プロローグ
「百二十万……だとぉ!?」
俺こと草壁 千一は叫んでいた。
俺は嫌なことは早々に済ませるタイプだ。簡単に言えば夏休みの宿題は出されたその場でやリ初めてしまうタイプだ。
勘違いしないでほしいのだが、高校受験も大学受験も、上を目指すなんてことはせず推薦で入れるところに入った。このことからわかるように、上昇志向があるわけじゃなく、単純にめんどくさいことが嫌いなだけなのだ。逃げられないのなら戦うというだけで。
そんなわけで、大学の授業も一年生にして受けれるだけ受けた。月曜から金曜日までびっしりと。
その結果――後は必修科目とゼミに出ればいいというだけの暇人状態に突入したわけだ。一週間に一度か二度ほど大学に通えばよく、それも二時間程度だ。
ちなみに、俺のまねをしようとしている人間がいたら、止めたほうがいいと忠告したい。さまざまな科目の授業を受ければ学期終わりに待っているのはその数だけの試験である。
一日に六教科の試験が連続で続くと想像してほしい。まさに地獄である。さすがのおれも反省して、後期の授業は減らした。
そんなわけで、友達を作るためにクラブに入る余裕も授業中に無駄口をたたく余裕すらなかった俺には、大学での友人はいなかった。
まあ、それは言い訳臭くもあるか。地元の友人いわく、『コミュ力たったの5か……ゴミめ』らしいから。ちなみに、その友人の戦闘力を限りなくゼロに近くしてやったのもいい思い出である。
田舎の地元を遠く離れた都会のマンションの一室。友人も近くにいない俺は、絶賛暇を持て余し中というわけである。
このままではいかんと、コンビニでゲーム雑誌を買った俺は久々にゲームでもやろうかとベットに寝転がりながらページをめくっていく。
そんな中、見つけたのがVRMMO『ロボゲー・オンライン』の特集である。
BGM代わりにつけていたテレビが、『ロボゲー・オンライン』のCMを流し始めたのでテレビに集中する。
なるほど。つまり、剣と魔法とロボットの仮想世界でそれぞれ好き勝手にやって過ごせるということか。
テレビのCMで垣間見たその仮想世界は、大学で体験させてもらった仮想世界とは比べ物にならないくらいきれいだった。
俺は手元の雑誌に集中する。多種多様なスキル。驚きの自由度。別にロボットに乗らなくても十分楽しめる世界。エトセトラ、エトセトラ。
VRMMOをやったことがないので、比較できないのだが、かなりの意欲作であり、期待作でもあるらしい。
暇になってから体を襲っていた倦怠感が見事に吹っ飛び、高校を卒業するまで好きだったロボット好きの魂がうずき始める。
よし――これをやろう。発売日まで、まだ二週間もある。とりあえず俺はVRシステムを持っていないので、それを買うことから始めなくては。
とりあえず、大学のVRシステムがいい感じだったので、それをパソコンを起動してネットで探すと……何と百二十万もしたわけである。そりゃあ、叫びたくもなりますよ。
久々に胸を熱くするようなものに出会えたのに、始める前からの挫折とは。
いや、まだだ! まだ終わらんよ!
俺は携帯を取り出すと、姉一号と記されている番号に電話をかける。
プルルルル……ガチャ。
「はい」
「百二十万円をよこせ。さもなくば自爆スイッチを押せ!」
「死ね」
ガチャ! ツーツーツー……
かわいい弟のおねだりをまさかの一刀両断である。さすが、我が姉。時代が時代なら斬艦刀の使い手として名をはせていたことであろう。
では、テイクツー行ってみよう!
プルルルル……ガチャ。
「はい」
「姉さま、姉さま! 僕に百二十万円くださいな?」
「死ねばいいと思うよ」
ガチャ……ツーツーツー……。
おのれ! どっかのシ〇ジ君の名台詞っぽく言いおってからに!
いいじゃんか! 祖父さんの後を継いで小さいとはいえ、病院の院長やってるんだからさ! ……まあ、素直に渡されたらドン引きするんだが。
「神は死んだ!」
と叫びながら、俺がやるせない熱いパトスを部屋の中心でイナバウアーもどきのポーズで解消していると、電話が今度はかかってきた。
「で、なんで百二十万欲しいの?」
「うわーん! 姉えもーん! 現実という名のジャイアンが僕のことをいじめるんだよー!」
かくかくしかじか……と説明をすると、長い溜息の後、
「そりゃあ、大学のような不特定多数の人間が使えるようなVRシステムは高いわよ」
おやおや……?
「VRシステムで一番金を使う部分は、仮想世界にもぐっている時に無防備になっている使用者の血圧やバイタルサインなどを読み取る部分だから」
ふむふむ……
「最初から使用者のデータが入っているわけじゃないVRシステムはまず最初に使用者の健康状態を一から読み込む必要があるから、バカ高いのよ。簡易の人間ドックをうけるようなものだから」
つまり、大学などの生徒さんが多数使う場合は、元が取れるバカ高いVRシステムでも元は取れるが、個人でそんなものを所有する人間はいないという。
「じゃ、じゃあ、そういうタイプはどのくらいのお値段に?」
「高い奴が三十万。安い奴が十万ってとこ」
「そのお値段の違いは何?」
「登録できる使用者のパーソナルデータの数の違い、ゲーム専用か専用じゃないか、ベット付きか椅子付きかヘルメットだけか……まあ、一番安いので十分でしょ」
むう……確かに。俺一人しか使わないし、とりあえずロボゲー・オンラインをやるという目的ならゲームだけできればいいわけだし、ベットなら既にあるわけだし。
それでも十万か……貯金と、今月の生活費を削ればどうにかなるか……絶食という名のやりくりを……
俺が腹の虫との盛大な戦争を決意していると、
「安い奴なら二十歳のお祝いに買ってあげようか?」
「あなたが、神か」
俺が携帯の姉一号を姉神様と変えたのは言うまでもないことだろう。
VRシステムに入力する俺のパーソナルデータも姉の病院で造ってくれるそうなので、俺はわくわくしながらまた雑誌に目線を落とした。
二週間後が待ち遠しい。待ち遠しいなんて子供っぽい感情が生まれたことにちょっと驚いたが、悪い気はしなかった。
その夜、ロボットに乗っている妄想をしながら眠りについた。
笑っていただけのなら幸いです。