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異界の悪魔が恋をして

イヴには仕事もやってくる

作者: 縁ゆうこ

 去年のイヴは行きがかり上、甚大じんだいと三人でディナーだったけど。

 今年は二人でゆっくり過ごしたいね~と一直いちなおさんと話していた矢先、12月に入ったあたりからどんどん仕事が回ってきて、年末は怒濤の忙しさになりそうだった。



12月23日

 あーもう!

 なんなのよこの仕事量の多さは!

 だいたい年末に何の企画があるってのよもう。あ、年末だから?

 でもさ、クリスマスの企画なんて何ヶ月も前に決まってるのが普通よ。それが、なんだか今年は急に変更を言ってくるのとかが多くて、手が回りやしない。しかも私ご指名で! 

 本当は甚大の方が優秀なんだから、あいつに頼んでよ。


 そんなこんなで、さっきも明日の昼までに何とかしてくれって言う依頼が入って。いつも私の事を可愛がってくれてる社長さんの頼みなんで、断れずに他の仕事と並行しながら、髪振り乱してと言う表現がぴったりな状態でおしごと中だ。


「奥様は大変ね~。なんか手伝ってあげようか~?」

 甚大はそんなふうに聞いてくれるけど、今の私は返事する暇も惜しいほど。

「……」

 血走った目でパソコンを睨み、返事すらしない私を、甚大はやれやれと肩をすくめて眺めているのだった。


 当然、今日も残業。帰ってもソファにバタンキューで、服着たままメイクも落とさずに寝てしまった。朝起きて私の状態をため息ついて見ておられる一直さん。

 やっちまったよ!こんな奥さんで、ごめんね。



12月24日

 出勤しても、とにかく今日の昼までの仕事のことで頭がいっぱいで、私はまわりを見る余裕もなかった。なんだかまわりがザワザワしてるのよねー。なんで?


 あ、そうか。今日はクリスマスイヴだった。

 去年もそうだったけど、「イイ男ファンクラブ」のイケメンたちを狙って、毎年イヴ当日まで激しい争奪戦が繰り広げられるんだ。何でかわからないけど、社長が言っていたとおり、うちの会社ってイケメンが多いのよね。イヴの日は、何かと用事をこさえて社外の子がわんさとやってくる。まあ、一直さんは妻帯者だから射程外よね。と、簡単に考えていたのだけれど。

 事はそう簡単にいくものではなかったようだ。恋に対する女の執念、おそるべし!


「あの、一直さん、この件なんですが」

「一直さん、ちょっとお願いがあって…」


 その前にも後にも「一直さん」「一直さん」とまあ、一直さんって名前のバーゲンセールでもやってるのかしら?って思うほど、「一直さん」が今日は飛び交っている。

 他のイケメンたちの名前も、当然ながら選挙前の候補者並みに連呼されている。


 そんな様子を面白そうに眺めていた甚大が、おもむろに聞いてくる。

「あの子たち、一直が結婚したって知らないのかしらね~恭はどう思う?」

「知ってるに決まってるでしょ!」

「そうよねえ、ちょっと聞いてみよーっと」

 言いながら甚大は、さながら蝶のようにイケメンたちのあいだを飛び回っている社外の女の子の所へ行く。彼女たちはわたしの方を苦笑して見ながら、甚大に色々説明している。


 そして帰って来た甚大が言うことには。

「今の子ってホント大胆ねー。アンタのその鬼のような形相をみて、あんなに仕事が大変そうなんだから~、今日は彼、寂しいイヴになりそうだからお誘いしてるんだってー」

 へ?あ、そうなの…

 でも、当たらずといえども遠からず。この分だと、二人でゆっくりとイヴを過ごすなんて夢のような話かもしれない。

 でも、でも…

 だからって一直さんがだれかと食事に行っちゃうのなんてイヤだ。奥さんなんだから、それくらいわがまま言ってもいいよね?だめ?


 だけど、ここ一週間ほど仕事以外の会話をした覚えがない。しかもちらっとパソコンに映り込む自分の顔は、化粧もままならず、寝不足で疲れ切ったさえない顔の女。こんなんじゃ、一直さんもあきれて彼女たちの誰かとどこかへ行っちゃうかもしれないと思いながらも…

 仕事は仕事よ!

 私を信頼して任せてくれた人をガッカリさせるような、手を抜いた仕事は絶対出来ない。

 よし!そうと決めたら私はハラをくくって、仕事に集中しだした。


 そして、ようやくお昼ギリギリにに何とか間に合って。依頼主の社長さんから「ありがとう、こっちの希望通り、いや、それ以上だよ。やっぱりこの仕事、蔵木ちゃんに頼んで良かった!」と、連絡を受けて、ちょっとうれしかったんだけど。

「あー、おわったー!」

 と、机につっぷしてふとまわりを見ると、いつの間にかデスクには他の仕事が山積み。

 チラチラ見てみると、そんなに難しいものはなくて。それでも私に残業させようという魂胆がミエミエのようなお仕事ばかり。これは社外の蝶たちのしわざ?確信犯だわね。でも、残しておくのも気分が悪いので、今日は残業しようときめた。


 仕方ない。

 もうお昼休みに入っていたけど、さっきまでの私は「話しかけてくれるなオーラ」出しまくっていたから、みんなそっと外へ出かけたようだ。

 とりあえずメールで一直さんに「今日は残業確実なんで、夜もゆっくり出来そうにありません。ごめんね」と、謝っておく。すると、「お疲れさま。例の仕事は無事終わったようだね。残業のあるときはお互いさまだよ」などと優しい返事が返ってきた。だから午後からも安心して仕事に集中していたのに。


