第10話 それは世界の選択
そして俺は光に包まれた。握っていたはずのコラムダさんの手の感触はいつの間にか消え、草原に降り立つ前の場所――白い空間に戻っていた。
「チュートリアルクエスト、クリアー。おめでとうございます、セイチ様。ここではあなた様がロボゲー・オンラインで遊ぶワールドを決めていただきます」
天からの声――サポートAIのラムダさんの声が空間に響くと、三つの四角形の立体映像が俺から見て、右前方、前方、左前方に現れた。
右から第一サーバー、第二サーバー、第三サーバーとなっている。そのサーバーで分かれた四角形の中には、三つのワールド名と参加人数が表示されていた。
第一サーバーが一、二、三。第二が、四、五、六。第三が七、八、九。つまり、ロボゲー・オンラインには合計で九つのワールドがあるわけか。しかしワールド名がナンバリングって……ゲームの面白さと直結しないところは手を抜いているのだろうか?
――それにしても、初日から九つのワールドオープンて……一体何を考えているんだロボオンスタッフ。普通、一つのワールドが定員オーバーしそうになったら、第二ワールドを……いやそこまで慎重にしなくてもとりあえず第一サーバーだけでやってみるべきだろうに。
よほどの自信があるんだろうか? 確かに、チュートリアルエリアであの完成度だ。しかし、それはゲームを買って実際に触ってみたものにしかわからない感動だ。小出しにしている情報じゃそれは伝わらない……
まあ、何にせよ、ここまで風呂敷を広げておいて、人が集まらずに一年たたずにサービス終了と言うことにはならないことを祈ろう。
「お薦めのワールドってありますか?」
「サーバー、ワールドによる違いは現在のところはありません。プレイ人数はそちらの画面に映っておりますが、第一ワールドが三百名でトップ、他の所は百名から五十名ほど……第八、第九は今の所0人となっております」
へえー……思ったよりは人がいるんだな。いや、会社からして見ればスタッフの首を飛ばすしか無い人数なんだろうけど。
まだ初日の昼間だ。これからだろう……さて、サーバー、ワールドによる違いがないなら……
「じゃあ、まだ人がいない第九ワールドでお願いします」
第三サーバ、第九ワールドを選んだ。理由は簡単。人の多い所が苦手……と言うわけではなく、第一ワールド付近はのんびりしたい人には不向きな空気があるのだと、病室が一緒だった少年に教わったのだ。
『攻略組』と言う言葉がある。VRMMOにゲームクリアーというものは無いが、それでも冒険できる場所には果てがある。その果てを目指すかのように、あらゆるクエスト攻略、ダンジョン攻略、マップ踏破、ボス撃破をいち早くこなそうとする集団である。
初日から一週間過ぎるくらいまでは、その手の人達からのギルド勧誘がすさまじいのだとか。
もちろん攻略組に入れてもらえば、最新の装備、最新の素材、適した狩場の情報……数々の恩得はあるだろう。
だが、俺の一人でハイ・ゴーレムを造ると言う目的とはどうしても合わなくなってしまう。
俺が考えるに、生産者としての役割分担を決められてしまうと思うのだ。ハイ・ゴーレムを造るにしても、装甲なら装甲を造る人間、人工筋肉を造るなら人工筋肉を造る人間……と役割分担したほうが断然効率的かつ強いゴーレムが造れるだろう。
単純な計算で言えば、ギルドメンバーの生産者が一つの分野でそれぞれが百レベルに達していれば、全てのパーツが百レベルのハイ・ゴーレムが造れる。だが、俺のようにハイ・ゴーレムの生産に必要な全てのスキルレベルを上げようとすれば、彼らと同じプレイ時間だろうとそれぞれの専門家よりスキルレベルが遥かに劣るのは自明の理と言うやつである。
あれもこれも一人でやろうとする俺は、効率が悪すぎるのだ。そんな俺は攻略組が凌ぎを削っている世界では異物であることは間違いない。これが初日ではなく、数週間後だったのなら話は別なのだろうけど……
わざわざ、人の誘いを断り続けるのも趣味ではないし、何より面倒なので、まだ人がいない二つのワールドの中で、一番最後の第九ワールドを選んだと言うわけである。
「セイチ様のワールド選択は第九ワールドでよろしいですか?」
「はい、お願いします」
「……承認いたしました。ワールド、サーバーの再選択は一週間以内ならば可能となっておりますのでマイルームからサポートAIのラムダまでご連絡をお願いします」
「了解です」
「セイチ様」
ラムダさんの声色がちょっとだけ変わった気がした。今までの事務的な感じじゃなく、こう、ちょっとだけ柔らかくなった様な……
「? なんでしょう?」
「コラムダの件ですが、大変助かりました。あの子は、生みの親以外の人間と話すのは今日が初めてで、もの凄く緊張していたのですよ」
「へ?」
う、嘘だぁ……めちゃくちゃ人懐こい性格してたじゃないですか。
「セイチ様が、ロボオタの称号を獲得するために起こした行動のおかげで、自分の趣味が話せる相手だと事前情報を得られたから、大分、自然に話せたようで」
ぼ、墓穴を掘ったぁ……忌まわしい記憶がこんな所で復活させられるとは夢にも思わなかった! いや、数時間しか経ってないんだけどさ。
まあ、あのモノマネを見れば、俺がどの程度のロボオタかはわかるだろうし、自分と同じ趣味の人間でそんなバカな真似をしている人間なら、何も知らない人間と話すよりはだいぶ楽だったのだろう。
「ですので、感謝を。あれでも可愛い私の娘ですから。サポートAIとして、あなたを優遇させるなどの行為はできませんが、この世界の運営とプレイヤーの皆様を全力でサポートさせていただきます」
「はい、よろしくお願いします」
……なんだかなぁ……AIにも、ちゃんとした家族の愛情があるんだなぁ……と本当に感動してしまった。そして未だに俺に抱えられている卵の重みが増した気がした。
「それでは、セイチ様。この世界に降り立った時と同じ言葉で送らせていただきます。『ロボゲー・オンライン』へようこそ」
今度は白い空間が割れるのではなく、どこかへ引っ張られるような感覚と共に世界が歪み――
俺はロボゲー・オンライン、第三サーバー、第九ワールドに来ていた。
最初に見えたのは飛行場のロビーに似たような風景だった。ガラスに覆われている巨大な建物という印象。ガラスはすっぽりと天井まで覆っていた。
外の景色は草原。そのガラスを右に眺めて行くと、外に出るためのゲートが設置されている。
背後を振り返ってみると、巨大な柱が突き立っていて天井のガラスを支えていた。その柱の近くにはいくつかの小さな柱があり、近寄って見るとマイルーム行きのワープポイントと書かれていた。
床は大理石か、それとも現実には存在しない物質で造られていてとても綺麗だった。手で触ってみたが、心地よい冷たさがあった。
「しかし広いなぁ……まあ、VRMMOの最初の拠点じゃあ、プレイヤーがたくさんくるはずだし、これで良いのか?」
柱の向こう側にちょっと行こうとしたら二十分はかかりそうなので、とりあえずそこらへんの探索は後回しにして、マイルームへ行って見ることにする。兎にも角にも、大切な卵を抱えたまま歩くのは精神的にきつい。
俺はマイルームへのワープポイントである柱へ向かう。
そして、ありえないものを見た。
まだ俺しかいないはずの世界で……体育座りで物憂げにため息をついている少女がいたのである。
ボケも突っ込みもいないと主人公が全くギャグに動かない……! 性格上仕方のないことなのですが……
今回で第一章が終了となります。