第87話 十年前。満喫編
「うお、すっげぇ……」
同じくらいの身長の姉ちゃんにおぶさって運ばれると言うのは、はたから見たら大変情けない格好なのだろうが、そこら辺はもう考えないようにしている。そんなプライドを十歳まで持ち続けられるほど草壁家は甘くないのだ。
近場の駅まで運ばれた俺の口から思わず突いて出た言葉がそれだった。いやだって、駅がものすごいでかいのも意味わからんし、歩行者用の道路が二階に……歩行者回廊とかべストリアンデッキとか呼ばれるものなんて初めて見たのだ。
それに――ビルもでかっ! 意味分かんないわ―……あんなでかい建物使って一体どんな仕事をするっていうんだろうか? うちの姉たちみたいのが暴れたら、大惨事を招きかねない建物の建築はやめていただきたい所である。
「んじゃ、ここで解散ね。私は――」
「東京の中学校、高校をシメてくるんですね。わかります」
「そうそう。ちょっと番長たちを――って違うわよ」
「国会議事堂とか、警察庁とかはマジ勘弁だからね」
「そこら辺はこれ以上腐ったら草壁家総出で突っ込むとかおじいちゃん言ってたけど」
「逃げなきゃ!」
しかし回り込まれてしまった!
「まあまあ、今すぐってわけじゃないんだから」
「今すぐじゃ無ければいい話じゃないですよね!?」
「戦わなければ生き残れないのよ」
「ここは鏡の世界じゃないよ!?」
サバイブ!!
「んじゃ、私は食べ歩きしてくるから……セイチもテキト―に東京を満喫してくるように」
「いや、さっきおにぎり食べただろ的な突っ込みはもはやしないけど……集合場所は?さすがに俺は徒歩じゃ帰れないよ?」
「どこでもー」
と言って鼻を指でこする姉二号。どんだけ離れていようと匂いでわかるとでも言いたいんだろうか? 犬以上の嗅覚に期待することにしよう。
そして姉は消えていった。わざわざ電柱の上を飛び跳ねて消えなくてもいいと思うんだが……
十歳の弟を放って食べ歩きに行く姉と、そもそも重傷の弟を放って古本屋めぐりに行った姉。異常では無く平和だと思ってしまう俺もダメなんだろうなー……
ポケットに入っていた財布には五千円ほど。だが――こんなこともあろうかと、靴に細工してしまって――っと、あったあった。諭吉さんが二枚。左右両方に一枚ずつ仕組んであったんだよなー。
十歳の子供の金の隠し方としては異常と思われる人もいるだろうけど、だってなー……目覚めたら他県に拉致されている様な事も実際に起こっているわけだし。いざという時のためにこのくらいの金は必要なのだ。
少なくとも一万円あれば大抵の所からは帰れるわけだし。
さて……と。
どうするかなー……安全面を考えれば東京で病院を経営しているじいさんの元へ向かうのが一番だよな。来たことは無いけど、住所と電話番号は生き死にに割と本気で関わるのでちゃんと暗記している。
しかし……少し……見て回るのもいいかもな。面白そうだし。
人ごみに入らないように、移動に気をつけながら、田舎とは全然違う都会の街並みへと俺は歩きだした。
まずは駅の中で、お薦めの店などが書かれた地図などを獲得。その後、百円ショップで直ぐに壊れそうなリュックを買って自由気ままに町を歩いた。
大通りや駅前は人、人、人の山だったが、少しわき道にそれれば意外と人はいなかった。
そこでプラモデルが飾ってある店などを見て回った。すげえ……汚れとかこれ、どうやってんの? 的なプロ達の大作がショーケースに飾られていて滅茶苦茶興奮した。
他にもゲーム屋に行って、プレミア価格のゲームソフトを見て、普通にじいちゃんが持っているソフトだったのでビックリした。
お昼の時間になったので、コンビニによった。朝がおにぎりだったので、サンドイッチを買って海が見える公園で昼食をすることに。
「――そう言えば、海も久々だなー」
心地の良い潮風に目を細めていると、嫌な記憶を思い出してきた。
去年の夏に強制的に始まった夏の強化合宿……無人島でのサバイバル……眠れる遺跡を起こしたバカ姉二人……襲いかかるゾンビ、悪霊。それらを物理さえあれば殺れると拳と蹴りで殲滅……
ふう、嫌なことを思い出した。あれは夢見る子供の妄想の産物で片付けようと誓ったじゃないか。ゾンビとか、悪霊とかいるわけ無い無い。
手を振って笑って、自分自身をごまかそうとしていたら、ゴッ――という音とともに頭に衝撃。
「うわわわ……」
と言うおびえた声の方向を向くと、綺麗な黒髪をした小さな女の子がいた。五歳くらいだろうか? そして、トトンと音を立てて、落ちて転がるサッカーボール。
なるほど、さっき頭に直撃したのはこれか。いやあ、新鮮な驚きだ。不意打ち=呼吸も出来ない激痛と言う嫌な計算式が脳内で確立されてしまっていたため、軽いだけの衝撃が本当に不思議だった。
まあ、それはともかく。足元に転がったサッカーボールを拾って女の子に渡してあげる。
「ほら、君のだろ?」
「あう、えっと、ごめんなさい」
そのこちらをおびえた目で見てくる女の子は、とても綺麗な声をしていた。
「いや良いよ。こう見えても頑丈だから」
これで微笑めたら完璧なんだが、生憎、無理に笑おうとすると皮肉気な笑みになるらしいのでやめておいた。
ボールをその小さな手に押し付け、綺麗な方の手で頭を撫でると、俺は昼食を中断して公園から出ていくことにする。ボールをぶつけた相手が気にしていないと言った所で気にならないわけが無いのだから。
その綺麗な和風人形の様な子に背を向けて俺はサンドイッチをほおばりながら公園の入り口に向かう……と。
「そっかぁー……男の子って丈夫なんだぁ」
なんかゾクッとしたけど、気のせいだろうか? なんか将来このことで殴られる回数が増した様な具体的な不安が襲って来たんだが……
背後を振り返ると、もう少女の姿は無かった。
全・然、関係ない話ですが、香坂さんは幼いころに男の子は全力で蹴ったサッカーボールを喰らっても痛がりもしない頑丈な生物だという幻想を抱いたまま現在の年齢まで成長してしまっています。何気に桜子よりも箱入り娘だったりするのです。
小学生のころはおとなしい性格で、中学校のころに始めたVRMMOで良くも悪くもいろんな人間と接することで今の人懐っこい人格になりました。ええ、本編とは全く関係のないことですいません。
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それでは次回で。