第88話 十年前。事件の始まり
その後、古本を買ったりして、リュックの中身を埋めていった。
『おばあちゃんの黄金知恵袋』とか何に使うんだと言うラインナップだが、俺にはとても興味深い。うん、うちは脳筋派が多いため、こう言う生活の知恵とかは俺が蓄えておかないとな。
後は普通に漫画とか。じいちゃんの書庫は凄いのだが、最近のとかじいちゃんの興味が無いジャンルとかは揃って無いからな―。まあ、親子三代、趣味嗜好がほとんど似通っているのであまり困ったことは無いのだが。
「さーて……さすがに匂いを辿るったって外に出てないとまずいかなー……でもなー、暑いしなー……」
姉たちと違い無尽蔵の体力があるわけじゃない俺は、そろそろ休んでおきたい。考えたくないが、帰りも姉に背負われるか、リュックに積みこまれて運ばれることになるんだろう……Gが、Gが俺をバラバラにしようとするんだ……!
マジで命にかかわるので、どんな重傷を負おうとも泊まるだけで全回復してくれる宿屋を真剣に探したいくらいである。
そんなことを思っていると……壊れている人を見かけた。
――うん。自分でもびっくりだ。壊れている人間なんてそうそう見れるもんじゃないしな。
俺が通っている通路は裏路地。店やビルを冷やしているエアコンの室外機から殺人的な熱風が蔓延する場所である。
人込みを避けるとどうしてもこう言う場所を通ることになる。そこに彼女はいた。
膝は地面に付き、その上体は仰け反ったまま、首はあらぬ方向を向きながら地面に付き、左腕はまるで何かを掴むように上空へ伸びている。
そしてカタカタと振動し続け……うん。機械的に壊れている人間だ。薬物とかの壊れ方じゃないよなー……
もしかして……人間じゃなくて、アンドロイドかな? 女性のはセクサロイドとか言うんだっけ?
着ている物は黒服、黒ネクタイに白い手袋。SPに近い格好かな? 黄金の髪をポニーテールにしている。色彩を失っている瞳は青色。奇妙な体制のまま固まっているから良くわからないけど、百七十センチくらいの身長はあるかな。
ともかく……彼女らの本体であるAIには人権が認められているんだから、人として助けてあげないと。
えーと壊れた機械は殴って壊すって、この『お婆ちゃんの黄金知恵袋』には書いてあるんだが……ダメだろこれは。
とりあえず……そこら辺の電器屋に連れてってあげるか……って、重っ!? え、百キロ以上はある!?
見た目とのギャップが凄いなこりゃ……うーん……一応、普段から強制的に鍛えられているから、引きずってならどうとでもなるけど、服が破けちゃう……壊れっぷりからしてかなりやばそうだから、許してもらえるだろうか?
カタカタ振動する両腕を掴んで引っ張る。彼女の黒服のズボンを引きずってしまっているが、しょうがない。
ガリガリガリガリ……嫌な音を聞きながらも、何とか表通りに……
「――妨害電波の影響減。システムエラー部分を駆除。さらにインストール。インストール、インストール……」
「え? 何?」
いきなり彼女の身体の震動が止まり、口から高速で言葉が紡がれた。驚いた俺は疲れもあって彼女の腕を落としてしまい……ガシッと地面を突いて倒れ込むのを阻止したのを見て再度驚く。
「システム、完全修復を確認。続いて筺体の状態の確認――」
――うん。きもい。人間じゃありえない角度に関節が折れ曲がり、または三百六十度回転する。指先から首までも。
そして周囲のざわめき。おっと、人通りの多い場所に出ていたんだった――
「全て誤差の範囲内――『コアルファ』再起動します」
そして彼女は立ちあがった。凛々しい顔であたりを見回し、それから見上げている俺に視線を向けて。
「すいません、少年。緊急事態に付き少しばかり話を聞かせてもらえますか?」
「え? えっと、まあ良いですけど……」
俺が生まれて初めてAIと出会った瞬間であった。
――そして、とんでもない事件に巻き込まれた瞬間でもあった。
コアルファさん。ロボオンの会社が創った最初のAIであるアルファさんの初めての子供ですね。ラムダさんの十代前のAIの娘……コラムダさんの御先祖様ですね。
ロボオンの会社では、VRMMOのサービス停止で役目を終えたAI(ゲーム部分を支える大型AIは除く)はその後の生き方はある程度自由に選択してもらっています。次のゲームの手伝いも良いですし……コアルファさんは身体をもらい現実世界を生きていくことにしたようですね。
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それでは次回で。