151.大漁
なんだよ今の、本当に魚だったのか。
車に胴体轢かれたカエルみたいな顔してたぞ。
俺は先ほど見たグロテスクな魚を捜し、海へと目を走らせる。
さっきの魚に腹を喰いちぎられたらしい縞々魚の上半身と下半身が、海底へと沈んで行くのが視界に入った。
血を海中に撒きながら、腹から臓器の断片を靡かせていた。
「ぺふっ! ぺふっ!」
『活キガイイノ、イタ!』
いちいち〖念話〗で伝えなくても俺も見たよ!
活きが良かったらなんでもいいってもんじゃねぇだろ。
アレは絶対喰っちゃ駄目な奴だろ。
つーか、あんなん下手に釣り上げたらニーナが大怪我負うぞ。
俺もあんなのがいるところにぷかぷか浮いてると思ったら気が気じゃないんだが。
さすがに鱗を喰い破ることはできないだろうと思うが、玉兎くらいなら余裕で屠れそうな面してたぞ。
「ここ、ここなら釣れそうです! 見ててくださいね、ドラゴンさん!」
ニーナは息巻きながら釣り竿を振り、餌を遠くへと落とす。
大丈夫なのかこれ、止めた方が良くないか。
まぁ、そんなに数いなかったみたいだし……多分、大丈夫だろう。
ここで退き返そうとは言い出し辛い。
「早速餌に魚が群がってきましたよ! 見てください! 見てください!」
俺は海よりも、ぴょこぴょこと動く耳に視線を奪われていた。
あんなに動くもんだったのかアレ。
まぁ、楽しんでもらえて何よりだ。
そういやあの縞々魚、上半身と下半身裂かれてるだけだったな。
喰うのには興味なくて、殺すのが目的だったのか。
確かにあれは殺人狂の面構えだった。
そういや、歯に腸引っ掛かってたな。内臓しか喰わないのか、或いは単に好みだったのか……あ、餌、内臓団子じゃん。
「にゃあっ! ドラゴンさん、引っ掛かりました! 結構重たそうです! こ、これ、どうしたらいいんでしたっけ!」
「グルワァッ!」
今すぐ竿ごとぶん投げろっ! 手遅れになるぞ!
玉兎翻訳が始まるよりも先に、俺の声に驚いたニーナがその勢いで竿を引っ張った。
黄緑色で大きな血走った白目を持つ珍魚が、大口を開けながら宙を舞った。
「ギチェェエエッ!」
目の下からサボテンの針が突き出ている。
途中ですっぽ抜けてくれたら良かったものの、無駄にしっかりと深く刺さったようだ。
珍魚は禍々しい白眼に恨みを込め、ニーナを射殺すように睨んでいる。
歯をがちゃがちゃと鳴らしており、明らかにニーナを屠る準備を行っていた。
「釣れました! 釣れましたよ!」
「グルワァァァツ!」
俺は上体を持ち上げる。
ニーナと玉兎が短い悲鳴を上げ、俺の背にしがみつく。
向かってきた珍魚のエラに向け、爪をぶっ刺した。
「ギヂギィッ!」
珍魚は叫び声を上げてからわずかに歯を打ち鳴らし、それきり動かなくなった。
【ランク差が開きすぎているため、経験値を得ることができませんでした。】
お、おう。
これやっぱり魔物扱いなのか。
俺はすぐに体勢を元に戻し、珍魚を仕留めたのとは逆の手で餌を包んでいる布をキャッチした。
身体を捻り、珍魚と餌を包んだ布をニーナへと返す。
「あ、あの……今、何が……」
ニーナは魚を見てなお疑問に思わないらしく、首を傾げていた。
この娘、今まで気付かなかったけど結構天然入ってんな……。
まぁ、今日は心置きなく釣りを楽しんでもらおう。
幸いヤバそうな魚はもう見当たらない。
「グォウ」
言い忘れていたが、釣った魚はすぐに殺した方がいい。
エラ辺りに血管の詰まってるところがあっから、そこを切ったら即死する。ニーナなら爪でもできるだろう。
魚だって陸に上げられたら苦しいし、それに魚がストレスを感じると身が硬くなって不味くなるからな。
後は逆さまにして血抜いたら、海水で洗っとけって……長すぎたか?
