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208.とある勇者の英雄譚9(sideイルシア)

「ついに今日ですね、司祭様。罪のない人が命を落とすのは悲しいことですが、これも法。仕方のないことです。せめて彼らの魂に救いがあることを祈りましょう」


「…………」


 司祭は黙ったまま僕を睨んでくる。

 嫌だなぁ、怖い顔をして。


 今日の死刑の対象は、逃亡した重犯罪者……アドフから、二親等以内の血縁者だ。

 教会にとってもちょうどいいだろう。

 僕がアドフの親族に不穏な動きがあるとデマを撒いてから、司祭もどうにかできないかと画策していたはずだ。

 まぁちょっと、おまけがいるけどね。


「最近、アーデジアから獣人奴隷の解放について、圧力を掛けられていることは知っておるだろうが! そんな時期に、こんな獣人族の公開処刑など、それも教会に泥を塗るようなやり口で! お前は、何を考えておる!」


 不機嫌だと思ったら、またそのことか。


「いいんですよ、アーデジアの連中の言うことなんて聞かなくたって。どの道僕がいる以上、ハレナエに下手なことはできないでしょう。気を遣って犯罪者を野放したなんて前例を作る方が問題ですよ。強気に行きましょうよ、司祭様」


 獣人族、フェリス・ヒューマの女。

 今日、アドフの親族に並んで処刑になるおまけだ。


 邪竜討伐の道中、砂漠で倒れている彼女を僕が保護した。

 その後、彼女はハレナエに帰れば奴隷に逆戻りになると判断し、アドフと共謀する。二人して僕に助けてもらった恩を裏切り、毒を盛って弱らせ、僕を殺そうとした。

 意識が危ういままに、アドフとの戦いになった。

 アドフに致命傷を負わせたものの、逃げられてしまう。

 僕も受けた傷が酷く、邪竜討伐を断念。

 獣人族の少女だけなんとか捕まえ、ハレナエに帰還した。

 心が広く優しい僕は、獣人族の少女の解放を教会に求める。

 だが、勇者に牙を向けた罪は重い。願い届かず、死刑となる。

 僕は司祭にハレナエの安寧のためだと絆され、泣く泣く了承に至る。


 事実は勿論違うが、表向きにはそういうことになっている。

 少々間抜けだが、これでいい。僕は青臭くて正義感の強いお人よしで通っているのだ。



 僕は司祭の横を通って小窓に寄り、街を見下ろす。

 処刑場には、すでに人だかりができていた。


「ほら、そろそろ移動ですよ?」


 司祭は忌々し気に僕を見る。

 額に皺が寄っていた。今回の件がよほどお気に召さなかったらしい。

 保守的で我が儘な老害だ。せいぜいぺこぺこと頭を下げて回って延命するといい。

 でも、僕がわざわざそれを手伝ってやる気はない。


 にしても……そんな小さな問題に目を向けていて、大丈夫かねぇ。

 上手く行けば今日、ハレナエに厄病竜がやってくるかもしれないっていうのに。


 僕は教会の都合で再出発ができないという建前にしている。

 厄病竜が街で暴れれば、せっかく勇者が戻ってきていたのに討伐を後回しにした教会が責任を負う羽目になる。

 奴隷一人でここまで頭を抱えている小者が一体どんな表情を見せてくれるのか、それが楽しみで仕方ない。

 普段は涼しい顔をして僕におんぶ抱っこの雑魚騎士共も、馬鹿司祭も、皆顔を真っ青にすることだろう。


 何人か死んだところで、ぱぱっと僕が片付けてやればいい。

 Bランクモンスター如きに手こずることはまずないが……多少は、苦戦を演出してやってもいいかな。

 それだけの余裕はある。

 命懸けで戦っている方が、見栄えもいいだろうし。


 厄病竜、来たらいいんだけどなぁ。

 〖神の声〗と〖ステータス閲覧〗を持っていたことが気掛かりだ。

 僕のステータスを見ていたのならば、勝ち目がないと考え、怖気づいてとっくに逃げてしまった可能性が高い。

 あのときは命を投げ出してあの奴隷を庇おうとしたように見えたときもあった。

 だが余程の馬鹿でさえなければ、考える時間さえあれば無茶はしないものだ。


 ま、来なければそのときはそのときだ。

 死体を遠くからでもよく見えるところに晒して挑発してやろう。


 あのドラゴンが進化してAランクに乗ったらちょっと嫌だが、レベル上限まではかなり開きがあった。

 一週間足らず程度で進化まで行くことはまずあり得ない。

 乱暴なレベル上げなど、そう何度も成功することではない。


 僕もそれで無茶をして、お供を何人か無駄死にさせたことがあるくらいだ。

 いや、あれは失敗だった。僕も青かったな。


「……あまり勝手に動くのであれば、私にも考えはあるぞ。いつまでも教会がお前の尻拭いをすると思わないことだな」


 よく言ってくれる。

 勇者がいなかったらハレナエの教会なんて何の価値もないんだから、僕を切るなんて絶対にできないくせに。


「酷い言い分ですね。元はといえば、アドフ様に囚人の刻印が施されていなかったことが今件の発端ですよ? むしろ僕が、教会の尻拭いをしてあげてるんです。ああ、アドフ様だって、きっちりと刻印が施されていれば、妙な気を起こすこともなかったでしょうに。僕はそれが、本当に心苦しい……」


「そんなわけがないだろうが! 私だって、確認したのだぞ!」


「あまり大声で言わないほうがいいのでは? 外に漏れれば、司祭様にも責任が飛び火しますよ」


 教会は囚人の刻印をアドフの背中へと施していた。

 囚人の刻印は、対象者の行動を制限する力がある。

 あれがあれば僕に刃向かったという話の辻褄が合わなくなるため、僕は『アドフの背に囚人の刻印はなかった』と主張し、教会が何らかの理由で行わなかったのではないかと訴えている。


「誰に責任押し付けるか、もう決めたんですか? これ、事によってはアドフを使って僕を殺そうとした疑惑も掛かりますよね? 実際僕、そのせいで死にかけたわけですし」


 司祭は一層と顔を険しくした。


 囚人の刻印を扱える権限を持つ人間は少ない。

 今件の不始末、下っ端を切るわけにはいかない。

 司祭が誰を削るのか楽しみだ。

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