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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

【BL】恋人なのはこの場だけ

作者: 斯波良久
掲載日:2026/04/16

「虎太郎ちゃん、わたし、今年の誕生日プレゼントはこれが欲しいなぁ」

 六限が始まるまでのわずかの時間。

 従姉妹の姫ちゃんこと鬼瓦姫香は、後ろの席の僕に自身のスマホを見せつける。


 SNSのとある投稿には、大きなリボンの付いたキーホルダーが写っている。

 チェーンの下にはシンプルな石が付いている以外はこれといった特徴もない。少し器用な子が友達同士で作ったと言われても納得できるほど。


 オシャレには人一倍うるさい女子高校生の姫ちゃんが欲しがるとは思えない。なにより、姫ちゃんの誕生日プレゼントリクエストはすでに聞いていた。


「でも今年はクリスマスコフレにするって言ってなかった?」

「それはお兄ちゃんに買ってもらうことにして、虎太郎ちゃんにはこっちを頼むことにしたの。もちろん、断らないわよね?」


 念押しするようにじっと見つめる姫ちゃん。

 高いと噂のクリスマスコフレの中でもいっそう高い、なんたらセットを頼まれる想定はしていても、安そうなものに変更になるとは思いもしなかったのだ。


 姫ちゃんの推しているアイドルのグッズであれば、リボン一つで期間限定化粧品くらいの値段はするのかもしれない。


 だが姫ちゃんは推しグッズを他人に買ってもらうようなことはしない。

 高校生になってバイトを始めてからは、お小遣いを回すことさえなくなった。『自分で稼いだお金を推しに貢ぐ』を徹底しているのである。


 高校生活も一年半と少し経った今になって、その信条を崩すとも思えない。

 だからこそ余計に、彼女が写真に写るアイテムを欲しがる理由が分からなかった。


「姫ちゃんの誕生日だから姫ちゃんがいいって言うなら無理にとは言わないけど、本当にこれでいいの? 夏休みにバイトのシフト増やしたから遠慮しなくて大丈夫だよ?」

「わたしが今さら虎太郎ちゃん相手に遠慮なんてするはずないでしょ」


 真顔で返され、まぁそうかと納得する。

 姫ちゃんと僕は実の姉弟みたいなものだ。姫ちゃんにとっては実のお兄さんである猛兄ちゃんよりも僕の方が姉弟みたいだとよく言われる。


 中学に上がったばかりの頃は従姉妹にしては距離が近すぎると嫉妬されたものだが、一ヶ月とせずに『そういうもの』として納得してくれた。


 中学でも高校でも『鬼瓦キョウダイ』と言えば姫ちゃんと猛兄ちゃんではなく、僕と姫ちゃんのことを指すほどだ。先生の中にも僕達が姉弟だと勘違いしている人は多く、二年生に上がった頃は名簿を見て首を傾げている先生もいた。


 小田虎太郎と鬼瓦姫香で出席番号が近いというのも勘違いされやすい原因である。

 まぁ僕自身も『鬼瓦弟』と呼ばれ慣れているので、不便に感じることはないのだが。


「でもこのリボン、ただのアクセサリーにしか見えないよ?」

「ただのリボンじゃないわ。喫茶『みぇるふぇん』でもらえる幸運リボン。これを手にしてから推しのライブ当選しました! とか長年片思いしていた人と付き合えました〜って意見がたくさんあるの!」


 姫ちゃんは興奮した様子でスマホの検索画面を突き出してくる。『幸運リボン』で検索をかけた画面にはたくさんのご利益コメントが寄せられている。


 中には姫ちゃんの推しているアイドルグループのファンのコメントも。

 推しカラーのリボンをゲットした直後に、一番いい席が取れたって書かれてある。


「なるほど。紫のリボンが当たるまで、対象商品を食べたり飲んだりすればいいんだね。いつ行こうか」

「わたしは行かない。それからランダムな上、対象商品は一つだけだから当たるまで通って」

「僕一人で行くのはちょっと……」


 喫茶『みぇるふぇん』は駅前にある喫茶店だ。度々雑誌にも載っているらしく、休日は行列ができるのだとか。実際に行ったことはなくとも名前だけは知っているほどの有名店だ。