玉兎、翻訳大丈夫か?
「ぺふっ」
『釣ッタ魚、スグ殺ス。エラニ急所アル、切ッタラ死ヌ。ソウシナイト不味クナル。逆サニシテ血抜イテ、海水デ洗ウ』
「は、はいっ!」
すげぇ簡潔に纏めやがった……。
必要最低限の要点は全部抑えてやがる。コイツの食への執念凄まじいな。
ニーナは珍魚から針を抜き、宙吊りにして血を流してから俺の身体の端へと移動し、屈んで海水で洗う。
あの珍魚、喰えんのかな。
変な習性とか毒とかないか、一応調べてみるか。
群れるのならここから離れた方がいいし。
【〖エグル・バッシュ〗:Eランクモンスター】
【強靭な牙を持つ、飛び出した白い眼球が特徴的な魚。好物は内臓。】
【魔法具の材料になるため乱獲されたことがあり、絶滅が危惧されている。】
【ただし魔力に惹かれる習性があるため、条件さえ整えることができれば捜すのは容易い。】
こんなのわざわざ捜したくねぇよ……。
絶滅危惧しなくていいよ。とっとと滅ぼせよ。
誰だよ条件整えてまでエグル・バッシュわざわざ捜そうとした奴。
ま、希少なら安心だ。
これ以上は出てこないだろう。
海の中を見回しているが、あんな危なそうな奴は見当たらない。
ようやく釣りに専念できるはずだ。
ニーナが再び釣り竿を海へ向けて振るう。
次はもうちょっとまともなのが釣れることを祈る。
……できれば、さっき珍魚に喰い殺されてたあの縞々の魚と同種の奴が釣れたら嬉しいんだけど。
釣り開始から一時間後が経過した頃、俺の背の上には様々な血抜きされた魚が並べられていた。
ギョロ目の腸喰いエグルバッシュ、鮮やかで身体より大きいヒレを持つ孔雀魚、凶暴な二頭ウツボ……色物を上げればこの辺りか。
後は元の世界では見たことがない種類の魚はいたが、しかしそこまで常識を逸脱したような外見をしているものはない。
釣った魚をすべて合わせれば、全部で三十匹近くになる。
充分な戦果ではあるのだが、しかし俺としてはこう、腑に落ちないものがあった。
「すごい、タマちゃんすごい! また掛かった!」
「ぺふっ!」
『集中シテル。今、話カケナイデ!』
「ご、ごめん……」
……ほとんどの魚は、玉兎が耳を使って釣り竿を振るって釣り上げたものだった。
ニーナが釣り上げたものは、最初のエグルバッシュを除けば変な小瓶くらいだ。
ニーナは不器用そうには見えないが、どうにも焦りすぎているのだろうか。
ことごとく餌だけ魚に取り上げられていた。
釣り針の形が悪く、上手く魚の口に刺さらなかったということもあるだろう。
ニーナは失敗する度に耳を萎れさせ、半泣きになりながら餌を釣り針につけていた。
その姿には哀愁すら感じた。
ようやくニーナが釣り上げたと思ったら、まさかの小瓶であった。
ニーナはさすが心が折れたのかがっくりその場に座り込んでいた。そのときに玉兎が試しにと釣り竿を振ってみれば、まさかのバカ釣れである。
ニーナは玉兎から魚を受け取ってトドメを刺したり血抜きを行う雑用係にへと大降格していた。
えっと……何のために釣り始めたんだっけ……。
「すごい、今日で一番大きい!」
「ぺふっ! ぺふっ!」
ま、まぁ……楽しそうだから、いいか、うん。