第15話 そばのお礼に
もうやめて! 草壁 千一のライフはもうゼロよ!!
……おかしい。まるで呪われているかのようにイベントが乱立している……しかも、それは現実世界にまで浸食してきた。
まて、落ち着け。まだ慌てるような時間じゃない。○道ならきっとなんとかしてくれる……!
とりあえず落ち着くんだ……こんなの、全裸待機をして自己嫌悪に深く陥ったあの頃に比べれば大した危機じゃ……って、全裸待機してたの今日の朝までじゃねえか!
何がいけなかった? 全裸待機か? 全裸待機なのか? いや、別に全裸で正座していたわけじゃないし、全裸でベットの上で寝転がるなんて、海外映画じゃよくある光景じゃ?
姉神二号襲来は不可避イベントだったはずだ……きっと、いくつの並行世界を旅しようとも奴は我が家に現れたはずだ。しかも、そもそもロボゲー・オンラインをプレゼントしに来てくれただけだしな。
コラムダさん……彼女との出会いはどうだろう? 仮想世界にダイブするのが、一秒でもずれれば彼女に会うこともなく、他のAIかチュートリアルNPCに案内されていたことだろう。プレイヤーは思った以上にいたわけだし。まあ、コラムダさんに案内される以前の黒歴史は完全無欠に俺の自爆なんだが。
そして、香坂 朱音。これは別のワールドを選択していたのなら、発生するイベントじゃなかった。そもそも、ロボに乗った興奮やコラムダさんと別れられた興奮(酷い)でちょっと高めのテンションだったとしても、彼女の素性が気になったくらいで声をかけてしまわなければよかったのだ……
結論――俺が悪い、もしくは俺の運が悪い。
グフゥ……戦いに敗れるとはこういうことか……
そんな結論が出てしまったので、妄想世界への逃避をやめて、俺から離れて嬉しそうに興奮している香坂の顔に視線を戻す。
なぜにこんなに嬉しそうかね、この娘は……普通、リアル割れなんて厄介以外の何物でもないだろうに……いや、俺は良いんだ別に。実家は田舎にあるし、この街にも姉神一号の家と二号の家もある。まあ、両方とも厄介になりたくない家なんだが。
……いやいや。被害妄想が強すぎるぞ、俺。そもそもごく一般人の俺がリアル割れした所で、犯罪チックな流れになることはない。いつから自分を主人公格な人間だと勘違いしていた?
そんなに心配するなら、アバター作成時に顔の形などをいじるべきだったのである。髪を多少青くして、オシャレ眼鏡をかけただけでは、バレてしまうらしい……俺としては普段の自分と大分違うなー……と思ったんだが……
普段から見慣れている顔ならば、ちょっとした変化でもそれはかなりの違和感となる……が、今日初めてあった人間には、誤差程度の変化に過ぎない……なんてことを思いいたらなかったのである……
「ほんと凄い偶然よね! まさか、お隣さんだったなんて!」
テンションの高い彼女に付きあおうにも、ありとあらゆるエネルギーが枯渇してしまっている。常識、ガッツ、勇気、かっこよさ、運、金……それは今日の出来事と関係なく枯渇しているだろ、とか言う突っ込みが別世界から入った気がするが気にしない。
「とりあえず……ファミレス行くんだけど、来るか?」
マンションの三階の端っこ……俺たち以外に人は滅多なことでは来ることはないが、なにもこんなとこで話すこともなかろうと思い、俺は人生で初めて家族以外の女の子を食事に誘うことになったのだった……
「おい、コラ。別に肉を食うなとは言わないが、野菜も肉を食った分だけ食べろよ」
「え~……女子高生の体は牛肉で出来ているのに?」
「……牛肉で出来ている割に胸――はぶしっ!?」
テーブルをはさんでビンタが出しづらいからってまさかの正拳突き……! しかも現実だから、痛覚は全力全開で鼻先をかすめた拳の痛みを訴えていた。姉の動きに慣れていなかったら、とっさに首を後ろにそらしてダメージを最小限に抑えることも出来なかったろう。
「くっ、私の烈風女子高正拳突きが、直撃しないなんて!」
「ふっ、ダブル・ブリザードも使わない必殺技など回避はたやすいわっ!」
ドヤ顔披露しつつ、お冷が入っているコップを鼻先にあてて痛みを取る。
……七時だと言うのに、客がほとんどいないファミレスの中――仮想世界とほとんど同じノリで俺たちは会話していた。
……あれ? そう言えば、
「愚痴を聞かされるって話じゃなかったっけ?」
俺がそう聞くと、香坂はおかしな顔をした。そう、不機嫌そうな顔だった。なぜに?
