【競演】 雪だるまからの手紙
始まりました第2回競演。
今回のテーマは『雪』
寒い冬の日にほんの少し心温まる……そんな作品を意識して、執筆させていただきました。
それでは、お楽しみ下さい!
「お腹の赤ちゃん、もう名前は考えたの?」
母は病室のベッドで読書、私がその傍らで編み物をしていると、母が唐突に私にそんな質問をしてきた。
「えぇ、この子の名前は『さくら』。平仮名でさくらよ。本当は漢字の桜がいいっていったのに、あの人がどうしても平仮名がいいっていうから……」
「あらあらそうなの。さくら……さくらちゃんか」
どこか遠くを見るような目で、母がもうすぐ生まれてくる孫の名前をうつむき、小さく呟く。
そんな母の姿を見て、私は母がどこか遠くに行ってしまうんじゃないか……そんな不安に駆られ、たまらない気持ちになる。
「お母さん、孫を抱っこするのが夢だったんでしょ? その為にも早く病気を治して、元気な身体にならないと!」
そんな言いようのない不安を打ち消すように、私は精一杯明るい声を出し、多少ぎこちない笑顔で母に笑いかける。
「そうね。やっと私もおばあちゃんになれるんだから……まだまだ頑張らないとね」
母は読んでいた小説をパタンと閉じると、静かに顔を窓の外に向ける。
「……あら」
すると外に目を向けた母の顔が、何かを懐かしむような、そして優しげな……そんな表情を見せる。
そんな母の表情を不思議に思い、私も背にしていた窓をそっと振り返る。
「……雪」
温かい病室の中にいたせいでわからなかったが、どうやら外は相当の冷えこみらしく、灰色に曇った空からは、チラチラと白い雪が降り始めていた。
「そういえば、何年も雪なんて触ってないわねぇ……」
元々雪国育ち、雪国住まいだった母。
そのため小さい頃の私は、雪遊びが得意だった母と、よく一緒にかまくらを作ったり、雪だるまを作ったりして遊んだものだ。
深々と窓の外を降る雪が、ふとそんな懐かしい記憶を思い出させ、私は小さく口元を緩める。
あぁ、もしかしたら母も今の私のように昔の……今は亡き父と一緒に、あの雪深い村で暮らしていた時のことを思い出し、あんな表情をしたのだろうか……そんなことを思う。
「今度はさくらに雪だるまの作り方を教えてあげないとね、お母さん」
また、昔のように雪遊びをすれば母が再び元気になるのでは……そんな淡い期待が頭をよぎり、気づけば私は母に、そんなことを言っていた。
「そうね。それと雪うさぎの作り方も。ふふっ、来年の冬が楽しみだわ」
孫と一緒に雪遊びをしている光景を想像し、小さく、それでもとても幸せそうに母が笑う。
そう、来年は生まれてくるさくらと一緒に。
だが
その二ヶ月に生まれてくるさくらに
母が会うことは……なかった。
……母がこの世を去ってから一年が過ぎた。
冬の寒さも一番厳しい時期となったある日、降る降ると言われて、中々降らなかった今年最初の初雪が降った。
一晩経ち、町は真っ白な雪化粧に覆われた。
私は庭に出て、小さい頃母と一緒に遊んだ思い出を懐かしみながら、小さな雪うさぎを一つ作る。
「つめた~」
ここ久しく、雪になど触れることなどなかったせいか、一瞬で手の感覚が鈍くなり、ようやく形の崩れた少し不細工な雪うさぎを完成させる頃には、私の手は真っ赤に悴んでしまっていた。
「ほらほらさくら~、うさぎさんだよ~」
窓の近くまで完成した雪うさぎを持っていく。
すると私の娘……さくらがその雪うさぎをベランダの窓越しに見ながら、キャッキャッと嬉しそうに笑う。
「楽しいさくら? よーし、じゃあ今度はお母さん頑張って、おっきな雪だるま作るからねー!」
昔、母は私によく雪が降ると、大きな雪だるまを作ってくれた。
だから今度は私がさくらのお母さんとして、この子に雪だるまを作ってあげよう。
まぁ、母ほど上手くは作れないけど。
そして太陽が傾きかける頃……所々形の歪な、小学生ほどの雪だるまが、我が家の庭に誕生したのだった……。
その夜。
私は夢を見た。
それは小さい頃の記憶。
それは母と過ごした楽しい思い出の記憶。
夢の中で私は母と一緒に雪だるまを作っている。
「おかあさん~、全然上手く出来ないよ~」
いくらやっても上手く雪うさぎを作れない、小さい頃の私。
「ふふっ、全く歩美は不器用なんだから」
そんな私を見て、母が柔らかな笑顔を浮かべながら、私の元に歩いてくる。
「じゃあ歩美、今度は私と一緒にだるまさん、作ってみようか?」
むくれている私の頭を、春のお日様のように温かく、優しい母の手が撫でる。
「……そしたらだるまさん、上手にできる?」
上目遣いに母を見る。
「もちろん。なんたってお母さんはだるまさん作りの名人なんだから」
母が私の頭を撫でながら、ニッコリと笑う。
その笑顔がとても眩しくて、とても頼りがいがあって。
幼い私はそんな母の姿を見て、目を輝かせる。
「ホント! じゃあお母さんと一緒に頑張って作る!」
「あらあら」
嬉しそうに困った仕草をする母と一緒に、私は雪だるま作りを始める。
サクサクと積もった雪を踏みしめながら、私は母と一緒に雪球を転がす。
私の背中に、ポカポカとした母の体温が伝わってくる。
「歩美」
ふと、母が私の名を呼ぶ。