 名前の感じからして、ファンシーな店なんだろうな~と思っていたが、リボンを見て確信した。姫ちゃんと一緒ならともかく、そんな店に男子高校生が一人で行くのはいささか荷が重い。


「わたしじゃなくて隼人と行ってきて」

「ハヤト君って、二組の柳君のこと?」

「そうそう、その隼人。隼人、今日は部活休みみたいだから、放課後二人で行って来て」


 小学三年生の頃、隼人君が隣の市に転校するまではよく一緒に遊んだものだ。


 高校の入学式で名前を見つけた時は懐かしさもあった。だが遠くに見つけた彼はキラキラしていて、平凡な僕ではとても声をかけられなかった。


 仲良くしていたのは何年も前のこと。

 友人として声をかけることすら烏滸がましい気がして、話題に出す時ですら『隼人君』と呼べずにいる。


 そんな相手と二人で出かける勇気はなかった。なんとか断るための理由を探す。


「で、でも僕、柳君とは高校入ってから一回も話したことないし」

「今日話せばいいじゃない」

「柳君も僕と二人とか気まずいかもだし、部活ない日に僕なんかと一緒に過ごすの嫌だと思うし」

「そんなことない。絶対ない」


 姫ちゃんは即座に否定する。だが柳君は学年どころか学校すら超える人気者だ。

 おしゃれ女子の姫ちゃんなら話があっても、平日も休日も本と見つめ合っている僕は数分が限界。


 選択科目が少なかった一年生の頃なら授業の話題で話が続けられたと思うが、二年生になってからは文系と理系で授業内容が全く違う。加えて柳君とは選択科目ですら被っていないため、当たり障りない話題が封じられる。


