百八十度変わる俺の生活
初投稿作品にして初執筆のありきたりな作品ではありますが、少しずつ精進していきたいと思っております!
……長い目で見守って下さると、幸いです。
初夏の昼下がり。まだ7月になったばかりだと言うのに、外は異様なまでの熱気に包まれ、正に地獄のそれを体現していた。
――まあ。
「いやー、ほんっと天国よね。オジョーサマの別荘ってやつはどうしてこう、快適空間なのやら」
俺達の現在位置は、そんな世間をあざ笑うかのように冷房が整い、肌寒さを覚える程の温室(?)環境なのだけれど。
「まあ、別荘ってくらいだから快適空間が整ってるのは当たり前だろ。……寧ろこれで整っていない方がおかしい」
と。目的地到着早々に微妙に皮肉ったセリフを吐いた少女にツッコむ形で俺は呟く。ともすれば聞き逃すであろう程度のトーンであったのにも係わらず、少女は目ざとく反応を返してきた。
「なによ。トムのくせにやけに突っかかってくるじゃない。いつからこの宵サマに逆らえるようになったのかしら?」
「トムは止めろって……。俺は純粋な日本人だし、そもそもお前に頭が上がらなくなった覚えも無い」
需要があるんだか無いんだか分からない薄い胸を張り、見事なまでの上から目線をやってのけたこの少女は、俺の幼馴染にして腐れ縁。菜月宵。新雪の如く白くきめ細やかな肌に、肩まで届くほど長く、絹の様に艶やかな黒髪。黙っていれば間違い無く美人の域に入るのだろうが……残念なことに、外見と中身のズレは救いようのないレベルにまで到達している。
そんな宵を一言で端的に表すなら、『性格最悪な残念系美女』だろう。間違い無い。
「あんた……今、なんか失礼な事考えてたわね。自害なさい自害」
「……どこにそんな根拠があるんだよ」
「え? 勘だけど……」
「お前の突拍子もない"勘"違いで自害させられてたまるか!」
いや、まあ。その勘は恐ろしいまでに的を射てるのだが。
「まあ、そんなことはどうでも良いのだけれど。……というか、ほんと何なの?
さっきの素っ気ない態度といい。あ、もしかして水無ちゃんの手前、クールキャラを演じたいとか?」
「ばっ……!? そ、そんなんじゃねえよ!」
突然の不意打ちの威力は存外重く、不覚にも動揺を全面に押し出してしまった。声、震えてるぞ俺……。
「大体、俺はクールぶってなんかな」
「み、御香月さんはいつでもクールですよっ!」
ずいっ、と。論争(俺の一方的劣勢)中の俺と宵の間へ急に割って入ってくるや否や、宵に負けず劣らず突拍子の無い事を言い放ったこの少女こそが、オジョーサマこと水無柑奈。宵とは対極の存在と言っても過言では無い程、容姿、性格共に完璧な少女だ。
「え、えーと……とりあえず……ありが、とう?」
「あ……あう……。す、すいません……つい……。い、今のは忘れちゃって下さいっ」
まだどこかあどけなさが残る可愛らしい顔を、朱に染め俯いてしまう水無。……忘れろってのは無理そうだけど、その表情は脳に焼き付かせてもらおう。
「あー。お楽しみの所悪いんだけど、そろそろ私たちの部屋とか教えてくれないかな? 水無ちゃん」
「はわわっ!? ご、ごめんなさい! すぐに案内しますっ!」
言われて、慌てて宵の方へと向き直る水無。……と、俺。
そう。今回俺達がこの金持ちの象徴たる別荘へ来たのも、全て別荘の持ち主たる水無の「みなさんでお泊まり会をしましょう!」という大胆かつ素敵な発言に基づいての事だった。
「そういえば……。あの爽やか阿呆はどうしたのかしら。まだ来てないようだけど」
「ん? ああ。弘輝ね。あいつは用事があって遅くなるから、後で合流するんだと」
実は俺達三人の他に、あともう一人だけ泊まる人間がいるのだが……込み入った事情のため、今ここにはいない。
「……そう。どうせならいっそ、来なければいいのに」
「さっすがは宵選手ー。初っぱなからトばしますねー」
とかなんとか茶々を入れてる間に、俺達の寝泊まりする部屋に案内された。勿論の如く、男女別室である。が、ただデタラメに広い。
「あなたは蝉の散り際でも眺めてなさい」
「いきなり何を!?」
「どうせ、男女別室だった事に対して『あああ……これじゃあ女性陣と酒池肉林の宴が出来ないではないでゲスかぁ』とか思っていたのでしょう。汚わらしい」
「……一度お前とは、俺に対する印象を徹底的に話し合わないといけないらしいな」
「嫌よ」
「二文字で断られた!?」
とりつく島も無いな……。
閑話休題。
そんなこんなで色々あった後、後から合流する弘輝が来るまでの間は、各自部屋でくつろぐなり自由行動、という事になった。
「自由行動……つっても特にやることも無いわけで」
女性陣は部屋でガールズトークでもしているようだ。一応、みんなでトランプでも……と水無に誘われはしたのだが、何と無くそんな気ではなかったので断ってしまった。
「うーん……。こういう時は散歩が定番、かな」
割と郊外の方にある別荘らしく、ここに来るまでにも幾つか、林などの自然味溢れる場所があったのを思い出す。そこに行けば、暇潰しがてら自然のエネルギー的なアレでリフレッシュもできるだろう。