「うん? なぁにお母さん?」
必死に自分と同じくらいの大きさになった雪球を転がしながら、私は返事をする。
「もし歩美に子どもが出来たら、今度は歩美がその子に、こうやってだるまさんの作り方を教えてあげてね」
そんな母の言葉に私は、息を切らせながら満面の笑顔で二つ返事をする。
「うん、わかった!」
「ふふふ、ほんとにわかってるのかしらこの子は」
白い息を空に吐きながら、母が呆れたような顔で笑う。
「でもそっか……そうなったら私もおばちゃんねぇ。夢だったのよね、孫を抱っこするの。あっ、こうやって一緒に雪遊びもしたいわねぇ」
そんな母の言葉を聞いて、私はムスッと頬を膨らませて抗議する。
「ダメ~! お母さんは歩美と一緒にだるまさん作るの~!」
「あらあら、それは困ったわね」
優しい『母親』の顔をしながら、ブーブーと文句を言う私を母がなだめる。
「それじゃあ、頑張ってだるまさん、作ろうか」
「うん!」
そして雪だるまが完成する。
自分と背と同じくらいの雪だるまを目の前にして、私は無邪気に目を輝かせる。
「だるまさん、おっきぃ~」
物珍しそうに、雪だるまをペタペタと触る。
「歩美」
ふと、母がはしゃぐ私の名前を呼ぶ。
「なぁに?」
私は振り返る。
すると母が私に一通の手紙を差し出す。
「何これ?」
私は手紙を受け取ると、天にかざしまじまじと眺める。
「それを……さくらちゃんに渡してあげて」
「えっ?」
その瞬間、私の意識が唐突に現実に引っ張られていく。
そうか……もうすぐ、私は目を覚ますのだ。
急速に遠ざかっていく、懐かしい景色。
そんな景色と母をぼんやりと眺めながら、私はそんなことを思った……。
「お母さん!!」
ガバッと私は布団から跳ね起きる。
覚醒しきっていない頭で周りを見渡すと、そこは見慣れたいつもの寝室。
隣を見ると、さくらと夫がスゥスゥと安らかな寝息を立てて、眠っている。
「……夢?」
不思議な……そして妙にリアルな夢だった。
今でも、背中にはあの時の母の温かさの余韻が残っていた。
「お母さん……」
部屋に置かれた、仏壇を見る。
そこに飾られている、あの夢と同じく、とても幸せそうな笑顔を浮かべている母の写真を私はぼんやりと見つめる。。
「……喉、渇いたな」
ふと、ひどく喉が渇いている事に気づき、私は静かに布団を抜け出し、台所へ向かう。
台所に足を進めながら、私は色々な思いを巡らす。
何故あんな夢を見たのか、あの手紙はなんだったのか……そんなことを考えながら台所に入る。
「……あれ?」
台所から庭を見ると、どこか違和感がある。
私はその違和感を確かめるために、ベランダの窓にゆっくりと近づく。
「! これって……」
窓に近づき、私はすぐにその違和感の正体に気づく。
昼間、私が作った不恰好な雪だるま。
その雪だるまが無くなっていたのだ。
そして更に驚くべきことに、その雪だるまの置かれていた場所には、今しがた夢で見た、母と一緒に作ったあの雪だるまが置かれていた。
「っ!」
私は外の凍てつくような寒さも気にせず、パジャマのまま庭に飛び出す。
「これは……確かに」
改めて間近で見ても間違いない。
それは紛れもなく夢の中で、幼い私が母と一緒に作った、あの雪だるまだった。
「? これって……」
雪だるまの右手となっている手袋に、何か薄い紙のようなものが括りつけられている事に気づき、私はそれに手を伸ばす。
「! これ……あの時の!」
それは夢の中で、母に渡されたあの手紙だった。
私はすっかり悴み、感覚の無くなった手で、必死に封を開ける。
「これ……お母さんの字」
中に入っていた手紙の字は紛れもなく、母のものだった。
私はゆっくりとその手紙に目を落とす。
『天国のおばちゃんより』
拝啓
さくらちゃん、はじめまして。
本当はさくらちゃんに会って、お話したかったです。
でも残念だけど、おばあちゃん、さくらちゃんに会えそうもありません。
だからおばあちゃん、さくらちゃんにお手紙を書くことにしました。
教えてあげたいことがいっぱいありました。
さくらちゃん、おりがみって知ってますか? おばあちゃんとっても上手なんですよ。
あやとりやそろばんだって、とっても得意なのよ。
真っ赤なランドセルを背負って、校門をくぐるあなたの姿が見たかった。
一緒に手を繋いで、入学式に行ってあげたかった。
夏には一緒に花火やお祭りに行ってみたかった。
運動会で元気に走り回るあなたの姿を見たかった。
そして、雪が降ったら一緒に雪だるまやかまくらを作って遊びたかった。
おばあちゃん、さくらちゃんを抱っこするのが夢だったのよ。
一度でいいから、さくらちゃんを抱っこしてあげたかった。
一度でいいから、おばあちゃんて呼んでほしかった。
さくらちゃんがいつまでも、元気で楽しく過ごせるよう、おばあちゃんはいつでもお空から見守っています。
お父さんとお母さんのこと、どうかいつまでも大事にしてあげて下さい。
後、時々でいいから、おばあちゃんの事も思い出してくれると嬉しいです。
おばあちゃん、それだけで幸せよ。
さくらちゃん
-生まれてきてくれて、本当にありがとう-
「おかあさ~ん、これでいいの~」
「いいよーさくら。じゃあ撮るね」
カシャッ!
