108.ラクダの肉
三つ首ラクダはくるりと方向転換し、俺に背を向ける。
まだ逃げ切れると思っているらしい。
その背に〖痺れ毒爪〗を突き立て、浅く肉を抉る。
「「「ヴェエェッ!」」」
三つの首が、ほぼ同時に悲鳴を上げる。
がくがくと足を震えさせながら、地に這いつくばる。
【通常スキル〖痺れ毒爪〗のLvが3から4へと上がりました。】
状態異常に〖麻痺〗が付加されたのを確認し、頭の上の玉兎を降ろす。
「ぺふっ」
玉兎が地に身体を擦りながら三つ首ラクダへと近づく。
要領がわかってきたのかすぐ三つ首ラクダの上に乗っかり、相手の身体に噛みつき始める。
ステ差が大きいのでダメージが通らないのではと思ったが、〖喰い千切る〗には確実に1以上のダメージを与える効果でもあるのか、三つ首ラクダの身体をぶっちぶっちと喰い千切っていく。
三つ首ラクダの断末魔が辺りに響く。
なかなかグロテスクだぞ、これ。
兎ってあんまし凶暴なイメージないんだけど、ひょっとして俺の教育とかが悪いのかこれ。
戦闘強制したり肉の味覚えさせたのが悪かったのか?
変な称号スキル覚えたりしてねぇよな。
ラクダの状態が、〖呪い・麻痺〗から〖呪い・麻痺(小)〗へと変化する。
そろそろトドメを刺すかな。
「エヘブシッ!」
玉兎を退かせようとしたとき、三つ首ラクダの頭の一つが、妙な咳をした。
まさか、〖病魔の息〗の〖呪い〗の効果なのか?
「グルグォァァツ!」
俺は吠えて玉兎に退くよう指示を出し、玉兎と三つ首ラクダの間に割り込んで〖灼熱の息〗をぶっ放す。
三つ首ラクダの身体が豪炎に包まれる。
【経験値を32得ました。】
【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を32得ました。】
手加減なしで、思いっ切り吹きかけてやった。燃えカスしか残らないだろう。
「ぺふぅ……」
玉兎が燃え尽きていく三つ首ラクダを見て、目線を落とす。
また肉が食べられると期待していたところ悪いが、それどころではない。
俺は病魔の引き起こす状態異常が〖呪い〗だと知って、少し気が緩んでいたのかもしれない。
〖呪い〗だったら感染はしないんじゃないかと、多分心のどこかでそう考えてしまったのだろう。
ただあの咳き込んだラクダの頭を見て、その考えを改めさせられた。
あの様子を見ると、やっぱり呪いというより病気か何かのように思えてならないのだ。
大丈夫か?
今の咳、玉兎、ちょっと掛かってなかったか?
っていうか、普通にラクダの肉、生で喰い千切っちまってたよな。
あれヤバかったんじゃねぇのか。
玉兎のステータスを確認する。
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種族:小玉兎
状態:通常
Lv :10/12
HP :39/39
MP :0/28
攻撃力:16
防御力:22
魔法力:30
素早さ:24
ランク:E-
特性スキル:
〖隠匿:Lv1〗〖食再生:Lv3〗
耐性スキル:
〖飢餓耐性:Lv4〗〖毒耐性:Lv1〗
〖過食耐性:Lv1〗
通常スキル:
〖穴を掘る:Lv2〗〖灯火:Lv2〗〖死んだ振り:Lv1〗
〖鞭乱舞:Lv3〗〖丸呑み:Lv1〗〖体内収集:Lv1〗
〖魅了:Lv1〗〖喰い千切る:Lv2〗〖レスト:Lv1〗
称号スキル:
〖砂漠のアイドル:Lv2〗〖共喰い:Lv1〗〖寄生Lv上げ:Lv2〗
〖大喰い:Lv3〗
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……とりあえず、大丈夫そうだな。
今度〖病魔の息〗の実験を行うときは、もうちょっと気をつけた方がよさそうだ。
いや、もう二度とないだろうけど。
つーかこの子、ちゃっかり〖レスト〗習得してやがる。
俺が苦労を重ねて覚えかけたのに、あっさり進化に道を断たれた思い出のスキル。
玉兎が〖レスト〗を使い熟せるようになれば、砂漠の探索もかなり楽になるだろう。
安堵する俺とは裏腹に、玉兎は頬を膨らまし、長い耳で地をぺちぺち叩いてご乱心の様子。
よっぽどラクダの肉を食べたかったらしい。
誰の心配してたと思ってんだって……まぁ、俺の不注意のせいなんだけどな。
玉兎はラクダの燃えカスを口に運んだ後、「ぴひゃっ」と小さく鳴きながら炭を吐き出す。
いや、無理だろ。さすがにそれは喰えねぇよ。砂喰った方がまだマシだぞ。
俺が笑いながら玉兎を見ていると、ジト目で睨まれた。
笑ってんの、表情出てたのか? 単にラクダを炭にしたから怒ってんのか?
俺は自分の頬を軽く手のひらで叩いてみる。
表情には出ないと思うんだけどな、鱗あるから皺とかほとんど見えないはずだし。
目の形でなんとなくわかるもんなんだろうか。
俺は爪に気をつけながら、玉兎の頭を撫でる。
玉兎は『そんなのに誤魔化されないんだから!』とでも言いたげにプイッと俺から顔を逸らすも、十秒も経たない内に気持ち良さげに目を細めていた。
耳の先を撫でてやると、「ぺふぅ」と口から息を漏らす。
よく地面に擦れているので痒かったのかもしれない。
また砂だらけになりそうだが、とりあえず汚れを軽く掃っておいてやる。
耳の汚れを落とし終わったところでふと玉兎の顔に目をやると、よっぽど心地良かったのか、目を閉じてぐっすりと眠っていた。
こいつ、飯に関係なくチョロイぞ。
とりあえず機嫌取るのは簡単そうだな。
起こすのもなんだと思い、丁寧に玉兎を頭に乗せる。
豹と戦いラクダと戦いで、玉兎も疲れてるんだろう。
今日、結構移動したし。
歩いたのは俺だけど、乗り物に乗ってるだけでも疲れるもんだしな。
気はつけてたけど、やっぱしどうしてもちっとは揺れちまうし。
またサボテンのあるところまで歩いて、今日のところはまたゆっくり休むことにしますか。
「へ……へぷすぃっ!」
頭に乗せた玉兎が、小さく叫んだ。
起きたのかと思いきや、まったく動いている様子はない。
「グガァッ?」
声を掛けてみるも、まったく反応はない。
なんだ、寝言か?