 学校の人気者と気まずい時間を過ごすくらいだったら、ファンシーな喫茶店に男一人で行く方がマシだ。隣に姫ちゃんがいると思えばいいだけ。


「話してるうちに、一人でも大丈夫かな~って気がしてきた」

「幸運リボンは恋人限定ラブラブパフェを注文したカップルにだけ贈られる特別なリボンだから、ちゃんと二人で行って来てね」

「え」

「わたし、今日バイトだから終礼終わったらすぐ帰るけど、虎太郎ちゃんは隼人が迎えに来るまでちゃんと待っててね」

「隼人君は姫ちゃんと行くと思ってるんじゃ」

「別にわたしが行くって言ってないし。じゃ、よろしく」


 姫ちゃんが言い終わると同時に授業開始のチャイムが鳴った。遅れて、ガラガラとドアが開く音が教室中に響く。先生が来てしまった。


 姫ちゃんがどこをどうやって話したかまでは分からないが、告白と勘違いされていても不思議ではない。告白とまではいかずとも、デートの誘いではある。


 可愛い女の子との放課後デートを期待していたのに待っていたのは男でした、なんて、天国から地獄に突き落とすようなものだ。


 しかも僕は突き落とす側。今から胃と頭が痛い。


「はぁ……」

 小さくため息を吐いて、板書を写す。とてもじゃないが授業には集中できそうもない。帰ってから復習しよう。




「じゃ、よろしくね~」

 終礼が終わると同時に、姫ちゃんはスクールバッグを肩にかけて走り出す。

 残された僕は、柳君に急用が入りますように……と祈りながら机に突っ伏す。すると頭の上から加藤君の声が降り注ぐ。


「虎太郎。腹、大丈夫か? 授業中ずっと辛そうだったけど」

「あ、うん。大丈夫。心配してくれてありがとう」


 顔を上げると、心配そうな表情を浮かべる加藤君と目が合った。

 年の離れた妹がいる彼は小さな変化も見落とさない気遣い屋なのだ。優しさを受け取りつつも、迷惑をかけることはできない。


 ハハハと力ない笑みを浮かべる。すると彼の眉間に皺がぎゅぎゅっと寄っていく。


「あんまり無理すんなよ? 駅まででよければ俺、送っていけるし」

「虎太郎、遅くなってごめん!」


 加藤君の申し出と重なって僕を呼ぶ声は、記憶に残っている声よりもずっと低く、大人びたものだった。


「終礼押しちゃって……ごめん」

 首を掻きながら、迷うことなく僕の机までやってくる。

 小さい頃から変わらないと言われることは多いが、それでも覚えていてくれているとは思わなかった。少し固まってしまう。


 それでも短く息を吸い込んで、彼と向き合う。


「柳君。あの、姫ちゃんのことなんだけど、今日はバイトで」

 身体の前でアワアワと手を動かしながらも、なんとか授業中に考えた言葉を紡ぐ。

 柳君はそんな僕に怒りも呆れもしない。それどころか表情を和らげていく。


「ああ、紫のリボンをゲットするまで一緒に頑張ろうな」

「本当に僕と一緒で大丈夫なの? 食べにいくパフェは少し特別なやつだから柳君に迷惑かけるかもしれないし……。今さらだけど断ってくれても大丈夫だからね!」


『断ってくれても大丈夫』の部分は特に力を込める。思わず拳もグッと固めてしまった。


 誰が聴いているかも分からない放課後の教室で『恋人』なんてワードを出せば、確実に柳君の迷惑になる。


 だからこんなにフワッとした確認しかできないのだが、逃げ道もあるのだと提示はできた。


 学校を出れば知っている人の目も減るが、店に入ったところを目撃される確率もゼロではない。


 それに知り合いの目に触れずとも、例のパフェを机に置いている間、周りから『あの二人は恋人関係にあるのだ』と思われるのである。


 たとえフリであっても、一年半も柳君に声をかけられなかった僕では不釣り合いだ。

 実際の恋人になるわけではないのだから気にしすぎかもしれないが、改めて了承をとっておきたい。


 もし断られたら、それを理由に姫ちゃんに来てもらえばいいと考えている。僕と姫ちゃんでは確実に恋人には見えないが、店員さんも深くは突っ込むまい。


 姫ちゃんが自分は絶対に行きたくないと言ったら、その時はどうしようもない。元々のリクエスト通り、クリスマスコスメで妥協してもらうだけだ。さすがに友達に恋人のフリまでは頼めないのだから。


「もしかして、俺以外に候補っていたりするのか?」

 柳君のことを気遣っての申し出だったのだが、僕の思いとは裏腹に彼の視線は不安そうに揺れている。


 質問の意図と表情の意味をとっさに理解できず、こてんと首を傾げる。少し考えて、一つの考えが頭に浮かんだ。


『柳君は姫ちゃんに好意を寄せているのではないか』


 姫ちゃんのために恋人のフリをすると決意したのに、やる気を削ぐどころか、せっかくのチャンスを失うような言葉を突きつけられては不安になるのも無理はない。


「候補はいないけど。でも無理強いするつもりもないよって伝えたくて!」

「いないなら迷う必要ないだろ? 俺と行く――それでいいよな。それとも虎太郎は俺と行くの嫌?」


 捨てられた子犬のようない目で顔を覗き込まれ、ドキッとする。

 これ以上見たら顔が赤くなってしまいそうで、顔を背ける。


「い、嫌じゃないよ! 柳くんが嫌じゃなければいいんだ」

「ならいいや。それより、さっきから気になってたけど、なんで俺のこと柳君って呼ぶんだ? 前は隼人君って呼んでたじゃないか」

「でももう十年くらい前のことだし……迷惑かなって」

「何年前だって関係ない。俺が虎太郎のこと迷惑だなんて思うわけないだろ」


 そう言って柳君、もとい隼人君は僕の背中をベシベシと叩く。小学生の時もそうだった。

 変わらぬ態度に嬉しさを感じつつ、成長と共に増した力が少しだけ痛い。


 すると横で見守っていてくれた加藤君が隼人君にピシャリと言葉を放った。


「柳、虎太郎を虐めるなよ」

「いきなりなんだよ、加藤」

「俺と虎太郎が話してる時に割り込んできたのはお前だろ……。虎太郎はお前の友達みたいに体格良くないんだから、もっと気を遣えよな。姫ちゃんがいたら投げ飛ばされた上で虎太郎接近禁止令が出てたところだぞ」

