第14話 五万円が導く出会いはまさかのプライスレス
「うわっ、もうタイムリミット!?」
――いきなりそんな声を上げたのは……はい、香坂 朱音しかいませんね。俺はもう疲れきってますからね。多少のことでは驚かない。何で? そりゃあ、イベントボスがまさかの復活確定したからですよ……
いい加減、自分のマイルームに行こうとしたら、香坂がついてくると言いだした。何でもここは『歌姫専用マイルーム』らしく、この豪華さは一般プレイヤーに渡される部屋では無いらしい。
なので、誰の手も入っていない普通のマイルームを見て見たいらしい。自分がどれだけ優遇されているのかを実感して「私TUEEEEE」でもやりたいのか?
……そう言えば、イベント戦なんかにも参加しそうなことをラムダさんが言っていたので、マイルームだけではなく様々な能力が優遇されていそうだな。
コラムダさんが言っていたように、少しうらやましくもあるが、本当に少しだけだ。じゃあ、お前がみんなの前で歌って踊れよと聞かれれば、無論、ごめんこうむると答えるしかない。
さて。話を戻そう。そんなコラムダさん的に言えば、ラノベの主人公らしい彼女はため息をついてサラサラの黒髪を指先で払った。
「ごめん! 『ログアウト勧告』が着ちゃった」
「……もう、そんな時間?」
俺は頭の中でリアルメニューと念じる。ボイスコマンドと違い、現実に直結するコマンドは思考で出来る。むしろ、ボイスコマンド……声が仮想世界で出せるようになったのは二十年ほど前で、それまでは思考コマンドしかできなかった。
リアルに直結するコマンド――ログアウトなどの重要コマンド――が思考コマンドなのは、バグ等の問題で仮想世界で声が出せなくなった時のためだ。つまり、現実の方に問題がない限り、ログアウト不能になることはないのである。じいちゃんは、『日本の安全技術のせいで、ログアウト不能のデスゲームに巻き込まれないわしの人生はおわりじゃああ!!』などと叫んで、ばあさんにぶっ飛ばされていたのもいい思い出である。
そんなわけで、実家にVRシステムはない。まさか、ユーザーの安全面を考えた設計のせいで、一人の年寄りが買わなくなったとは開発者たちも思わなかったろう。
俺としては開発者に感謝しつつ、頭の中に浮かぶリアルメニューに目を通す。現実世界の時間は……げ、七時前くらい。もう、六時間近くログインしてんのか。
しかし、六時間でログアウト勧告が出るとは。ログアウト勧告とは、文字通りログアウトを勧める告知である。これが出てから、一時間後には強制ログアウトされる。
「うん……まあ、今回はプレッシャーが増えて、そして増えた分が減っただけで、結局私がこの第九ワールドで歌姫やることに変わりはないんだよね……そりゃあ、脳波も直ぐに乱れ始めるってもんだよ! ムキーッ!」
「おいおい……そんなにプレッシャーに弱いと、最終回で相手を倒したは良いけど、道連れにされて精神崩壊するぞ」
「可愛い幼馴染の手厚い看病が待っていると思えば悪くない……かも」
「いや、無いわ」
俺は手を振ってその考えを不定する。
昔は時間制だったらしいが、大人や子供、老人では体力や精神力が違ってくるのは当然である。連続(トイレ休憩にログアウトしても一時間ほどの休憩で無ければ連続とみなされる)十時間で強制ログアウトだった仕様の時は、死人が出るほどだった。
そんな死人がでる事件あってから、日本にVRシステムは不要と言う政治家もいたらしいが、最新技術の開発を放棄なんてバカなことを許せるはずもない。だが、死人が出るのを見過ごすわけも行かず……それで出来たのが今現在のVRシステムである。
病院での徹底した健康状態などのパーソナルデータの獲得と、常時脳波やバイタルサインなどを読みとるシステム。健康的にちょっとまずい感じになったら、ログアウト勧告がでるわけである。
……そう。数十年前のネットゲームでは、廃人と呼ばれる人生の全てをネットゲームにささげたかのように一日中ログインしているプレイヤーもいたが、VRMMOではそれが出来ないのだ……! むしろ、健康的な肉体を持っている人間の方が長時間ログインできるので、最近のゲーマーは健康第一なのである。
