第89話 十年前。あらあらは母親の口癖だった編
「なるほど……助けていただきありがとうございました」
その場で説明を聞き終えたコアルファと名乗った彼女は、深々と頭を下げて礼を言った。
俺としては彼女の膝の汚れが気になったと言えば気になったのだが、とりあえず破れていないことにホッとしていた。
まあ、説明と言っても俺は裏路地でラリ――意識が混濁していた彼女をこの表通りまで運んだだけである。
――ちなみに、彼女の奇怪な身体の調子の確かめ方に歩みを止めた人達は既にどこかに消えていた。無関心なのか、それとも厄介事に関わりたくないと言うごく当たり前の反応だったのか……おそらく後者だろうね。
彼女はくるりと後ろに振り返り裏路地に――って!
「だ、大丈夫なんですか!?」
俺は慌てて声をかけた。いや、だって、あの意識不明のカタカタ状態になっていたのはあそこで、表通りに出た瞬間に直ったと言うことは彼女の異常の原因はあの場所だと言うことになる。
――だが。
「はい、問題無いです」
その言葉通りズンズンと進み、辺りを見回して――ジャンプ! 三階の位置に設置されていたエアコンの室外機の上から何かを掴んで降りてくる。本来なら驚くべき所なんだろうが……見慣れちゃってるからなー……
彼女が持って来たのは、室外機の色とおなじ……白い箱?
「私を狂わせたのは、私たちを襲った集団の中の一人の手によるものでした……が、別段それは本来なら直ぐに回復出来るものだった……」
彼女の説明によると、頭脳とも呼べるAIのシステムには何の問題も無かったらしいが、AIと肉体――筺体をつなぐシステム部分を狂わされたらしい。
本来ならそこは不具合が起きても常時外部からの通信によって、再インストールによる完全修復が可能だったらしい。
――が、問題だったのはこの白い箱。見るからに安っぽい箱の中身は妨害電波を発する装置だった。
「しかも、私につながっている三パターン全ての通信信号だけを妨害する装置……明らかに敵はこちらの情報を知っていると言うことですね」
強力な妨害電波だけを撒き散らすだけだと、辺り一帯の――例えば携帯電話とかも使えなくなり、大騒ぎになる可能性が高かったらしい。そうなれば、この人気がない路地に原因を探しに来る人間もいたはずで……
「少年のおかげで助かりました。私が機能をこれほど早く回復出来たのは少年のおかげです。どうもありがとうございました」
「はい……どういたしまして……」
まずい……これは非常にまずい状況である。厄介事の匂いがプンプンする。
『襲った集団』『妨害電波』『敵』もう、不吉な単語が満載である。子供同士の会話ならアニメか漫画の内容だが……もう、何度か経験したキナ臭い臭いがプンプンである。
「そして申し訳ないのですが……敵の全貌がまったくわからない以上、私を助けてしまったあなたが狙われる可能性もゼロでは無いので、こちらで保護させてもらいたいのですが」
こ・と・わ・る!