「っ! 悪い、虎太郎。痛かったか?」


 隼人君はハッとして、僕の背中を摩り始める。


「大丈夫だよ。姫ちゃんもそんなことじゃ怒らないから安心して」

「いや、姫ちゃんなら絶対する。ジュースを賭けてもいい」


 加藤君は真顔で断言する。

 もしこの台詞を吐いたのが彼でなければ、それこそ姫ちゃんの怒りを買うことになったであろう。


 加藤君の場合は、彼にとっての妹と、姫ちゃんにとっての僕を同列に扱うことが多々ある。

 この言葉も姫ちゃんを揶揄う意図は一切ない。むしろ怒って然るべきだとさえ思っている。


 姫ちゃんもそれを理解しているからこそ、明日の加藤君にジュースを要求することはない。……隼人君には無言で手を伸ばしそうな気がしなくもないが。


 簡単に想像できてしまうあたり、僕の中の姫ちゃんもなかなかに過保護なのかもしれない。過保護に拍車がかかる要因はいくつもあり、僕も周りも慣れすぎてて普段は気にならないが、そろそろ姫ちゃんからの卒業も本格的に考えた方がいいのだろう。


 遠くを見つめていると、隼人君の声に元気がなくなっていく。


「ごめん。これからは気をつけるから……。加藤、明日ジュース奢るから鬼瓦には黙っててくれ」


 すっかりへこんでしまったようだ。

 さっきまでイケメンオーラ全開だったのに、今はイタズラして怒られた大型犬のよう。不思議と、垂れた耳と尻尾が見える。


 タイミングを考えずに黙って不安にさせてしまったことを反省する。


「本当に気にしないで。姫ちゃんにも言いつけたりしないから。ね、加藤君」

「俺も虎太郎が嫌がることしなきゃ言いつけたりしない」


 僕の言葉に、加藤君も大きく頷く。

 彼はただ僕のことを心配してくれただけ。反省している相手を責めたりはしない。柔らかな笑みを浮かべ、そしてハッとしたように時計に視線を向ける。


「俺、そろそろ妹迎えに行かないと。また明日な、虎太郎」

「うん。また明日」


 妹さんが好きなキャラクターのぬいぐるみが付いたリュックサックを背負い、大きく手を振りながら駆けていく加藤君。


 僕が手を振ると、隼人君も「気をつけてな」と言いながら手を振るのだった。




「じゃあ俺達も行くか。店は確か、駅の方だったよな」

「今調べるね。って、あ、姫ちゃんからメッセージ来てる」


 受信時間は終礼が終わってすぐ。

 教室を出た後に送ってくれたのだろう。メッセージアプリを開くと、地図のスクショが貼られていた。隼人君は僕の手元を覗き込む。


「路地入ったところか」

「この置き看板が目印だって」


 地図と一緒に添付されていた看板も合わせて確認する。

 完全にファンシーな喫茶店だと思っていたが、看板は想像よりシックなデザインだ。少し驚いてしまう。隼人君も似たような想像をしていたらしい。


「なんかちょっと意外なデザインだな。なんというか、正統派の喫茶店っぽい」

「パフェ、美味しいといいね。今さらだけど、隼人君って甘いの大丈夫?」

「結構好き。虎太郎は?」

「僕も好き」

「甘いのといえば、虎太郎って購買のホイップジャムサンド食べたことある? 俺、購買のパンだとあれが一番好きなんだよな〜」

「美味しいよね! その時々でジャムの種類が違うのも好きなんだ〜。値段のところに貼ってあるジャムの種類はあえて見ないようにしてる」

「俺も! メジャーなイチゴとかリンゴとかも美味いけど、たまに杏やラフランスなんかが来るのもいいよな」

「この前はハスカップ美味しかったなぁ〜」

「何それ。食べたことない」

「ブルーベリーみたいな感じだったよ。酸味がちょっと強いんだ」

「美味そう。また来るかな」


 ジャムの話で盛り上がりながら下駄箱へ。

