150.釣り
浜辺に移動する。
ニーナは釣り針に肉団子をつける。
「……やっぱり、針が見える」
「グルァッ」
俺は軽く鳴いて、ニーナが手にしている肉団子を包んでいる布を目線で示す。
「にゃ……? あ、もう一つ付けるってことですか?」
「グゥッ」
ニーナの返事を聞き、俺はこくこくと頷く。
ついに、ついに玉兎翻訳機介さずとも会話が成立しちまったよ。
もっと遠い夢だと思っていたが、この調子だと割とすぐに人里溶け込めそうじゃん。
「ちょっと勿体ないようにゃ……」
「グォウッ」
肉団子は元よりいっぱいある。
二個分くっ付ければさすがに隠れるだろう。
使いきれそうにないし、こんな内臓団子なんか喰えるの玉兎くらいだし、浪費したって問題はないだろう。
ただ、これを丸呑みできる魚がいるのかどうかが疑問だが……まぁ、引っ掛からなかったらそんときに調整すればいい。
さすがに見えてる針に飛びついてくれる魚はいないだろうし。
ニーナは餌を多めにつけて針を隠す。
「これ……本当に大丈夫ですか?」
巨大な肉団子ができあがり、ニーナは不安気に俺を振り返る。
グッドサインで応援しておいた。
海へと竿を振り、餌のついている部分を遠くへと飛ばす。
肉団子は綺麗に放物線を描いて宙を舞い、海面に落ちた。
初めてにしてはなかなか様になっている。
しっかし、魚の影が見えねぇけど、ここ、魚いるよな?
あ、一応いるわ。本当に疎らだけど。
餌があったらそのうちこっちの方に来る……よな?
十分近く経過したが、何も引っ掛かる様子はない。
ニーナも心なし泣きそうになっている。
玉兎は目を細くして海を見回した後、なにか言いたげな様子で俺を睨んでくる。
いや、釣りは忍耐が大事だし……十分くらい……つっても、この調子だと釣れそうにない。
やっぱもうちょっと海奥の方がいいんだろうか。
「グルァッ」
「にゃっ! あ、ドラゴンさんですか……すいません、集中してたもので」
ニーナはびくりと大きく肩を震わせる。
やっぱりいまだに不意打ちで声を掛けられたら怖いらしい。
万が一俺じゃなかったら次の瞬間にお陀仏だろうしな。
つーか、そんな魚の影も近づいてねぇのに前意識向けて気張ってたらぶっ倒れちまうぞ……。
「グゥオッ」
俺の背に乗れ、もうちょっと奥行くぞ。
「ぺふっ」
『海ノ奥、行ク。乗レッテ』
さすが同時翻訳玉兎さん。
俺も〖念話〗覚えてぇな。
これあったら人間どころか魔物とも会話できるはずだし。
「ドラゴンさん、泳げるんですか?」
「グゥウ……」
多分……大丈夫だろ。
万が一転覆したときに身を守る準備だけはしといてくれ。
「ぺふっ!」
『文字通リ、大船ニ乗ッタツモリデ任セテクレッテ』
お前……実は結構ぺらぺら〖念話〗できるよな。
なんだ、普段は節約してんのか?
それならそれでいいんだけど、んなところで無駄に流暢で自信家になられたら、ニーナ視点で俺がどう見えてんのか不安になるんだけど。
たまに俺外して会話してるみたいだけど、変なこと言ってねぇよな?
「…………」
そこで黙られるとなんか不安になるんだけど!?
頼むぞ。
確かにもう別れるのかもしんねぇけど、綺麗な感じでサヨナラしたいんだけど。
ニーナと玉兎を乗せ、海の中を進む。
足が付かなくなったら海面に身体を浮かせ、両翼をオール代わりにして前へと進む。
結構楽しいぞ、これ。
寝てる間も浮けそうだし、頑張ったらどっか別の島まで行けるかもしれねぇな。
ニーナ乗せてったら……船旅中に発症したら死ぬな、うん。船が病原体だもんな。
「ドラゴンさん! います! もうちょっと向こうに、いっぱい魚がいます! ニーナに、ここはニーナに任せてください!」
ニーナがはしゃぎ声を上げる。
首を曲げて彼女を振り返れば、ぴくぴくと耳が動いていた。
海へと向けられているうっとりと熱を持った目は、確かに狩人の物に思えた。
今まで脅えてたり緊張してる所ばっかり見てきたけど、きっとこっちが素なんだろうな。
奴隷にされてムカデの餌にされて起きたら目前にドラゴンがいてと、過激なイベント続きで委縮してしまっていたようだが。
いや、最後は俺だけど。
ニーナの見ている先を追うまでもなく、少し先に魚の影が濃くなっているのはパッと見でわかった。
ぶっちゃけ俺が海中で爪振り回した方が効率的に魚が獲れそうだが、そんな野暮なことはするまい。
俺は翼を動かし、すいすいと魚の大群へと向かう。
ニーナは釣り竿の先に餌を付け直していた。
さっきまでの分は、長時間海中に垂らしていたせいでふやけて分解してしまったのだ。
魚に近づくと、その姿が鮮明に見え始めてくる。
水色と黒の縞模様の、平べったい魚が見えた。
イシダイとかシマダイに似ている。この手の魚は成長するに従って模様が薄くなるんだったかな。
あんまり詳しくは覚えてねぇし、そもそもこっちの世界の魚にもその法則が通るのかは知らねぇが。
結構美味そうだな。できればあれ釣ってほしい。
薄っすらとしか思い出せねぇが、前世ではイシダイの刺身が好物だったような気がする。
感触が結構しっかりしてて、それでいて脂乗ってんだよな。
せっかくだしニーナにあれ釣ってくれって伝えてみるか。
もっとこう世間話っぽいこともしたいし、目標あった方が盛り上がるだろうし。
玉兎がどの程度MP残ってるのかにもよるけど。
ちょっと見てみっか。
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種族:桃玉兎
状態:通常
Lv :10/30
HP :54/54
MP :26/45
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結構減ってるな……今日は〖念話〗しかしてねぇはずなのに。
あと何日一緒にいられるのかもわかんねぇのに、玉兎のMP分しか話せねぇっつうのが歯がゆい。
玉兎のレベル上げに専念した方がいいか。
いや、今更か。
多分もう、明日には港街も見つかるはずだ。
ニーナだって、いつ病魔の症状が表れるかわかったもんじゃねぇ。
正直、今日まで初期症状さえまったく出ていないのが奇妙なくらいだ。
以前玉兎が発症しかけたときは〖病魔の息〗を間近で使ったせいで、加えて身体が小さかったことが原因なのかもしれない。
それだけでは何となく腑に落ちないが、その他にもステータスに反映されない何かがあるのだろうか。
このままずっと発症しなけりゃいいんだけどな……とと、そういうことは、後に考えるか。
今はとにかく、今を楽しもう。
思い出を作る。それが街に入れない俺がニーナにできる、最後のことだろう。
「グゥォ……」
俺は鳴き声を、途中で止めた。
視界の端に入れていた水色と白色の縞模様の魚が、一瞬にして二つに裂けたからだ。
「ギチェッ、ギチェッ!」
縞々魚が二つに裂けたそのすぐ上を、一匹の魚が跳ねた。
大きさは太った鯛程度だったのだが、外見がとにかく不気味だった。
鮮やかな緑の体表、真っ白な血管の浮かんでいるギョロ目。
魚とは思えないほど発達した牙が特徴的だった。
その口許には、今喰い千切ったばかりらしい縞々魚の腸が引っ掛かっていた。
やだ、なんかもう陸に帰りたい。