「えっと、お願いします」
とは年上――少なくと見た目は――の女性には言えない俺は、彼女の提案を受け入れてしまったのだった……
彼女に抱きかかえられて運ばれたのは大きなビルだった。知らない女性に子供抱っこで運ばれるのは非常に緊張――などはせず、姉と違う丁寧な運ばれ方に感動すらしてしまった。
入り口前で俺は降ろされ、二人でロビーに入ると、
「コアルファ! 悪いんだけど、直ぐに視覚情報などの誘拐犯の情報を頂戴!」
「申し訳ありませんマスター。おぼっちゃまを守りきれず……」
「いいのよ……少なくとも、護衛は殺されていないで、あなたも足止めされたものの壊されてはいない……あの子も無事なはずよ」
マスターと呼ばれたのは、金髪碧眼の外国人のお姉さんだった。二人の会話の内容に驚くより、流暢な日本語に驚きを覚えてしまった。嫌な場慣れをしてしまった小学生である。
――つまりは、AIの彼女が護衛していたのが金髪の人の子供で、その子がさらわれてしまったと言うことか。
AIのお姉さんはこちらに一礼すると、ビルの奥へ行ってしまった。
「あなたが、あの子を助けてくれた子ね? どうもありがとう」
「いえ……大変な事態みたいですが、気を落とさないでください……」
俺が頭を下げながらそう言うと、
「あらあら! 年の割にずいぶんしっかりした子みたいね! もしかしてあれかしら?遊園地で黒服に変な薬を飲まされた子なのかしら?」
「さすがの俺も、あそこまでの場数を踏んではいないです……」
彼女は明るく笑ってそう言ったが、カラ元気なのはさすがの俺でもわかる。それでも明るく笑って俺の頭を撫でるこの人に、うちの家族とは全く別の強さみたいなのを感じた。
「悪いんだけど、あの子が襲われた場所を今徹底的に調べて、カメラとかが無ければあなたが狙われる可能性はほとんど無くなったとみていいから少しだけ待っていてね。今うちのものに調べさせているから」
「はい、ありがとうございます」
俺の礼に、彼女はまた上品に笑って、AIの人の後を追いかけるように小走りでビルの奥に向かった。
俺は近くにいたスーツ姿の人に案内され、エレベーターに乗って十階の待合室に案内された。
待合室……っていうより子供部屋? ふわふわの椅子とかしか無く、子供が怪我しない様な固いものがほとんど無い何だかファンタジーな空間になっている。テレビもあるので、暇で死にそうなめにはあわずに済みそうだ。
問題なのは、まるで小さなお姫様の様な子が人形を抱いて眠っていたことである。綺麗な金髪を見るに、あの女の人の子供だろう。薄い青色のドレス、白いフリル付きがこれほど似合う子供を見たことは無かった。
……事件解決? なわけ無いか。察するにさらわれたのはこの子の兄弟だろう。
この子が起きないように、俺は部屋の端に座り、静かに買ってあった本を読むことにした。
――しかし。気になるもんは気になるのである。いかに俺の出る幕でも何でもないとは理解しても。
警察への連絡とか、どのような対応をしているのか、人質として子供をさらったのなら、何かしらの犯人からの要求は無かったのか……とか。
マンガを読む場合、主人公に自己投影して楽しむ人と、物語として楽しむ人がいると思うが、俺はつい最近後者になった。少年漫画の主人公に自己投影できなくなるほど、プライドと言う奴をボッキリと折られてしまったからである。
とはいえ、それだけで正義感と言う奴が死滅したわけでも無い。子供をさらう……ありきたりな展開だが、それが目の前で行われているという事実にさっきから胸がムカムカしてくる。
携帯電話を買ってもらわなかったことが悔やまれる。いや、買ったら姉たちからの理不尽な要求がいつでもどこでもかかってくると思ったら、買ってあげると言われた瞬間に土下座で拒否ってしまったのだ。
姉二号は携帯電話を持っていないが、姉一号は持っている。着信設定などに付き合わされたから、その時に電話番号を暗記してしまった。
昔の漫画には良く登場していた十円入れてかけるタイプの電話は、午前中歩いて回った段階では発見できなかったし……
素直に会社の人に借りるか……今回の件で姉たちがどれほど役に立つかは分からないけど、戦闘能力だけで言えばじいちゃんたちを除けば最も信頼できる二人である。
でもなー……誘拐事件って、戦闘能力よりも繊細な交渉能力とかの方が必要だもんなー……
余計なことはしない方が良い……かな? 小学生、中学生、高校生にどんな力があったとしても、責任が取れない以上余計な手出しをするべきじゃないのだ。
……そんな後ろ向きな結論にやっぱり落ち着いてしまった所で、俺は本に意識を集中することにした。
すると――クイクイとズボンを引っ張られた。
「なにをよんでるのー?」
「……おはようございます」
いつの間に起きたのか、お姫様の様な子が目をこすりながら俺の手元を覗いているのに、ようやく俺は気付いたのだった。
あらあらが口癖の母親の子供であるこのお姫様のような子は誰でしょう?(笑)
この時点でこの過去話が誰のためのお話だったのか分かった人もいると思いますが、そこはまだ内緒でお願いします。
すでに十歳の時点で、嫌なことからは逃げる姿勢の主人公……彼はこの後どうするんですかね?
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それでは次回で。