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第33話 はじめてのしっぱい。アイリス編

 アイリスが眠っている以上、カードを預けることも出来ない――いや、これ、マジで精霊AIの疲れは、計算に入れておくべきだと思う。不便で仕方がない。

 幸いカードもアイテムBOXに入れられたので、そこら辺にカードが散乱すると言うことは無かったけど。


 同じカード……名前もランクも全てが一緒なのに、スタック出来ないみたいなので、アイテムBOXは直ぐに満タンになってしまった。

 ドヤ顔のコラムダさんに頼むのは非常に気がひけたが……断腸の思いで預けることにした。俺は今、何かに負けたのだ……そんな気がした。


 そして、それから直ぐにアイリスは目を覚ました。眠り始めてから三十分と言った所か。


「すいませんすいませんすいませんすいません!」


 わざわざ幼女化して、泣き顔を地面にこすりつけ――つまりは土下座をし始めたゼロ歳児を慌てて止めたのは言うまでもない。

 言っても止めないので、しょうがなく抱きかかえて止める。


「なあ、アイリス? 別に誰が傷ついたわけでも無いし、俺も精霊AIに疲れがあるなんて知らなかったからさ、別に気にすること無いんだって」


 言いながらしまったなーと思う。生真面目な子なんだから、自分が眠ってしまったことを気にするなんて言うのは、容易に想像できたはずなのに……採掘しながら、コラムダさんとの古今東西一年戦争に出てきた○Sの名前に夢中になってしまっていたのは、不覚だったと言える。


 うまい慰めの言葉を考えておけばよかったな……正直自分の胸で泣いている幼女と言うのは、非常に心が痛む。世のお母様方が実に簡単そうにやっている、泣いている子供のあやし方は実に奥が深い物だったんだなー……と思った。俺は泣いているアイリスを抱きしめ、ポンポン背中を叩いてやるくらいしかできない。


 けど、そっか。これがアイリスにとって『初めての失敗』か。

 生まれながらのあらゆる分野の天才にして幸運に恵まれまくった人間でも無ければ、必ず通過するポイントである。


 今までがうまく出来ていたほど、そして性格が生真面目なほどダメージは大きい。俺なんかは勉強と運動が出来た姉二人を見て育った分、失敗に対しての免疫はかなりあった方なのでどうとも思わなかったなー……割と早い段階で、自分にはどう足掻いても出来ないことがあるのだと、あきらめた事が多かったから。学校でもらった教科書を貰った初日に全て暗記するとか、空中二段ジャンプとか、どう努力すればできるんだっつーの。


 その点、アイリスの姉はアレだし……自分が失敗するなんてことは想像してなかったんだろう。

 

「なぜでしょう……私の評価が下がったような気が……」


 気のせいですね。下げたんじゃなくて、下がったままの現状維持ですから。

 コラムダさんのつぶやきに心の中で返事をしつつ、俺はアイリスの背中を優しく叩き続けた。






「――私の一番の失敗はやっぱ壁ドン事件ですかね。あれはさすがに血の気が引きましたよ。私、血ないんですけど。よほほほほほほほ!」

「麦○らの一味ですか……」


 アイリスに気を使って冗談を言うのは正解ですけど、相手の知らないネタでは意味がありませんよ……

 あれから――アイリスは割と早く泣きやんだが、落ち込んでいるのは変わらず、爽やかな草原の風を叩きつぶすような重い空気が辺りに満ちていた。


 意志の弱い人間なら、泡を吹いて気絶しそうな空気――俺達はそれを晴らすべく、視線でそれぞれの失敗談を話そうぜと会話しあった。


「さあ、次はセイチ様の番ですよ! どんな面白失敗談が聞けるんでしょうねー。楽しみですねー」


 コラムダさんは凄いいやらしい笑みを浮かべながら、俺を見た。

 こ、この女……まさか、俺の黒歴史を話せ……と? しまった! こんな展開になるんだったら、殺っておくべきだった! 


 手元につるはしはある……が、未だアイリスは俺に抱きついたままだ。座った姿勢で、武器はつるはし一つ……距離は投げれば当たる距離……一撃で仕留められるか!?

 いや、無理だ。魔法のことも一瞬頭をよぎったが、サポートNPCメイドの防御能力は破格の性能だ。魔法とつるはし、両方がクリティカルヒットしても奴の口を封じることはできないっ! くそ、生まれて初めてメイドを呪ったぞ!


 覚悟を決めるべきなのか……そう思った時である。今まで黙っていたアイリスが口を開いたのは。


「……私のマスターは失敗なんかしません」


 がるる……と言ったわけではないが、そんな敵愾心むき出しでアイリスは自分の姉を睨んだ。効果は抜群だったらしく、コラムダさんは俺へのにやにや顔をやめて、俺へフォローミ―の視線を送ってきた。それで黒歴史が封じられるんなら安いものと頷いておいてやる。


 しかし……アイリス君。重い、重すぎる! 君のマスターはそんな立派な人間じゃないですからね? どうしようもない大学生ですからね?


 ――とは言えない。世のお父さんの気持ちがわかる。自分の子供の前では、例えしたくなくとも見栄を張らなければいけないのだと! いや、アイリスは俺の子供じゃないけども。


「なあ、アイリス。俺だって失敗をしたことはある」


 アイリスが泣き顔のまま俺を見上げてくるのをまっすぐに見つめ返し、


「ただ、多くは無い。優秀な姉と過ごした分、自分には出来ないことの方が多いってわかってたから……自分の能力以上のことはなるべくしないようにしてたんだ」


 そして、黒歴史は俺の能力の限界突破した結果なんだ……と心の中でだけ付け足しておく。


「でも、俺はそれが良い事だとは思えないんだ。俺の失敗が少ない理由は挑戦をしてこなかったと言う証みたいなもんだからな。今になって見れば、失敗するとわかっていても何でやっておかなかったんだと言うこともあるよ」


 俺の基本姿勢は逃げだ。逃げられない時だけ戦う――と言うのは、結局逃げているのと同じだ。それは褒められたことではないだろう。


「だから、アイリス。失敗を恐れるなとは言わないけど、必要以上に失敗を怖がることは無いんだ」


 こう言う時のセリフは相手によって変えないとダメだなとしみじみ思う。本物のバカにこう言うことを言うと、マジで取り返しのつかない失敗を平然とやりかねないからな……その点、うちのアイリスにその心配は無い(親バカ発症中)。


「……はい、マスター……」


 いつもより弱々しい声だけど、はっきり俺の眼を見て言った言葉には理解の色がうかがえた。よしよし。

 最後に頭を撫でた後、アイリスを身体から放し俺は立ちあがった。


 復活した草原の爽やかな風を全身で浴びながら俺が思ったことは一つ。

 ――黒歴史を話さずに済んだ……その安堵感に全身が支配されていたなんてことは絶対に知られちゃいけないな……と思っていた。





 ハートフル……に見せかけた黒歴史暴露を回避するための戦いでした(笑)。


 ちなみに子供のプレイヤーでは今回のような事態に対処できないと思われるため、その場合はラムダさんが間に入ってくれます。


 お気に入り登録、感想、評価、ありがとうございます。前回のダン〇ーガネタがわかった人がいて何よりでした(笑)。各所にいろんなネタを振りまいているのですが、わからないかたは気にせず読んでいただけたら幸いです。

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