軽快なシャッター音が庭に響く。
カメラの向こうでは、真っ赤なランドセルを背負ったさくらが、雪だるまと手を繋ぎながらブンブンと私に手を振っている。
「これからさくらの入学式だってのに、服が汚れたらどうするんだ」
カメラを覗く私の横で、旦那がやれやれといった感じで後ろ頭を掻いている。
「お母さんの夢だったのよ。さくらと一緒に手を繋いで、入学式に行くの……」
「?」
旦那が首を傾げる。
まぁ無理もない。
あの夢と手紙の話は、実はまだ誰にも話していない。
さくらがもう少し大きくなったら、私はあの手紙をさくらに渡そうと思っている。
そしてさくらに教えてあげるのだ。
あなたのおばあちゃんは、とても優しい、お日様みたいな人で、そして何より……あなたの事を愛していた、と。
「しかしもう四月だってのに、まさか雪が降るなんてなぁ。天気予報でも異常気象だって言ってたしな。まっ、今日晴れたからいいけどな」
昨日一日降り続いた雪が嘘のように、燦々(さんさん)と降り注ぐ太陽を、旦那が眩しそうに見上げる。
確かに豪雪地帯でも何でもないこの土地では、四月の雪などありえないことなのだろう。
だが、私からすればこの雪は異常気象でもなんでもなかった。
「まぁまぁ。さっ、写真も撮り終えたし、そろそろ行きましょうか。さくらー」
カメラをバッグにしまい、雪だるまと遊んでいるさくらを呼ぶ。
「そろそろ行くわよー」
「は~い!」
着慣れない服と大きなランドセルによたよたしながら、さくらがこちらに向かって走ってくる。
「さくら、走ると転ぶぞ!」
旦那が慌ててさくらの元に駆け寄り、さくらを抱っこする。
「ふふふっ、それじゃあ行きましょうか」
そんな幸せを絵に描いたような光景を瞼に焼き付けながら、私は踵を返す。
「うん! それじゃあおばあちゃん! いってきまーす!」
「……えっ?」
さくらのその言葉に私は足を止める。
慌てて振り向くと、私たちの背中を見送る雪だるまに、さくらが大きく手を振っていた。
「さくら? おばあちゃんて誰のことだ?」
さくらを抱っこしている旦那が、訝しげにさくらの顔を覗き込む。
「? あばあちゃん? なんのこと?」
だが次の瞬間、さくらは私たちの方を向き、何を言っているのかわからないといった表情を見せる。
「??」
旦那の頭の上に沢山のクエスチュンマークが浮かぶ。
だが私にはわかった。
そっか、やっぱり見に来てくれてたんだね。
「さぁさぁ、それじゃあ今度こそ行くわよ」
「あ、あぁ……」
「は~い!」
そして今度こそ私たちは、入学式に向かう為、歩き出す。
「いってきます、お母さん」
家を出る直前、私は小声でそう呟く。
その時ふと見た、庭の雪だるまの顔は、
とても幸せそうに笑っているような……そんな気がした。
~終わり~
如何だったでしょうか。
母親としての愛情、そして祖母としての愛情。
そんな素敵な想いを、雪だるまにのせてお届けしました。
ちなみに今回の作品、お気づきの方もおられるかもしれませんが、とあるCMをコンセプトにさせていただきました。
雪の降る日も悪いことばかりじゃない……少しでも読んでくださった方に、温かな気持ちを感じていただけていれば幸いです。
それではまた次回、競演を宜しくお願いいたします!