264.襲撃
心配そうにオロオロとする大男バロンを尻目に、ヒビが俺に向かう。
彼女は小さく呪文らしき言葉を零してから、〖念話〗を飛ばしてくる。
『……実は、集落が襲撃に遭っているのです。お力をお借りしたく、参りました』
しゅ、襲撃?
『女子供は集会所地下室に避難させておりますが、相手の数が多く、このままでは……』
わ、わーった。
とにかく、急いだ方がいいんだな。
説明は後で聞かせてもらって、先に移動していいか?
『そちらの方が助かります。ありがとうございます、竜神様』
ヒビが深々と頭を下げる。
その後、以前同様ヒビとバロンと背中へ乗せ、集落へと向かった。
道中に、またアビスを見かけた。
構ってやる暇はねぇので、見なかったことにして走り続けることにした。
襲撃……なぁ。
また物騒な言葉が出たもんだな。
魔物の群れかなんかか?
まさか、反竜神派の集落ってことはねぇよな。
い、いや、争いの理由になることはなんもねぇはずだ。
マンティコアを倒したことで竜神派と反竜神派の仲が悪くなる、なんてこたぁあり得ねぇ。
それとも、俺はなんか見落としてたのか?
走っている間に、竜神派の集落が見えてきた。
俺は背にいるヒビへと思念を投げ掛ける。
んで、聞きそびれてたが、何が襲撃してきたっつうんだ?
『……奴ら、です』
奴ら?
疑問に思いながらも、見ればわかるかという考えで視線を前に向ける。
リトヴェアル族の男が槍を構え、三人で背をくっ付けて死角を補っているのが見えた。
その奥には、血塗れの者を背負って運んでいる人もいた。
しかし、肝心な戦っているはずの相手が見つからねぇ。
男達は神経質そうに周囲を見回していたが、俺に気が付くと表情を綻ばせる。
「竜神様が来てくれたぞぉっ!」
「馬鹿っ! 気を抜くな!」
男が叫んだ瞬間、ふっと黒い塊が現れ、三人組に突撃していく。
八本の長い歪な脚を忙しなく蠢かし、直進するそれは間違えるはずもなくアビスだった。
「来たっ! 来たぞ!」
「落ち着いて追い払えっ!」
三人組がフォーメーションを崩してアビスに向き直った瞬間、その背後から新たなアビスが現れる。
に、二体同時だと!?
「グォォォオオオオオッ!」
俺が〖咆哮〗を上げると、驚いたアビスは二体共集落奥へと逃げて、その姿を晦ませた。
とりあえず一難去らせることはできたが、内部に入り込んじまったか。
クソッ! アビスが妙に多いと思ったら、集落にも湧いてたのかよ!
俺はヒビとバロンを降ろす。
相方は去って行ったアビスを睨んでいた。
一番見たくないものを見た、という目だった。
俺もまったく同じ気持ちだ。
俺はヒビを見ながら、尋ねる。
どうなってんだ、あのアビスの数は。
『アビスの繁殖期が近付いているので、子供を産む栄養をつけるため、活動が活発になっているのです。ここ数年は、なぜか繁殖数が跳ね上がっていて、襲撃の規模や頻度も年々上がって行く一方でして……。纏まった栄養を得るため、集落を構えている我々を集団で襲うのが効率的なのでしょう』
うげぇぇ……んなもん、知りたくなかった。
いや、竜神としてやっていくには必須情報なんだろうけどよ。
アビスは、何体くらいいるんだ?
『奴らは気配を消すことができるので、正確な数を知ることはできません。ただ、二十以上は間違いなくいることでしょう』
お、おう……。
アビスはCランクモンスターだ。
一対一で勝てる人間など、ほとんどいないだろう。
ましてや、それが二十体以上だ。
竜神がいない間、よく堪えてこられたなこの集落。
『この時期にアビスを少しでも減らすことができなければ、繁殖後にはもっと恐ろしいことに……』
脳裏に、百体近い数のアビスが行進している様が過った。
想像したくもねぇ……。
これ、マンティコアよりアビスの方がヤバいんじゃねぇのか予想被害的に。
ガチな大災害じゃねぇか。
気乗りはしねぇが、早く参戦しねぇと。
「来るな、来るな蛮族共がぁっ!」
そのとき、背後から騒ぐ声が聞こえてきた。
「ああっ! ヒビ様、丁度いい所に! 実は冒険者の者を見つけ、脅して追い返そうとしたのですが、酷い怪我をしているようでして……。恐らく、アビスにやられたのでしょう」
リトヴェアル族が、二人掛かりで血塗れの男を運んでいた。
男は青い軍服らしきデザインの服に、赤いズボンを履いていた。
恐怖で錯乱しているのか、血を垂れ流しにしながら暴れている。
目に血が入り、辺りは見えていないようだった。
腰には鞘があるが、剣はない。
どこかで武器を落としたのだろう。
冒険者か。
やっぱり、たまに来るんだな。
最悪の時期に来たもんだ。
俺が人間だったら、絶対こんな人間大のゴキブリがいるようなところ、立ち入らねぇけどな。
「また魔獣……では、なさそうね。地下集会所に運んで、治療してやりなさい」
「はい、わかりました。ちょ、ちょっと、大人しくしてくれ、今は緊急事態なんだ。早く避難しないと、大変なことになるぞ」
「黙れ、蛮族共が! 俺を邪神の生贄にするつもりだな! 知っているぞぉっ!」
男は抱え上げられ、連れられて行った。
相方を説得して〖ハイレスト〗を掛けてやる暇もなかった。
追いかけるのも、今は時間が惜しい。
あれだけ騒げていたのだから、多分身体は大丈夫だと思うが……。
「仲間はいるのか? そいつらは無事か?」
「黙れぇっ! 貴様らに教えることなど何もない!」
最後の最後まで喚いているのが見えた。
……アドフもリトヴェアル族はヤバい奴らだって言ってたし、あれが普通の反応なんだろうか。
意外と気のいい連中なんだが、ちっと寂しいな。
んなことより、今は目先の問題か。
俺は〖気配感知〗でアビスの気配を探りながら、集落奥へと向かった。
だいたいのリトヴェアル族は地下への避難を終えているのか、リトヴェアル族自体あまり見当たらなかった。
アビスは気配を消すことができる。
捜索方法を変え、人間を捜してみることにした。
人の気配を拾ったので、そちらへと近づいてみる。
「家の中も危険だ。俺達が地下集会所まで案内する!」
「は、はい……」
家に隠れている子供や年寄りなどの非戦闘員を、大人が助けて回収して回っているようだった。
俺もああいうのの手伝いをした方がいいんだろうか。
様子を確認しようと建物を回り込むと、向こうも俺に気付いたようだった。
「あ、竜神様!」
子供が嬉しそうにこっちへ手を振ってくる。
こういう扱いに慣れておらず、ああいう反応を見たらつい照れてしまう。
その瞬間、子供の後ろの地面が砂飛沫を上げ、アビスが現れた。
「「「ヴェエェェェェッ!」」」
しかも、三体同時である。
仲良く地中に隠れてやがったのか!
マジで気を緩めてられねぇ!