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206.最後のキー

 俺は低空飛行しながら、ハレナエを目指す。


 頭には玉兎を、背にはアドフと二体の赤蟻を乗せていた。

 赤蟻に手を借りることはないのではと思っていたのだが、事情が変わったのだ。

 早速頭を下げることになった。


 時刻は夜である。辺りはすっかり暗い。

 明日の昼前には、ハレナエについておかなければならない。


 低空飛行をしているのは、ハレナエに入る前に見つからないようにするためだ。


『……人間に化けた状態で、ハレナエに入れないか?』


 昨日、アドフからそう持ち掛けられた。

 少し悩んだが、俺はそれに了承した。


 俺がドラゴンの姿で乗り込めば、即座に大騒ぎになる。

 そうなれば、処刑で人が集まるところを狙い、アドフの主張で勇者の後ろ盾を崩すという作戦は使えなくなる。

 MPは圧迫されるが、仕方ない。


 アドフは『上手く行けば戦闘になることもないはずだ』とも言っていた。

 命を賭したレベリングが無駄にはなるが、安全策があるのならばそっちの方がいいに決まっている。


 今の俺のステータスならば、自動回復込みで考えれば一時間近くは持つ。

 ハレナエ前から屈んで移動し、充分に近づいてからは〖人化の術〗を使い、赤蟻に乗って移動する。

 巣の中でも足の速い二体を選ばせてもらった。誤差程度の差しかなかったが。


 MPが万全の状態で勇者に挑めないのは痛いが、そこまでMPを多く使うスキルは〖人化の術〗程度だ。

 赤蟻との集団戦の中でMPが危なくはなったが、あれは最初にレベルが低かったため、MP最大値が低かったのが原因だ。

 レベルアップでMPが回復しないから、最大値から大きく引き離されてしまっていた。


 今回は違う。

 MPを1000も使うより先に決着がつくのは目に見えている。

 MPがネックになることはないだろう。


 もう、日付は替わっただろうか。

 その内に朝日が昇る。太陽が真上に来たときが期限だ。


「……む、あれは」


 アドフが呟く。

 視線を追えば、一人の男が馬に泣きついているのが見えた。

 頭に巻かれたターバンに厚いマント。どこかで見た格好だ。


 あれ、俺が以前戦ったハレナエの兵か。

 名前は……名前、なんだったか。

 ターバン越しにもわかる形のいい頭を見て、思い出した。

 ああ、ハーゲンだ。


 愛馬に逃げられ、その後ラクダに乗っているのを遠目に見た覚えがあるが……どうやら、あの後再会を果たしたらしい。

 こちらに気付く様子はない。

 別に、俺からも構う理由はない。

 関われば、面倒なことになる可能性の方が高い。


「なぜ、アイツがいる……」


 アドフは目を丸くし、口を開けていた。

 ハーゲンと顔見知りだったのだろうか。

 同じ国に仕える戦士だもんな。そりゃ面識はあるか。


「ア、アイツのところに向かってくれ! 頼む!」


 アドフは興奮気味に言い、ハーゲンを指差す。

 取り乱しているふうにさえ思える。

 よほど深い仲だったのだろうか。


「アイツは、邪竜討伐に失敗し、死んだことになっている! イルシアの証言で、だ! 俺は、ハーゲンはイルシアの手でとっくに殺されたものだと思っていた! だが、何らかの手違いがあってイルシアが見逃していたのだ!」


 お、おん?

 どういうことだ?


「ハーゲンが生きていれば、それだけでイルシアの嘘が芋づる式に引き摺り出される。嘘やこじつけでは誤魔化せない根元から狂う! 奴の言葉、すべて辻褄が合わなくなるはずだ! そうなれば、いくら教会とてまず庇いだてはできない!」


 マ、マジか。

 あのハゲのオッサン、そんなに重要なのかよ。

 たまたま見つけられたからよかったものの、何かが違えば見逃していたはずだ。

 言ってくれれば俺だって真剣に捜したのに。

 ……いや、アドフが死んだと思っていたのなら仕方ないけど。


 確かに逃亡した死刑囚のアドフが何を言っても、まともには取り合ってもらえないのではないかとは思っていた。

 ここで新たな証人を得られたのは大きい。希望が見えてきた。


「なぜ奴がハーゲンを取り逃がし、あまつさえそのままにするようなミスを犯したのかはわからん。だが、これはまたとない好機だ」


 ……確かに、それは気に掛かる。

 ハーゲンの存在の有無次第で一転して自分が追い込まれる立場に変わり得るのならば、なぜそんな男を平然と野放しにしていたのか。

 アドフからあの勇者に関わる話が全て真実ならば、口封じに人を殺すことを厭うような男には思えないのだが。


 罠かとも考えたが、情報が足りな過ぎて何ら判断がつかない。

 しかしときには、推測だけでは絶対に届かないような奇抜な事態が起こり得るものだ。

 俺より事情に詳しいはずのアドフが手放しで喜んでいるのだから、余計な疑いなど持たずともいいのかもしれない。

 一応、警戒はしておこう。


 早速俺は方向転換し、ハーゲンへと接近してみることにした。


 近づいていくにつれ、馬は大怪我を負って砂地の上に倒れていることがわかった。

 後ろ脚の付け根の辺りをがっつりと抉られており、血を流している。魔物にやられたのだろう。

 ハーゲンは屈んで怪我の近くに手を置き、涙を流している。


「マリアァッ! しっかりしろ、マリアァッ!」


 誰かと思ったが、恐らくはあの馬のことだろう。

 あの馬、一回主を見捨てて逃げ出してなかったか?

 ハーゲンは、そんなことなど気にも留めていないようだ。

 案外男らしい奴だ。

 マリアも、そんな主へ信愛の眼差しを向けている。


「〖レスト〗! 〖レスト〗! ああ、くそうっ!」


 ハーゲンの手から出た光が、馬の怪我を癒していく。

 だが、傷口は塞がらない。


 とにかく接触してみるか。

 俺はハーゲンに充分に接近してから「グォオッ!」と声を掛けた。


「ぎゃぁぁああっ!」


 ハーゲンはこちらを振り返ると、叫び声を上げながら立ち上がる。

 そして、おもむろに馬を見捨てて逃げ出した。

 馬は、唖然とした表情でハーゲンの背を見つめている。


 ……あんたら、お似合いのコンビだよ。

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