「お疲れさま~」

「おつかれ~」

 去年と同じく、みんな家族や恋人と今夜を過ごすべく目の色を変えて仕事していただけあって、定時を過ぎるとどんどん人が減っていった。

「恭、お先~。今年は彼氏、もう帰れるって連絡してきたの」

「ホント?良かったじゃない、良いイヴをすごしてね」

「アリガト」

 ちょっと嬉しそうに言う甚大を見送ってふとまわりを見ると。


 一直さんはいつの間にかいなくなっていた。デスクは綺麗に片付けられて、その姿は13階のどこにもなかった。帰っちゃったんだ、私に一言も言葉をかけずに。

 ということは、言えないような事があるから?さっき来ていた中の誰かに誘われて、そしてイヴをその子と楽しくすごすの?


 私の机の上だけに灯りがともるオフィス。

 やっと仕事のめどがついた私は、ふうっとため息をついて窓の方へ行く。まわりのビルにはまだ灯りがついた窓もたくさんある。高速道路を走る車のテールライト。ビルの間の通りにはいくつかのツリーが美しく輝いている。

 いつもなら、うわー綺麗~、などとはしゃいで見下ろす夜景も全然ステキじゃなくて。なんだか寂しくて思わず顔を伏せると、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。


 どれほどそうしていたんだろう。急に誰かに目かくしをされた。

「だーれだ」

 声を聞かなくてもその雰囲気でわかった。今、いちばん会いたかった人。でも、いちばん顔を見られたくなかった人。その人は目かくしをした手が濡れるのを感じて、

「え?泣いてるの?恭?」

 そう言いながらくるっと自分の方に私を向ける。


「だって、一直さんが、一直さんは…」

「うん」

「だれか他の人とイヴを過ごすんじゃないかって…」

 そこまで言うのが限界。ぼろぼろ涙をこぼしながら、情けなく一直さんにしがみつく。そんな私の背中をポンポンしながら、あきれたように一直さんは言った。

「勝手に人の予定を決めないでよ。また恭の悪い癖、疑心暗鬼。自分で悪い方に考えて、自分だけで完結しないの」

「だっでー」

 私は涙と鼻水で上手くしゃべれない。

「はいはい、これでチーンして」

 一直さんはそこにあったティッシュを私の鼻に当ててくれる。思い切りズビーっとした私を見てぶっと吹き出す一直さん。

「あとは自分でやるように」

「はい~」


「それにしても」

「…」

「残業している奥さんをほっぽって、遊び歩く夫だと思われてたんだ、俺は」

「…」

 返す言葉もございません。

 だまってうつむくしかない私を引き寄せながら、一直さんは言う。

「イヴだからって、なんで仕事をしちゃいけないのかな?世の中にはイヴに仕事している人がどれだけいると思ってるの?」

「ごめん、なさい」

「とはいえ、声をかけなかった俺にも非があるのかな?」

 うんうん!首を縦に振る私のおでこをチョイとつついて。

「恭が今月に入ってすごく忙しくなったのはわかってたよ。仕事では手を抜かないことも知ってるし。だから、髪振り乱そうが、寝不足でお肌の調子が悪かろうが、俺は平気。自分の勤めもはたさないで、これ見よがしに人に仕事を持ってきて、チャラチャラと見た目だけ飾り立てるような子は眼中にないよ。だから恭はもっと自分に自信を持って」

「はい」

 わかってくれてたんだ、一直さん。


 素直にうなずく私に満足したのか、一直さんはニッコリ笑って「よろしい、ではご褒美」と言いながら、小さな箱を差し出した。中にはマカロンが二つ。わあ!

「このマカロン、好きだよね。これを買いに行ってたんだ。すごく混んでて遅くなっちゃったし、ケーキじゃないけど、そこはゆるして?」

「うん、うれしい!」

 2種類あるマカロンのひとつを半分に割って、私の口に入れてくれる一直さん。もう一つはお返しにと、私が割って一直さんの口に入れる。触れた指先をそっと噛む一直さん。ドキッとしながら甘いマカロンを心ゆくまで味わって。


 そして…引き寄せられるように近づくふたり。

 マカロンよりも甘い唇が、私の口をふさぐ。

 一直さんのくちづけは、いつだって媚薬のよう……



12月25日

 出勤してすぐ、12階に私の休暇届けを出しに行く一直さんに、甚大が怪訝そうに聞く。

「あら?恭はおやすみ?」

「ああ、たまってた疲れがいっきにでたみたいで、ね」

「ふうん」


 ええっと、あのあと。一直さんにお持ち帰りされて。夫婦なんだからお持ち帰りって言うのは変だけど。

 久しぶりに濃密な夫婦の対話(体話?)をしたものだから…気持ちが緩んじゃって。

 疲れがたまっていた事も重なって、朝、どうにも起き上がれなかったのだ。


 ま、これはこれでハッピークリスマスって事で。




甚大は、なぜ恭がお休みしたかピンときたでしょうね(笑)

どんな状態の恭も大好きな一直と、あいかわらず一直に甘やかされる恭。

ラヴラヴのふたりにほっこりして頂ければ幸いです。

ここまでお読み頂いて、ありがとうございました!

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