第1話 セイチ、仮想世界に立つ!
「ふむふむ……」
ロボオンの説明書に目を通しながら、俺は早めの昼食をとっていた。
月額料金は、このソフトの料金に半年分が振り込まれており、とりあえず半年だけは金が払わずに済むようだ。
そんな料金体系とかは乗っているが、後はゲームを起動してからのお楽しみ……と言うぐらいのペラペラな説明書をテーブルの上に放り出し、自分で料理したパスタを堪能する。
それからサービス開始までの一時間は、VRシステムへのソフトのインストールや防犯システムとの接続などをやって過ごした。これをやっておくと、インターホンが押されて場合仮想世界にちゃんと来客があったことを知らせてくれたりするらしい。
一時――俺は胸の高鳴りで心臓が痛いような錯覚を覚えながら、VRシステムに座りヘルメットを装着する。
視界に文字が浮かび上がり、そこには『ロボゲー・オンラインを起動しますか?』の確認メッセージがあった。視線でYESを強く睨むように意識するとYESの文字が光った。
仮想世界ダイブまで、十、九、八、七、六、五、
「へへへ……ようやくだ」
二週間待たされたて間のことが走馬灯のように脳裏に浮かびあがり、カウントが一を切ったところで、俺は仮想世界にダイブした。
「うわ、白」
思わずそうつぶやくほどに白い空間だった。目が痛いというのは実際の体じゃなくても感じるものらしい。
俺はとりあえず自分の姿を確認する。手のしわとか、全部俺のものみたいだ。データ取りをしたのが二週間前なので、目に見える違いはない。
来ているものはもちろん突入前と違っていて、青いジャージとサンダルになっていた。さすがにダイブ前と同じ服装だったのなら、運営側にストーカーを探さなければいけないことになる。
「草壁 千一様ですね」
「!?」
いきなり空間に響いた声にびっくりする。
「私はロボゲー・オンライン運営サポートAIのラムダです」
「はあ、サポートAIですか」
それがシステム的なものなのか、単にロボゲー・オンラインのストーリー設定によるものなのか、今一判断がつかないため俺の声も自然と生返事になってしまう。
「この空間で行われますのは、『アバター設定』、『適正設定』の二つになっております。この二つは原則として後から変えることはできませんのでお気をつけください」
「原則ですか……じゃあ、変える方法はあるってことですか?」
「はい。運営側スタッフが言うには『運営厳しくなったら課金アイテムで出すかも』とのことです」
「…………」
とりあえず、このAIは俺たちのことをサポートする気はあっても生みの親たちをサポートする気がないようである。
「もちろんそれだけではございません。千一様の年齢ではあまりないことでしょうが、著しく身長や体形が変わったお客様には無料でアバター変更はさせていただきます」
「あー……そう言えばそんな話聞いたなぁ」
病院で夜遅くまで話していた少年との会話を思い返してみる。
VRMMOにおいて、仮想世界での自分の姿は原則として現実に限りなく近くなければいけないようになっている。
それは四年前の事件がきっかけである。その事件を起こしたのがVRMMO『動物サバイバルウォーズ』であった。
これはアバターを好きな動物に変えることができ、自分が気に入った動物になりきって荒廃した日本が舞台の仮想世界で生活する……というものだったらしい。
……が、サービスは一カ月もしないうちに終了してしまった。理由は、プレイ後にうまく歩けなくなってしまう人が続出したからである。
その大多数の被害者にあてはまる条件が、『長時間ログイン』、『四足歩行の動物のアバターを使用』の二つであった。
VRの研究機関が捜査したところ、現実とあまりにも違うアバターで生活することによって現実世界に悪影響を及ぼすことが分かった。要するに適応能力の高い人間は、四足歩行に脳味噌が慣れてしまって、現実での二足歩行がうまくできなくなってしまったのだ。
逆に適応能力の低い人はゲーム内でうまく四足歩行ができない代わりに、現実世界に何の悪影響もなかったんだとか。ゲームが下手でよかったねとは何の慰みにもならない話である。
このことがあってから、とくに日本でのVRMMOの規制は厳しくなり、現実の身長や体格の著しく変わったアバター、性別の違ったアバターなどはNGとなってしまった。
このことがあってから、VRMMOのプレイ人数は大幅に減ってしまったのだとか。子供であっても大人としてプレイできる、あるいはその逆、ネカマプレイ、ネナベプレイ、素性がばれないためにできた残酷なPKプレイなどができづらく、もしくは完全にできなくなったからである。
まあ、身長や体格が正確にトレースできていれば、腰の曲がったおじいさんが強面の戦士などになれるのでお年寄りのプレイ人数は増加したらしいが。
――というわけで、成長期の子供の場合、最初に作ったアバターと身長差ができてしまうのは至極当然のことなので、運営側としてはタダにしても問題が起こる前に変えてほしいと思うのが正直なところなのであろう。
「ふーん……まあ、今のこの体もすげえ出来はいいからこのままでも……あ、でも顔は少し変えたほうがいいのかな」
ネットで怖いもののひとつ、顔バレ。素顔をさらすと言うのはどんな人間がいるかもわからないVRMMOでもさすがにまずいだろう……そう思ったが、
