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「ハヤト、ここに足を乗せて掴まれ!」

「タケルさん!? どうする気っすか!?」

「追いかけるんだよ! カスタムしたこのベビーカーなら、追いつけるはずだ! さあ早く!」

 ハヤトは慌ててベビーカーの縁に足をかけた。



「免許を更新しておいて正解だったな……振り落とされないよう、しっかり掴まってろよ!」

「うす!!」


 他社製品と比べて重量のあるベビーカーが走り出す。

 独自にカスタマイズされたタケルカーは、小回りが利く運転性と、他にないスピードが出るのが特長だ。

 普段タケルは安全運転を重視しているが、このときばかりは違っていた。

 ハヤトは向かい風を受けながら、口を開いた。



「た、タケルさん……!」

「おい、舌ァ噛んでも知らねえぜ!」

「すみません、それどころじゃないっす!」

 珍しく反論したハヤトは、ずっと気になっていたことを口にした。



「ミユを浚ったあいつら、分別組の奴らだと思います」

「ああ、間違いねえ。何でもあいつら、ゴミ出しに命を張る、とんでもねえ野郎だってな……!」

 この辺りでも荒くれ者として有名で、一般人からは恐れられている。



「まさか、ミユの奴、ゴミの分別を間違えたんじゃ…」

 ゴミ出しの規律を破る者に恐ろしい制裁を下すことで知られる分別組。十分にありえる話だった。

「だとしても、分別組の奴ら、やっていいことと悪いことがあるぜ!」

 タケルは怒りのまま速度を上げた。




    ※




「おい女。お前、俺たちは女相手でも容赦はしねえぞ」

「家に帰してよ……」

 倉庫のような場所に連れられ、男たちに囲まれたミユは、震える声で言った。



「なあ、あんた、ビンのラベルを剥がさずに捨てたんだってなあ?」

「……知らない」

「嘘つけぇ! こちとら調べはついてんだよ!!」

 男の睨みと恫喝に、ミユは恐怖で息を呑んだ。



「まだある。ペットボトルの蓋を燃えるゴミに混ぜたな?」

「あ、あんな小さいの、別に、分ける必要なんか……」

「てめえもう一回言ってみろ!!」

 びくりと肩を震わせるミユに、一人の男が顔をぐっと寄せた。



「お前がやったこと、洗いざらい白状しろ」

「し、知らない。このこと誰にも言わないから、もう帰してよ……」

「ちっ、しぶとい奴だな。おい、あれ持ってこい」


 苛立ちを顕にした男は頭を掻き毟り、隣の男に命じた。

 しばらくその場を離れ、戻ってきた男の手には──白い粉の入った小さな袋。

 嫌な予感を覚えたミユは、さあっと青褪めた。



「なに、それ……」

「クスリ漬けになりたいなら、そのまましらばっくれてるんだな」

「く、クスリって、まさか本当にそれ……」

 男は、酷薄な笑みで告げる。



「ああ……お前の想像通り、クレンザーだ」

「ひっ」

 慄くミユを、男は更に容赦なく責め立てた。



「こいつもあるぜ」

 液体の入った容器を目の前に出した。

 その容器に「エタノール」と印字されているのが視界に入り、ミユはふるふる首を振った。



「いっ嫌、たすけて」

「今更後悔したって遅いぜ」

「いやあああああああああ……っ!!」

 ミユの叫び声が木霊した、その刹那。

 引き戸ががらがらと開き、薄暗い中に一筋の光が差した。



「──そこまでだ」

 不思議なほど声がよく響いた。

 突然の乱入者に、男共は一斉に振り返った。



「誰だ……!?」

 そこにいたのは、一人の若者と──赤ん坊。

 奇妙な組み合わせに、男らは怪訝な顔をした。

「ガキがなんでこんなところに……? 外の見張りは何してやがる」

 タケルはふっと鼻で笑った。



「今はすやすやと、おねんねしてるぜ。昼寝の時間には少し遅いけどな」

「ね、寝てる……!? お前、何した!? まさかスモークを……」

「そんな強引な寝かせ方があるか。お前たちと一緒にしないでくれ」

 ならば、どんな手を使ったというのか。この二人が暴力を働いて、大勢の男たちを押し切ったとは考えられない。



「なら俺が教えてやる。ここにいるタケルさんはな、古今東西あらゆる子守歌を熟知し、それを極めた、最高の歌い手なんだ」

 ハヤトが誇らしげに説明すると、男らは驚愕に顔色を染めた。

「な、タケルだと……!」

「タケルって、あのタケルか……!?」

 だんだんと男たちの表情は、驚きから納得するそれに変わっていく。



「あの荒くれどもを、そんな方法で安心快適に落とすなんて……聞きしに勝る男だな」

 リーダーであろう男は、一歩前に出て、タケルたちを真っ向から見据えた。

「だが、ここにいる奴らはよく訓練されていてな、外の男とは違う。子守歌は通用しねえぞ」

 タケルはそれにも勝ち気に答えてみせる。



「そんなこと最初からわかってるさ。だけどな、そこにいるミユは返してもらうぞ」

「若い頃は、あまり大口叩くもんじゃないぞベイビー。……てめえら、やっちまえ!」

 命じられた男たちが、一斉に動き出した。



「行くぞハヤト!」

「っす!!」

 仁王立ちしていたタケルはさっと両手と膝を地面についた。

 その行動に、敵方の男は下卑た笑みで殴りかかった。



「はっ! 今になって土下座でもするか……!?」

「馬鹿言ってんじゃねえ!」

 タケルは不敵に笑うと、次の瞬間──身を消した。



「な、消えた……!?」

 たった今起こった現象に目を疑う男たちは、そうしている間に次々と倒れていく。

「どういうことだ!」

「何なんだよぉ、これっ!」

 慌てふためく男たちの中で、リーダー格の男は、はっと気付いた。



「そうか、奴は消えたんじゃねえ……速さのあまり俺たちの目じゃ動きを捉えられねえんだ……。おいお前ら! 奴は後ろから狙うぞ! 背後に気をつけろ!」

 その瞬間だった。

 男は背後に殺気を感じ、構えの姿勢を取りながら振り返る。やはり目の前にはタケルがいた。



「くっ、やるなお前」

 既のところで攻撃を防がれたタケルは、悔しそうに歯噛みした。

「お前こそ、そのスピード、拙い歩行が特徴でもある幼児のもんじゃねえぜ……!」

「はっ、誰がいつ、二足歩行をしていると言った……!?」

「何──ッ!?」

 猛攻撃を繰り出しながら、タケルは速さの秘密を明かした。



「俺は四足歩行(ハイハイ)を誰よりも極めた男……! 二足歩行で体を甘やかすお前らとはワケが違う!」

 雷に打たれたか如く、男は衝撃を受けた。

 ハイハイを武器にする、だと。なんて野郎だ。

 このままいけば、タケルに全て持っていかれてしまう。そう危惧した男の顔に、はっきりと焦りが現れる。



 しかし、ある男の声により、事態は急展開を見せた。



「タケル! 暴れるのはそこまでだ!」

 集団の中でも特に屈強な男が、ハヤトの背後に回り、人質に取った。

「ハヤト……」

「この連れの男を無事に帰らせたいなら、大人しくするんだな!」


 一同は動きを止める。

 いくらタケルといえど、仲間を見捨てて戦闘を続けることはできない。

 早くも窮地に立たされた二人。



 荒くれ者の男らは、勝利を確信した。



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