を生み出して爆ぜた。
指、手の甲が崩れ落ち、その中心にいたアビスが脚を弾き飛ばしながら飛んでいく。
腕の崩壊は手の甲に留まらず、アロの肩近くまで砂になり、反動の風に飛ばされていく。
アロが肩を上げると、肥大化していた腕は完全に砂となって地面に落ちた。
そして大きな腕の中から砂を掻き分け、いつも通りの細身の腕が姿を現す。
……あのごつい腕、なかなかショッキングな見かけだったけど、結構便利そうだな。
「ヴェェ……」
足の半数を失ったアビスが、体液を撒き散らしながらひっくり返っていた。
残っている脚を伸び縮みさせた勢いでどうにか体勢を持ち直そうとしているが、どうにも動けないようだ。
アロは俺の尾に手を触れて魔力を吸い上げてから、アビスへと両手を向ける。
「〖ゲール〗!」
竜巻の直撃を受けたアビスが大きく真上に跳ね上げられ、クリーム色の体液を散らしながら地面に激突した。
さすがのアビスもこれで終わっただろ。
生きててももう戦闘不能だろうから、もういっちょ〖ゲール〗くらわせてトドメを刺すだけだが。
【経験値を44得ました。】
【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を44得ました。】
嘘!?
俺、何もしてねぇのに!?
……いや、まぁ、アビスから回避させたり、アロに魔力貸したり、魔法力引き上げたりはしてるか。
これくらいなら入らなくていいっつうかアロの方に回してほしいのに、上手くいかねぇもんだな。
でも、ま、それでも、過半数はアロに流れてるはずだから……。
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名前:アロ
種族:レヴァナ・メイジ
状態:呪い
Lv :17/30
HP :78/84
MP :54/93
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……Lv14からLv17か。
も、もうちっと上がるもんだと思ってたんだけどな。
確かに中盤に入ってレベルが上がりにくくなる頃だし、仕留めたアビスもそんなにLv高くはなかったけど、3だけか……。
俺は〖竜王の息子〗〖歩く卵〗があるから成長が速くて感覚が狂ってるだけで、こんなもんか……。
俺の落胆が伝わったのか、アロがやや俯く。
い、いや、逆に考えりゃ、3も上がったんだ、上々だろ。
ちょっと頑張ればすぐに達成できる。
確かにLv20を超えりゃ、また上がりにくくなってくるのは目に見えてる。
だが、アロの魔法力だってLvと共に上がっていく。
次はもっと楽にアビスを仕留められるだろうし、その次はもっと楽にアビスを仕留められる。
MPは俺から吸い上げてる限り無尽蔵だ。
減った分は、休んでる間に自動回復しちまうし。
それに……この辺にも、さっき姿を晦ましたのが、まだ二体ほど隠れてるはずだしな。
しかし、アロが進化までに狩る必要のあるアビスの数は……相当低く見積もって、ざっと十五体くらいってところか。
多めに考えたらその倍の三十体くらいか。
玉兎のときもDランクまで育てんのは結構楽だったんだが……DからCが、壁だなぁ……。
そう簡単に進化してたら、その辺進化形だらけになるわな。
俺はちらりとアロを見る。
アロはもう、距離を取ってみればほとんど人間と区別はつかない。
次、次のはずだ。これまでの段階から考えて、次の進化で、外見だけならばほぼ完全に人間になれるはずだ。
よっぽど妙な進化でもしねぇ限りは。
アロもそれを望んでいるからこそ、今まで必死に頑張ってきたはずだ。
……アビスの巣、覗いてみるか?
本当にそんなものがあるのならば、あっという間にアビス三十体くらい達成できるはずだ。
アビスが猛威を振るっている以上、アロやレッサートレント、子蜘蛛達と別行動を取ることは難しい。
それに、リトヴェアル族の期待にもなるべく応えたい。
……俺なら、いけるだろ、多分。
アロ達を守りながら、アビスの山と戦うくらい。
腕一振りでアビスくらいなら叩き潰せる。
十体くらい同時に相手をしたって、ほとんどダメージを負わずに倒せる自信がある。
俺は赤蟻の巣にだって入り込んだことがあるんだ。
おまけに、あの頃よりも遥かにパワーアップしている。
正直、ウロボロスになってから俺より強い奴なんて全然見なくなった。
勇者の野郎がちっと危なかったくらいだが、今のステータスなら多少ハンデがあっても捻じ伏せられるだろう。
アビスくらい……。
「ガァ……」
相方が心配そうに鳴く。
『オ前、妙ナコト考エテネ……?』
い、いやでも、アビスがそこかしらに蔓延っている以上、ずっとアロ達を見てなきゃならねぇけど……このままリトヴェアル族の集落に顔出せなかったら、向こうも不審がって頻繁に祠に来るようになるだろうし……そうなったら、今の状態のアロが見つかっちまいかねねぇ。
だったら、こっちから動いちまった方が……。
「…………」
相方が、げんなりとした顔を浮かべる。
……アビスなんかと遭いたくねぇのは、俺も同意見なんだがよ。
『……ア! オイ後ロッ!』
相方の忠告を聞き、振り返りながら牽制に〖鎌鼬〗を放つ。
〖鎌鼬〗は何もない地面にぶつかり、土飛沫を撒き上げた。
子蜘蛛の近くに寄っていたアビス二体が、俺の〖鎌鼬〗に驚き、大きく後ろへ退いて行く。
……アロ、まだやれるか?
後二体、仕留めんぞ。
あいつらはなまじ気配を消すのが得意だからか、逃げたように見えても何度でも襲いかかってくる。
次もまたすぐに姿を現すはずだ。