「よし。じゃあこっから一番近いとこの林にでも行ってみるか……」
――そう結論付けて、心なしか足取りも軽く別荘から出た俺だったが、その目論みは見事打ち砕かれる事になった。
「なんだ……? やけに眩し……」
玄関(とかいうスケールを遥かに超越しているサイズだったが)の扉を開け、外へ一歩踏み出した途端、日光とはまた違った種類の眩しさが俺を襲った。例えるのならば……そう。スポットライトのような感じ。
そして、あまりの眩しさに思わず目を細め、掌で影を作って上を見て――。
――そこで、俺の記憶は途切れた。
◇◆◇◆
「――すか」
声が……聞こえる。
「――ですか!?」
それにしてもこの声、どっかで……
「大丈夫ですか!?」
「うわあああ!?」
目を開けた瞬間、そこには視界一杯に水無の顔が――互いの顔同士が触れ合いそうなほど近くに水無の顔があった。
「よ、よかったぁ〜……目を覚まされて……」
「?」
「ああ。えっと、すみません。申し遅れました。私の名前は水無柑奈、と言います! あなたが玄関の扉の前で倒れてた時にはもう……どうなることかと」
「はい? えっ、ちょっ」
まるで初対面の相手に接するように丁寧に、他人行儀に話し掛けてくる水無。どういうことだろう……俺、何か嫌われる事でもしただろうか……。
「どう? 水無ちゃん。彼女の様子は……って、ああ。目が覚めたのね」
「……? 彼、女?」
「? どうしたの? って、それより体の方は大丈夫?」
水無の不可解な態度に首を捻っていると、異様に優しく接してくる、更に不可解な態度の宵が部屋に入ってきた。というか、ここ女性陣の部屋だったのか。どうでも良いけど。
「大丈夫っていうか……」
「ていうか?」
そう。大丈夫かどうかと聞かれればそれは、答えるまでもなくすこぶる快調だ。しかし、問題はそこではなく――
「そもそもなんでお前ら、そんなに他人行儀なんだよ?」
俺がそう言い放つと、二人はどこかいたたまれない様な表情になって互いに顔を見合わせた。
「宵ちゃん……」
「ええ……。少し、混乱してしまっているようね。無理もないわ……」
「って! 待て待て!! なんだよその可哀想なヤツを見る目は!?」
二人のあまりの不審な態度に、思わず声を荒げてしまう。というか、なんなんだ本当に。
「? あなた、私たちを知ってるのかしら? さっきからやけに親しげだけれど……」
「はあ? お前……あんまりふざけてると、流石に俺だって怒るぞ?」
「俺……?」
何故かよく分からない所に首を傾げる宵。いや、俺は男なんだから『俺』を使う事くらい普通だろう。
「失礼だけど……あなたお名前は?」
「はあ? ……はあ。まあ、良いや。分かった、分かりました! 少しくらいはこの茶番に付き合ってあげましょー」
もう、なんか色々と吹っ切れた俺は、命ぜられるままに自分の名前を――名乗った。
「……」
(……あれ?)
何故だろうか。俺が自分の名前を名乗った途端、目の前の残念系美少女サマは目を見開いて固まってしまった。どことなく驚愕の表情にも見てとれるのは…気のせいか?
「えええええええええ!?」
長い静寂(ゆうに五分以上はあったと思われる)を破ったのは水無の絶叫だった。
「うおお!? いっ、いいいきなりなんだよ!?」
「だっ……、だ、だだだ、だって!」
何をそんなに動揺しているのか、素晴らしく歯切れの悪い言動になる水無。いや、俺もかなり動揺したが。色んな意味で。
「は、はああ!? ほ、ほんっとーにトムなわけ!? 有り得ないでしょ!! これのどこを取ればトムになるのよ!!」
「トムトムうっせー!? どこを取るも何も、俺はどこ取っても俺だろうが! ワケわからんこと言ってんじゃねえ!」
そしてお次は宵の絶叫、そして日本語としての構造すら危うい意味不明な発言。なんなんだ一体……。
「ワケわからんのはあんたの体の方よ!! そ、そそ、なんでそんな……!」
宵が、精神状態を疑われる様な音を口から漏らしつつ指差す先は……俺?
「とっ! とにかくっ! あんた…! か、かがみ!! 鏡を見てきなさい!!」
そう言われ部屋を見回すと、部屋の隅には全身が映るような縦長の鏡が置いてあった。俺の今日の格好、そんなにおかしかったか……?
しかし、とりあえず確認はしておこうと、腰掛けていたベッドから立ち上がる。鏡へ向かう途中、何気なく二人の表情を見たが、水無も宵も、口を金魚のようにパクパクとしていて言葉も出てこない様子だった。
「ったく……。なんなんだよ一体」
◆◇◆◇
ところで、みんなは『女体化』って知ってるだろうか。まあ、知識くらいなら大半の人が持っているだろう。
それじゃあ、女体化は現実に起こりうることだと思うだろうか?
答えは勿論、一人残らずノーだろう。かくいう俺だって、前までは『女体化』について知ってはいても、現実に起こりうる……だなんて、微塵も考えていなかった。
――そう。
少なくともあの時、夏休みを利用して友人の別荘へ泊まりに行ったあの時――。
そこで鏡を見た時に映った"頭頂部から生えたアホ毛が可愛らしい、薄く青みがかったロングヘアー美少女"を見るまでは。