余談ではあるが、病室が一緒だった少年も、VRMMOのログイン時間を伸ばすためにスポーツを初めて……足がポッキリいったらしい。普段運動なんてしないのにスポーツなんてするから……散歩から始めればよかったのに。
そんなわけで、疲れていない昼間にログインすれば十時間くらい普通にログインできるらしいが、学校や仕事で疲れた体で、しかも眠気が出る夜にログインすると四時間が良いとこらしい。勧告後の一時間を足して、五時間か。
昼間にログインしておいて六時間で勧告がでるのは、やはり相当のプレッシャーを感じていたようだな香坂の奴。
「しかし、七時か。じゃあ、俺も一回ログアウトするかな。ログアウトしている間は卵は孵らないって話だから、どうせなら食事にトイレ休憩しておいて、長めに精霊AIと話せる時間を取った方がよさそうだし」
「あ、ほんと? そー言えば、セイチってどこら辺に住んでるの? 近場だったら、オールナイトで私の愚痴のオンパレードを聞いてほしいんだけど?」
「なにその罰ゲーム! どこぞのデュエリストな王様の罰ゲーム並みにひどいな!」
「えー! いいじゃん! 私の好感度を上げておくと、きっと、多分、それとなく、多少は、良いことがあ――」
「ログアウト!」
俺は現実逃避ならぬ、仮想世界逃避をさせてもらうことにした。
「……ふう」
ヘルメットを外し一息をつく。軽く視界がぶれて気持ち悪くなる――が、一瞬でそれも過ぎ去り、長い事動かしていなかった身体がぎこちなくも俺の思うどおりに動き始める。
大学の授業じゃ、長くて二時間だから、結構な最長記録を更新したなぁ……などと思いつつ、ログイン中は感じていなかった空腹感が盛大に身体を支配し始める。
「う……さすがにこの状態で自炊はきついなぁ……」
呟きつつ、ポケットの重みに気づく。そう言えば、ロボゲー・オンラインに使う予定だった五万円が財布の中に丸々残っていた。
……外食、行っちゃう?
その脳内の問いかけに反対する勢力はいなかった……
夜になって春とはいえ多少寒くなったので、ジャンバーに袖を通す。履く物もスポサンではなくスニーカーにした。
外に出て、玄関のカギを閉める。すると、珍しいことにお隣さんも外に出るようだった。
珍しいと言うのは、俺ととことん生活リズム――と言うか外出リズムが合わないのか、会うことがなかったからである。お隣さんが引っ越してきた時は、爽やかなおじさんが引っ越しそばを持ってきてくれたので、名前は覚えていないが顔は覚えている。
……あれ? どこからどう見てもおっさんではなく女の子だけど……まあ、一緒に住んでるのか。親子か……それとも歳の離れた恋人? ……いやいや、そんな下種の勘ぐりはよそうぜ、俺! 夜中に壁に聞き耳を立てようとか、一瞬でも考えてしまった俺を許してゴッド!
全身黒タイツに胸に日の丸をつけた男が脳内で許してくれたので、俺は一言あいさつを交わして、近場のファミレスに向かうことにした。
「どうも、こんばんわ」
「こん! ……ば、ん、わ?」
? なんか変な挨拶する娘だな。いや、恰好からして、大きめの帽子に眼鏡と言う怪しい格好なんだが。
しかし、なんだろう? この身長、この体格、そして艶やかな黒髪。どこかで見たような……?
そんなことを考えていたら、真正面から……おわ!? なに!? え、抱きつかれてんの!?
そして……そいつは……帽子と眼鏡を取りながら、こちらの胸に顎をのせて見上げてにやりと笑った。
「オールナイト、決定ね」
「そんな……バカな」
俺の隣人は、まさかの『香坂 朱音』だったとさ……いや、ありえないでしょうよ、ゴッドよ……
いや、俺は忘れていたのだ……イベントボスからは……逃げられない!
顔バレを甘く見てるからそうなるんですよ……皆さんも気をつけましょう(笑)
恋愛モノならベタベタの定番なんですけど、そこはギャグとパロディーにロボが少しのエッセンスとして混ざっている(え?)ロボオンですから。
いや、本当にいつロボットに乗るのか……今の話が香坂 朱音編とするなら、次が精霊AI編、次が修行編、でロボット作成編と言うことになる予定だと頭の中のメモ帳に書いております。
まだまだ先は長いですが、こんな話でも構わないという人は、お付き合いくださるとうれしいです。