 行く最中でもいろんな人に声をかけられる。


「隼人、今日は弟君と一緒なんだ~」

「意外な組み合わせ」

「姫ちゃんいないと違和感あるわ~」

「ちゃんと姫ちゃんの許可取ったんか~」

「遅くなる時はちゃんと姫ちゃんにも連絡するんだぞ〜。お姉ちゃん過保護だからな」

「虎太郎君、嫌なことされそうになったら思いっきり脛蹴ってやるんだぞ」

「そそ、逃げればどうにかなるよ〜」


 さすがは人気者。少し歩くだけでもいろんな人に声をかけられている。

 当の本人は「どれだけ信用ないんだよ!」と唇を尖らせているが、仲がいいのは側から見ていても分かる。


 今の僕ではこんな踏み込んだやり取りはできない。

 そう思うと少しだけへこむ。


「虎太郎、どうかした?」

「ううん、何でもない」

「あいつらが変なことばっか言ってごめんな」

「大丈夫。隼人君が僕と一緒にいるの、珍しがるのも分かるから」


 鬼瓦の虎太郎ガード厳しさは有名だからな、とボソッと呟く。遠い目をする彼に、そんなことないよと否定することはできなかった。


 ローファーに履き替えて、喫茶みぇるふぇんへ。

 スマホ片手で歩いても少し迷うくらいには、入り組んだ場所にあった。


 外観が想像とまるで違ったのも、なかなか見つけられなかった理由の一つである。

 まさか看板から得たイメージ通りだとは思わなかったのだ。


「思ってたより入りやすそうだね」

「なんというか、メロンソーダが美味そうな店だよな」


 レトロさの残る喫茶店は、小さな看板が出されてなければ見落としてしまいそうなほど。ドアを開けると、カランカランと呼び鈴が鳴った。


 母と同じくらいの女性店員さんに案内され、近くのソファ席に腰掛ける。


 すぐにレース編みのコースターが目の前に置かれ、その上に水が用意される。コースターは手作りなんだろうか。


 コースターも、隣の席にあるクッションのカバーもどちらも花柄で統一されている。それもどこか懐かしさを覚えるデザインだ。


 喫茶店の雰囲気ともマッチしている。

 よく見ると、似たような編み物が店の至る所に置かれている。


「なんか落ち着くなぁ」

「な」


 姫ちゃんも好きそうだ。一緒に来ればよかったのに。

 店の雰囲気を気にいる人も多いのか、推しのぬいぐるみやアクリルスタンドの写真を撮っている人が目立つ。


 どの机にも必ずと言っていいほどパフェがあった。

 ひとり客や女性同士のお客さんも多いが、例のパフェ以外も流行っているんだろうか。


 周りを見てばかりの僕とは違い、隼人君はメニューに目を通している。


「飲み物も一緒に付けられるみたいだけどどうする?」

「えっと僕は……あったかい紅茶にしようかな」

「じゃあ俺もそうしよ。すみませ〜ん、注文いいですか?」


 店員さんを呼び、『恋人限定ラブラブパフェ』を指差す。


「これをお願いします。それから温かい紅茶を二つ」

「恋人限定ラブラブパフェの方でよろしいですか? 推し活メラメラパフェの方ですと、チョコソースの代わりにプロテインウエハースが付きますが」

「推し活メラメラパフェ?」


 こてんと首を傾げ、聞き直す。店員さんは「失礼します」と断って、メニューの後ろの方からラミネートされた一枚のメニューを取り出す。


「こちらが『推し活メラメラパフェ』です。『恋人限定ラブラブパフェ』との違いは、チョコソースの代わりにプロテインウエハースが付くことと、サイズが一人前であること、注文の際にあなたの推しをアピールしてもらうこと。どちらも幸運リボンが特典として付きますが、『恋人限定ラブラブパフェ』は同じ色が二つ入ったものを、『推し活メラメラパフェ』は一つ入ったものをランダムでお渡しする形になります」