「いえ、素顔のままでも構わないと思います。カメラ系のアイテムを使えばスクリーンショットを撮ることができ、現実世界で現像もできますが、映った人間の許可がなければモザイク、もしくは透明化の処理が施されますから素顔がネットの世界に流出ということは避けれますよ」
との天の声――じゃなくって、サポートAIの声。
「とりあえず、ゲーム内のアバターを表示しますので変えたほうがいいところは教えてください」
「了解です」
そして目の前が少し光ると、そこから現れたのはイケメン力数値にして53万の化け物が……いえ、嘘です。さえない二十歳の青年でしたよ。
うーん、鏡で見るのとは趣が違うというか……うわあ、知らなければ良かった、本当の私デビューみたいな感じである。
黒髪のボサボサヘアー。中肉中背。かっこ悪いとは言わないが、かっこいいともいえない普通の顔。目つきがちょっと悪いのは姉神一号とかぶっていて、ちょっと若く見えるのは姉神二号とかぶっている。
「えーと、じゃあ、髪の色にちょっと青を足してください……はい、こんな感じっすね。後は……こんな小さなレンズの入った丸メガネってあります?」
「何のパラメーター補正がないのでよろしければ」
「あ、じゃあ、お願いします……うん、まあ、知り合いが見てもぱっと見じゃあ、俺だと気づかないくらいにはなったかな」
目の前に立っている俺は普段の俺が変装したくらいになっていた。これで、ゲーム内の武具とかを装備すればOKだろ。
別にゲーム世界で会いたくない人間がいるわけじゃないが、ちょっとした念には念をだ。ゲーム世界で大失敗をしでかすとも限らないわけだし。
「それでは、適正設定に移らせていただきます」
「はい。それで、その適正設定っていうのは?」
「適正設定とはロボゲー・オンラインをプレイするに当たり、『パイロット』か『生産者』かのどちらかを選んでいただくというものです。どちらを選んでもプレイの幅が狭まるということはありませんが、選んだ適性によってスキルの成長率が倍近く違うので慎重にお決めください」
あー……つまり、大まかな職業設定ってことか。
ここは普通ならパイロット一択であろう。いや、ほとんどのプレイヤーがロボゲー・オンラインに求めるものがロボットを操ることならそうではなかろうか?
だが……ロボットを作る。それもまた魅力的な力を感じる。
事前情報が本当に少ないため、どこまでの自由度があるかはわからないし、もし設計図から造れることになったら逆に困るのだが……ふむ。
「生産者でお願いします」
「確認のため、もう一度お聞きします。生産者でよろしいですか?」
「はい」
別段ロボットに乗れなくなるというわけじゃないし、別段最強になりたいわけじゃない。それより、『自分で造ったロボット』に乗る……という自然と胸の中に沸いたこの仮想世界での目標に従うことにする。
「了解しました。草壁 千一様。それでは最後にアバターネームをお決めください。こちらは原則ではなく、絶対に変えられませんのでお気を付けください」
うおお……別段なんでもないことなんだけど、絶対とか言われると気後れするな……まあ、主人公にデフォルトネームがない場合につける、千一のんを抜いたいつも通りの名前でいいだろう。
「セイチ。カタカナでセイチでお願いします」
「……どのサーバー、どのワールドでもまだ使われていないことを確認しました。それではこの後、ロボゲー・オンラインのチュートリアルクエストに進んでもらいますが、お時間、体調のほうはよろしいでしょうか?」
その言葉に、念のために頭の中でリアルメニューと念じる。すると、目の前の空間に俺の今の状態一覧として現れ、それがすべて正常を示していたのでそのまま進むことにする。
「それでは、セイチ様。ロボゲー・オンラインへようこそ。末永くお楽しみいただけるよう、私も微力ながら尽くしてまいりますのでどうか安心して自由な旅をお楽しみください」
コクンとうなずくと、白い部屋はまるでガラスが割れるように砕け散った。
「うっわー……」
驚いていた。緑が美しい草原。ちゃんと温かさを感じる太陽の光。草をなでる優しい風。そして草の匂い……
「マジで、すごい再限度だな……マジでリアルとかわんねぇ……いや、リアル以上かも」
正直自分でもリアル以上とかわけわかんないほめ言葉なんだが、それが言いすぎではないと思えるこの仮想世界の構築度である。
「……お、メガネがある……ってことは見えないけど、髪の毛も少しだけ青くなってんのかな」
小さく、実用性がほとんどないおしゃれアイテムをいじりながら、俺は次に向かうべき場所を探す。すると空の上に矢印が出ていた。あっちの方向に勧めということか。
「ま、ともかく進んでみるか」
――と、その前にお決まりのセリフでも言ってみますか。ちょうど周りに人もいないことだし。
「セイチ、仮想世界に立つ!」
ロボットものの原点の一つと言われるアニメの第一話の題名をもじったセリフを言う。
……うん、恥ずかしい。
やっちまったなぁ! と半裸のもちつき達が脳内で突っ込みを入れていく妄想をしながら俺はそそくさと目的地に向かおうとして――
『――特殊称号の条件を満たしました』
とのアナウンス。おや?
濃すぎる姉たちが出なくなった第1話。セイチは次回も(主人公として)生き延びることができるか?




