第79話 はじめてのイベント開始! 準備編
さて。待ちに待った日曜日である。昨日の夜のことはすっぱり忘れた。酔った二人に寸勁でふっ飛ばされたりしたことなんてもう覚えてないんだからね! か、勘違いしないでよね……うん、このくらい脳内ではっちゃけていないと思いだしそうなんだよ。
ほとんどの準備は土曜日に何とか終えて、夜に滅茶苦茶にされ、疲れ切ったのでぐっすりと眠って……今しがた、酒盛りをした姉たちの後片付けをして……ようやくログインしたのである。
「おはよう、アイリス。おはよう、シロコ」
「おはようございます、マスター!」
「にゃー!」
桜子は……うん、俺のマイルームにはいないようだ。
「桜子さまは、先ほどの夜の時間が終わった後ログアウトされました」
「もしかして、また鉄蜘蛛行ってたのか?」
「はい、私も同行してました」
金曜日のバトルロイヤルの後――それぞれの機体を修理して『量産化』の話とその交渉を終えた俺は、約束通り桜子とキノコの森へ出かけた。
一体倒して、そのカードをシロコに与えて、もう一匹倒した所で桜子に鉄蜘蛛装備を造って……後は桜子一人で狩れる様になった。
それから夜の時間は二人で鉄蜘蛛をバラバラに狩って――森の奥にもっといた――一人の時と比べて倍近いカードを集めることに成功。
それでデュラハンの剣と盾、そして両手槍を造ることに成功した。
「三十枚……六体倒したのか」
「はい。カードの解体と素材の管理はマスターにお願いするとのことです」
ぶっちゃけくれるってことですね。
今日は速くイベントに参加したいため、テーブルに置かれたカードはアイテム倉庫に入れて旅立つことにした。
マイルームから出ると、始まりの遺跡は様変わりしていた。イベントの横断幕とか、世界観ぶち壊しだなー……いや、お祭り感は伝わるけど。
その中でも目立つのが黄金に輝く柱が数本あると言うことだ。
近づくと、どうやらイベントの会場――火のフィールドの村への転送ポータルの様だ。
「それじゃあ行くか……シロコはどうする? 一緒に行くか?」
そう聞くと、フルフルと首を振った。
「桜子さまと一緒に行きたいそうです」
「そっか。じゃあ、向こうで待ってるからな」
「にゃー!」
誘いを断られたのに、無性にうれしいのは何でだろうな? 今の二人ならきっとBランクデュラハンも軽々乗りこなせそうな気がする。
俺は現れたメニューを操作して、光に包まれるまで大理石っぽい床にたたずむシロコに手を振った。
――いつものちょっとした浮遊感の後、
「へえ、ここが火のフィールドの村か」
建物は石造り。ちょっと寂れた感じが雰囲気がある。
広さは……かなり広いとしか。周りを見回すと、中途半端――と言うか、造りかけの城壁があった。
「あの、あなたは生産者の方でしょうか?」
「? あ、はい……」
赤銅色の肌を持つ少女のプレイヤー……じゃなくNPCだろう。上目づかいで、手を組むその姿は相当困っているように見えた。
「ならば、こちらへお願いします」
「えっと、じゃあ、ついて行こうか?」
「はい。それがよろしいかと」
アイリスの同意も得たので、彼女の後について行く。よくよく見てみると、NPCが困り果てた顔で村で色々やっていた。木材を切ったり、石を切ったり……
そう言えば、モンスターがこれから押し寄せてくるんだもんな……村人からして見れば自分達の村を蹂躙されるかされないかの瀬戸際なのだ。
普通のゲームでなら、イベントキタ―! とか思うのだが、ほぼ現実と変わらないこの世界でのこの状況、この雰囲気でそんな軽い気持ちを抱けない。何だか、こっちまで胃が痛くなりそうな切羽詰まった雰囲気にのまれそうだ。
ごくりと唾を飲んで彼女の後を付いて行くと……
「あ、オハロー……」
とやる気のなさそうな口調で天音さんが迎えてくれた。
NPCの彼女の説明を聞き終えて、天音さんに合流する。どうやらここが生産者の戦場の様だ。
――用意された広さは数百人入れそうだが、十名にも満たない人数しかいない。むしろ生産者が十名いたことにびっくりかな。
「うちの残りの生産者は、裁縫と彫金で頑張ってる……パイロット組は城壁を造ったり、ここで使う材料を狩りに行ったりしてる」
「なるほど」
NPCの説明では、こう言うことらしい。
鍛冶で城壁を補強する装甲を。
木工で城壁の上に設置する予定のバリスタを。
彫金でバリスタのギアの部分を。
錬金でハイ・ゴーレムの魔力を回復するポーションを。
裁縫でプレイヤーの傷を塞ぐ包帯を。
料理でプレイヤーの各種ステータスを増強する料理を。
後はそれらの材料を取ってくる採掘や伐採や釣りなどもあるらしいが、これは狩り組のパイロットたちが外でモンスターを倒すだけでもこちらに回ってくるのであまり重要度は高くないようだ。
さて。俺が鍛えたのは鍛冶、木工、彫金、錬金、裁縫……って、ほとんどですね。
「まあ、鍛冶からやって行こうかな……誰もやっていないみたいだし」
一番人気のありそうな鍛冶のスキルを使っているプレイヤーがいないってどういうことなの? ほんと、第九サーバーは変わりものが多いぜ。
俺がハンマーを手に持って鍛冶場に向かおうとした時、背後から天音さんのやる気のなさそうな独特の声をまたかけられた。
「――君はどうしてパイロットじゃないの? あれだけ、ロボットを動かすのが上手なのに。パイロットならもっと強かったんじゃないかな?」
俺はその質問にくるりと振り返って、頭のアイリスを手のひらに乗せて返答する。
「いいえ。俺はアイリスとじゃ無ければきっとここまで来れませんでしたよ。だから、生産者で正解なんです」
「マスター……」
これだけは胸を張って言わないとアイリスに悪い。いずれパイロットと戦うことになってもワンランク差ぐらいなら軽く乗り越えてくるスキルの差に嘆くことがあるかもしれない。
それでも、この小さな相棒との出会いは決して間違いじゃなかった。
「そう……うん、頑張って」
「はい、天音さんもおいしい料理お願いしますね」
なんか涙目になっているアイリスを頭の上に戻して、初めて見たかもしれない天音さんの笑顔を見た後、俺は鍛冶場へ向かった。
量産化やハイ・カードについての話は次話にて。
準備時間は意外に大事で、ここをしっかりやっておくと本番のイベント戦がかなり楽に……ですが第九サーバーに限らず、生産者は数が少ないのです。パイロットでも生産系スキルを一応伸ばせるというのが、ロボットゲーでパイロット以外を選ぶのをためらう最大の理由なのですが。
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それでは次回で。




