第22話 私の会社がブラックなはずはない
始まりの遺跡は淡く光っていた。
中心部を貫く大きな柱も、乱立する柱も、広大に広がる床も。
これが夜の明かりと言うわけだ。夜空の星と月明かりだけでも十分明るいので、昼間とほとんど変わらない視界を保てる。
「……で。結局、コラムダさんは何でここに居るんです?」
姉妹の温かいひと時を終えたコラムダさんに、俺は気になっていることを聞いてみた。そもそも、彼女はチュートリアルクエストの案内人にされたのは、壁ドンでファイヤウォールをぶっ壊した罰によるものである。
コラムダさんはアイリスを離すと、こちらに向き直り、とても真面目な顔をした。黙っていれば美人なので、普通に綺麗だった。
その真面目な顔のまま口を開く。
「……メイド服についての言及は無しですか?」
どこまでも残念無双なのがコラムダさんだった。俺は首を振った後、言ってやった。
「無しです」
「この白ニーソとミニスカが生み出す至高の絶対領域については?」
「無しです」
俺も笑いの欠片もない真面目な顔のままそう断言すると、その場に崩れ落ちるコラムダさん。血を吐いた様なエフェクトが見えたが気のせいだろう。つーか、絶対領域崩れてるぞ。その純白を早く隠してプリーズ。
アイリスはそんな姉を放って俺の足元まで歩いてきた。うん、その対応は花丸だぞ、アイリス。
コラムダさんは拗ねて床にのの字を書きながら、説明してきた。
「……単なるお休みの時間ですよー。AIにだって人権は認められてるんですから、休みを申請すれば普通に休めますー」
ですよねー。最低限の人権が認められているっていうのはそう言うことですよねー。ちっ! 俺の黒歴史永久保管計画が見事に木端微塵になった瞬間だった。
「で。お休みの時間になったらなんとまだ、セイチ様がログインしているとのことで。まだプレイヤーはセイチ様しかこの第九ワールドにはいないみたいなので、冷やかしに来てみました―」
「そー言えば、人見知りが激しいんでしたっけ」
「どどどどどどうしてそれを!? い、いいえ! このマジカルメイドAIコラムダちゃんが人見知りが激しいなんてことは……」
「アイリスー。見てごらんなさい、あの動揺っぷりを。あれが語るに落ちるってことだよー」
「了解しました。マスター」
「了解しないで!?」
涙を流しながら妹に手を伸ばすコラムダさんにため息一つ付いて、俺は再度聞く。
「で、冷やかしに来たんだから、そろそろ帰るんですか?」
「ぐっすん。いいえ……妹ちゃん――アイリスちゃんが良いなら、私も一緒にフィールドで遊びたいんですけど」
俺の許可はいいんかい……
まあ、俺もアイリスさえよければ別に構わない。今日の昼からの付き合いであるが、もう他人とは思えないレベル――友人と呼べるレベルだし。
俺のこのゲームの目標は自分の手で一からロボットを造ることである。素材集めやモンスター退治に他の人の手を借りずに……と言うことではない。第一世界とか今のところ人が多いワールドに行かなかったのは、ギルド勧誘を断ることなどが面倒くさかったからである。
アイリスは俺のズボンをちょこんと握りつつ、姉の言葉を吟味しているようだった。何を悩んでいるんだろうか? もしかして、姉ちゃんについてきてほしく無いとか? 早すぎる反抗期と言う奴だろうか?
アイリスは、コラムダさんが寂しそうな顔から泣きそうな顔になるまで悩んだ後、コラムダさんに近づき、その手を取って俺から二人で離れて行った。なんだ?
アイリスに耳を近づけて、そのアイリスの言葉に頷き、頷き……そしてニヤァとこっちを見てニヤけた。な、なんだ?
「わかりました。お姉ちゃんに任せなさい!」
アイリスはその言葉に頷くと、こっちに走り寄って俺を見上げてきた。
「マスター。姉さまを連れて行ってもよろしいですか?」
「ああ、いいよ」
俺は笑顔で許可を出した。
内緒話の内容も気になったが、気になるよりもほほえましい気持ちの方が強かったのはなぜだろう……もしや、父性愛にでも目覚めつつあるんじゃないだろうな俺……
さて、夜が明けるまで一時間も無い。火と土の魔法は手に入れた。だから目指すべきは、水の湿地帯、風の草原のどちらかだ。
二人の意見を聞いてみよう。目標はあるが、そこに時間制限などは無い。誰より早く、誰よりも強く……なんて考えだったら第九ワールドを選んではしない。
「草原か湿地帯ですか? 属性的な相性で言えば、草原が良いんじゃないでしょうか?」
「いえ、姉さま。マスターは火のコアを手に入れられていたので、火の魔法も覚えてらっしゃいますから……」
「あ、結局あのコア、ハイ・ゴーレムに使用せずに使ったんですか?」
「うん、まあ……」
俺は二人に頷きながら、四属性の反属性の関係を思い出していた。火と水は相いれず、土と風は相いれない。反属性で攻撃すると威力が上がる……例えば、風属性の相手には土属性の武器で攻撃すれば威力は上がる。
「そう言えば、精霊AIの装備ってどうなってるんだ? やっぱり初期属性が土属性だと防具も土属性なのか?」
だとしたら草原なんかには絶対うちの娘は連れて行かんぞ――って、やはり父性に目覚め始めてしまっている!?
「そんなことはありませんよ? そんなことしたら、最初に選んだ精霊AIで行ける場所が限定されてしまいかねませんから」
コラムダさんの意見に、コクコク頷くアイリス。私に弱点など無いのですと、どこか誇らしげである。
「違いが出るとしたら、初期ステータスくらいですかね。火は攻撃力、水はスタミナや魔力の回復力、土は防御力、風は素早さと正確さ……が他より少し上てなとこです」
「へー……じゃあ、アイリスは防御力が高いのか」
「はい」
それはいいことだ。アイリスにはいのちをたいせつに……をデフォルト命令にしてもらいたいくらいだ。
「それに、反属性はそこまで気にしなくてもいいですよ? そんなに高い補正が付くわけじゃありませんから……この反属性と言うのはどちらかと言うと……いえ、ネタバレはしません!」
コラムダさん……その発言自体がネタバレの様な気がしますが……
「さて、じゃあ結局、草原か湿地帯かは気分で決めていいってこと?」
「ですね! 私はセイチ様とアイリスちゃんがいるならどこでもいいです」
「私はマスターの決定に従います」
……んー。じゃあ、目の前だし。草原に行こうかな。
風魔法と水魔法。どっちを使いたいかと考えて、俺の趣味的には風魔法を使ってみたいと思ったからだ。
「じゃあ、草原に出発しようか」
「了解です、マスター!」
「ふっふっふ! サポートはお任せあれ……まあ、サポートNPCとしてワールド侵入しましたから、そんなに期待しないでくださいね!」
頼もしい返事と、頼もしい? 返事を聞いた俺は――いや俺たちは『始まりの遺跡』外縁部にある、巨人も通れそうな巨大なゲートに向かうのだった。
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