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111.逃亡

 俺は必死に転がり、死に物狂いで巨大ムカデを追い掛ける。


 速さのステータスでは負けているものの、〖転がる〗を使った俺の方が速い。

 〖転がる〗は元々速度こそは出るが、細かい制御が難しいのが難点なのだ。

 入り組んだ地形ならどうだったかはわからないが、辺り一帯更地の砂漠では俺の方に分がある。


 だが、それでも間に合わない。

 このままだと、巨大ムカデが馬車をぶっ壊す方が絶対に速い。

 ええい、余計なことを考えるな。走れ、とにかく走れ、俺!

 今は〖転がる〗で追う以外、何もしようがない。だったら、考えたって仕方ない。


 巨大ムカデと馬車の距離が縮まっていく。

 もう駄目かと思ったとき、馬車上部についていた火が、馬車の中身を隠すように後部を覆っていたカーテンを焼き落とした。

 焦げた布が宙に舞い、巨大ムカデの頭に被さる。


 奇跡的な位置、タイミングだった。

 これでちょっとは時間が稼げるかと思ったのだが、一秒も持たなかった。

 すぐさま布は後ろへと飛んでいく。巨大ムカデの走りを妨害することはなかった。


 俺は、露わになった馬車の中へと目を走らせる。


 中には、詰め込まれるように人が乗っていた。

 初老の男から、10にもなっていないような小さな女の子まで、様々だ。

 その全員の頭に、獣のような耳がついている。

 洞穴で顔を合わせた、女剣士の傍らにいた犬耳の少女を思い出す。


 頭の耳以外は普通の人間だが、獣人って奴なんだろうか。見るのは二度目だったわけだし、そのことにそこまで驚きはなかった。

 ただ全員がボロボロの布を纏っていて、手が木の板に嵌め込まれているのが気にかかった。


 獣人達の後ろに、太った男が現れた。

 頭に白い布を巻いており、金の装飾のついた派手な格好をしている。

 他の者とは、明らかに違う。


 太った男は何かを叫び、獣人の一人を蹴り落とした。

 一瞬、何をしたのかわからなかった。


 蹴り落とされた獣人は馬車から落ち、地に背を打ち付け、身体を痙攣させる。

 巨大ムカデは減速し、大口を開け、馬車から落ちた獣人を喰らう。

 他の獣人が抵抗しようとするのを殴りつけ、次は小さい子供を巨大ムカデに投げつける。

 そうして一人、また一人と突き落としていく。


 八人が落とされたところで、巨大ムカデが完全に足を止めた。

 巨大ムカデが落とされた人を喰らうことに専念し始めたのだ。その隙に、馬車はどんどんと逃げて行く。

 太った男は額の汗を拭ってから満足気に笑い、馬車の奥へと戻って行った。


 惨い。

 惨過ぎる。

 そうしなければ、馬車が捕まって全員が死んでいたであろうことはわかる。

 それでも、あまりにも酷い。

 なぜあの男は、何人もを化け物の餌にしておいて、笑っていられるんだ。


 俺が化け物に追いついたとき、すでに生き残っているのは半数以下だった。

 痩せ細っている者ばかりなので、元々身体が弱っていたのかもしれない。走る馬車から落とされた時点で死んだ者がほとんどだったようだ。

 だが、落下時に死んでいた方が良かったのではないかと、一瞬そうとさえ考えちまった。

 生きたまま泣き叫びながら喰われていくのが、あまりに凄惨だったからだ。


「あ”……」


 声の方を見れば、半身が喰い千切られた人間だった。

 すぐに残りの上半身も、巨大ムカデに喰われて姿を消した。


「ギギヂヂヂヂヂヂヂィッ!」


 大ムカデは、笑うように不快な音を立てる。


 俺は翼を広げ、地を蹴って勢いよく空に飛び上がった。

 考えるより先に、怒りで身体動いた。

 空高くから巨大ムカデの頭部に照準を合わせ、一直線に落下する。


 普通にやってもダメージは通らなくとも、勢いをつけて捨て身でぶつかれば、ちっとは削れるはずだ。

 反動はデカいだろうが、仕方ねぇ。

 これが効かなかったら俺にはどうしようもない。


 巨大ムカデはその巨体を振るい、縦に落ちてきた俺の攻撃を、尾の方で横薙ぎに払う。

 衝撃が鱗を通り、骨に響く。

 綺麗なほど呆気なくブッ飛ばされ、頭から地に突っ込むことになった。