「あんなの冗談に決まってるでしょ? そんな友達無くしそうなこと」
「ああ、さいですか」
オールナイトで愚痴を聞かされなかったのは良かったけど、覚悟完了させていた俺の心は釈然としない。だからと言って、別に愚痴を聞きたかったわけでもないのが男心の複雑さである。
憮然とする俺と、妙に明るい――つまりはプレッシャーに打ち勝とうとしているであろう香坂は対照的だ。テーブルの向こうとこっちじゃ、きっと体感温度も五度くらい違うんだろうな。
「そもそも、近場に住んでいるなんて夢にも思わなかったし。それがまさか――お隣さんだなんて」
「そう言えば、あいさつに来た時はおじさんだったのに……水をかぶったのか?」
「そのネタだと、おじさんの姿が本当の姿ってことになるんだけど……」
「店員さん、お湯ーやかんでー」
「試そうとしないでよっ!? 普通にお父さんだから! 女の子の一人暮らしは危ないから、表札の名前もお父さんの名前が入ってるし、お隣さんが若い男の一人暮らしだからって挨拶に行ったのもお父さんだったの!」
一人暮らし? ……そう言えば、姉神一号がマンションから出て行ったのはお隣――香坂が引っ越してくる前だったか。じいさんが田舎に引っ込むとのことで、空いた屋敷に一号だけ住むことになったんだ。
あの頃はめちゃくちゃ忙しかったから、あんまり細々としたことは覚えてないんだよなー。朝に大学に行って夜まで授業。帰ったら姉神一号に料理を作って……時折、襲来してくる二号の相手もして。今の暇な時間と比べると超過密スケジュールだったなー……体力と言うか、持久力には自信があったから、倒れるとか風邪をひくとかとは無縁だったけど。
「――それにしても助かった。ありがとね、セイチ」
豚冷しゃぶ定食、ステーキ、ハンバーグ……あきれるほどに、肉、肉、肉を食いまくった香坂は神妙そうな顔をして、そんな礼を言ったのだった。うん、女子にあるまじき肉のどか食いを見た後じゃ無ければ俺も神妙そうな顔が出来たのだろうが、引きつった顔がどうやっても戻らなかった。
テーブルをはさんで、シリアスと呆れが火花を散らしているのが見えないのか、香坂は言葉を紡いでいく。
「ほんと――日曜まで一人じゃ、危なかったと思う。両親には声優になるからって、学校と会社が程良く近い場所で独り暮らしさせてもらってるから、簡単に弱音は吐けないし。学校の友達には内緒にしてるし……」
「内緒?」
学校をサボってるのに?
「いや、だって。私が今まで仕事で学校に行かなかったのって今日を除いても二回だし……私だって、声優の先輩に勧められるまではそんなにアニメ詳しくなかったし……学校の友達に話したら、どんな反応が返ってくるかわからないから……ちょっと怖いっていうかさ……」
こいつが俺が話す百年前のアニメや漫画についてこられるのは、その先輩のおかげらしい。その先輩にはグッジョブと言うべきだろう。
しかし、友達に話せないっていうのはなぁ……アニメと言う文化は、未だに高校生の間じゃ、子供の見るもん程度で止まってしまっているのか?
「新人仲間には……前に話した通りな感じで、そんな愚痴を聞いてもらえる雰囲気じゃないし」
僅かなチャンスをモノに出来なければ闇から闇へ葬り去られる……かどうかは声優を目指したわけでも、詳しく調べたわけでもない俺にはうかがい知ることは出来ないが。それでも、厳しいことは想像に難くない。
どんな仕事にしろ、大変なことはある。短期のバイトを長期の休みにちょっとしかやったことのない俺にはわからないことだが。姉たち二人は、消して俺の前で弱音など吐かないしな。
それをこの細い身体で。高校生と言う若さで。別にその夢を叶えるためにならどんなことでもすると言う覚悟すら無く。ただ会社に悪いと言う理由だけで、逃げ出さずにいる。
覚悟がないことは他の必死の奴らから見れば、少ないチャンスを遊び半分でもぎ取った奴にしか見えないが……その世界とは関係ない奴は、今回の件でこいつのことを優しい奴だと認めてやってもかまわないんじゃないか?
「――ま、いいよ。お隣さんだもんな。あの時、お前のお父さんにもらった引っ越しそばの礼に、俺が食べ終わるまでは愚痴を聞いてやるよ」
俺はそう言って、香坂の見事な食いっぷりのせいで食欲が無くなって食べ残し、すっかり冷めてしまったタラコスパゲッティを口に運んだ。普段よりゆっくり咀嚼して……
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小休憩な現実世界のお話は今回で終わりです。