 周囲が霞んで見える。身体が重い。

 震える腕で辛うじて砂を払う。巨大ムカデは、ほとんど無傷だった。


 今の一撃でわかった。

 同ランク台、レベル40差の壁が厚すぎる。

 俺では、あいつを倒すことは不可能だ。あれだけ邪魔したのに気が引けなかったことから考えても、敵とさえ見られていないかもしれない。

 せいぜい、獲物だ。それも優先度の低い、質が悪く、ただ邪魔な獲物。


 俺は自分の横腹に、べちゃりと生暖かいものがついているのがわかった。

 血だ。俺の血ではない。

 後ろを見ると、抉れた人間の下半身が、中身の臓物を垂れ流しにしていた。

 俺が突っ込んで跳ね飛ばされたとき、巻き添えにしてしまったのか。


「グゥルグァァァァァアアッ!」


 俺は、〖灼熱の息〗を巨大ムカデへと吹きかける。

 その息で巨大ムカデの視界を潰せていることを祈りながら、自分で吹いた灼熱の息の中に飛び込み、独りの人間へと飛び掛かった。


 噛み潰さないよう地面に歯を立て、砂ごと口の中に含む。

 まだ、一番怪我が浅そうだった人間だ。


「ギギヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂギィッ!」


 獲物を取られたと思ってか、巨大ムカデが怒気の籠った音を立てる。

 再び巨体を振るい、尾の方で俺を横薙ぎにしようとしてくる。

 この動作を見るのは二度目だが、あまりに動きが速すぎる。


 さっきのカウンターで、HPが半分以上持っていかれたばかりだ。

 次同じのをくらったら、確実に意識が持ってかれる。

 しかし、避けられない。

 

 迫ってくる巨大ムカデの体表に尻尾を打ち付け、その反動で大きく後ろに飛ぶ。

 それでも避けきれず、ムカデの体表が迫ってくる。俺は翼を前に回し、ガードすることで威力の軽減を試みる。


 大きく宙に跳ね飛ばされはしたものの、ダメージは最小限に抑えられた。

 俺はその勢いで飛び上がり、空中へと逃げる。ガードに回していた翼を背に戻して羽ばたき、飛距離を上げる。


 そのまま俺は、とにかく逃げた。

 これ以上は、無理だ。

 飛びながら、後ろ髪を引かれる念に駆られ、俺は振り返った。


「ギヂヂヂヂヂヂヂヂギヂ、ギヂィッ!」


 巨大ムカデの口許に、赤い光が集まっているところだった。

 また、あれが来るのか。


 〖灼熱の息〗の炎はすでに消えている。

 俺が吐いた炎で焼け死んだのが、一人。それが残された七人の、最期のひとりだった。

 死体を見て無力感に駆られるものの、その感傷に浸っている余裕はない。


 巨大ムカデのステータスを確認すると、やはりほとんどダメージは通っていないようだった。

 ただ、MPの消費量は意外と大きい。

 あいつが〖熱光線〗を使えるのは、日に三発が限界と見て良さそうだ。

 だからこそ、すぐ追いつける馬車を狩るのには使わなかったのだろう。

 しかし、その情報もあまりいいものだとは思えねぇ。これを回避したって、もう一発飛んでくる可能性があるってことなんだから。


 俺は巨大ムカデを視界に留めつつ、上へ上へと目指して飛ぶ。

 遥か上空にいる俺に対し、巨大ムカデは〖熱光線〗をぶっ放してきた。

 俺は顔の向きを一気に下へ向け、一気に急降下した。


 かなり距離を取っていたのに、〖熱光線〗は俺のほんの少し上を掠めた。

 射程距離が、馬鹿みたいに長い。


【称号スキル〖回避王〗のLvが1から2へと上がりました。】


 頭の中に、またメッセージが浮かぶ。


 幸い、巨大ムカデは追っては来なかった。

 ただでさえ長くは飛べねぇのに〖熱光線〗回避のために大きく降下したため、俺はすぐ地に降りることになった。

 追われていれば、多分三発目の〖熱光線〗で仕留められていたかもしれねぇ。

 餌を盗んで逃げた不届き者の始末よりも、これ以上餌が盗まれない方を取ったのだろう。


【称号スキル〖救護精神〗のLvが5から6へと上がりました。】

【白魔法系統の取得条件が、大幅に緩和されました。】


 もう一度、俺は後ろを横目で見る。

 それから身体を丸め、〖転がる〗で玉兎がいた方向へと移動した。

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