「え、推し活メラメラパフェでもリボンもらえるんですか? じゃあそっちに……」


 姫ちゃんの話では、恋人限定ラブラブパフェにしか幸運リボンは付かないとのことだったが、最近変わったのだろう。


 推し活メラメラパフェの値段は、恋人限定ラブラブパフェの半分。

 一人前か二人前かの違いだろう。どちらも飲み物がセットで付く。


 なら『推し活メラメラパフェ』を二つ注文した方が、紫色のリボンをゲットできる確率が高い。考えるまでもない。


「恋人限定ラブラブパフェのままで大丈夫です。飲み物は二つともあったかい紅茶で」


 けれど隼人君は意見を変えることなく注文すると、店員さんにメニューを返してしまった。

 あまりにもスムーズなやり取りの間に、僕が反対する隙はなかった。


「かしこまりました」

 店員さんの姿が見えなくなってから、テーブルの真ん中に顔を寄せる。

 話があると察して、彼の顔も近づいてくる。同時に周りの視線も集まっているような気がする。彼女達から隠れるように身体を縮こませながらも、小声で疑問を投げかける。


「なんで推し活パフェじゃなくて恋人パフェにしたの? 別の色のリボンが入っている確率のある方選んだほうが紫を引く率上がるし、僕と恋人のフリなんてしなくて済んだのに……」

「あー、実は鬼瓦に恋人パフェの写真撮って送るって言っちゃったんだ」

「姫ちゃんのため、か。なら仕方ないね」


 隼人君は姫ちゃんのために僕と恋人のフリなんてしているのだ。姫ちゃんファーストになるのも当然。今日紫のリボンが出なかったら、その時は僕が一人で推し活メラメラパフェを食べに通えばいい。


「そういえば虎太郎って『推し』いるのか?」

「うん。推してる作家さんがいるよ」


 推しているといっても、既存作品全巻持っているとか、新作が出たら必ず予約する程度だが。姫ちゃんの推し活とは違い、ただのファンだと言われればそれまでだ。手紙だって何度か出した程度だが、もらった返事もサインも僕の宝物。来年に放送が決まっているドラマももちろん録画するつもりだ。


「作家か……。そういえば昔から本好きだったもんな」

 隼人君はどこかホッとしたように表情を緩める。


「隼人君は?」

「俺、そういうのよく分かんないんだよな。普通に好きとは違うのか?」

「うーん。僕もあんまり詳しいわけじゃないけど、好きと同じ意味で使っている人もいれば、誰かに勧めたいとか応援したいって気持ちで使っている人もいるって感じかな」

「そういうものか」

「あんまり難しく考えずに使っている人も多いと思うから、そんなに気にしなくていいと思うよ」


 そう話しているうちに紅茶が運ばれてきた。白がベースの陶器で、青い花が描かれている。紅茶の赤がよく映える、可愛らしい食器だ。


「飲み物の写真撮っていい?」

「いいよ。俺のことも撮って」

「隼人君のこと?」

「いつも鬼瓦のこと撮ってるんだろ? 文化祭に写真飾ってあった」

「写真部の展示、見に来てくれたの? ありがとう」

「虎太郎の撮る写真は家族写真みたいで、なんというか、すごくよかった」

「普通に撮ってるつもりなんだけどね……」


 部活案内で見た夜空の写真が印象的で、あんな写真が撮りたいと写真部に入部した。自分でも写真の撮り方を勉強している。だが技術が一向に上がらない。


 姫ちゃんからは「虎太郎には先輩みたいな写真を撮るセンスはない」とバッサリ切り捨てられてしまった。


 実際、隼人君と同じ意見の人は多い。

 文化祭展示の際、教室の横に感想ノートを設置しているのだが、僕の写真に対する感想は「家族写真みたい」「懐かしい写真」「ホッとする」というコメントばかりが寄せられていた。


 どれも好意的なコメントだ。店番をしている時に褒めてくれる声をいくつも聞いているし、ポストカードも初めに用意した分では足りず、追加で刷りなおしたくらい。


 だが目指すべきところとは全く違うだけに、褒められる度に複雑な思いは募っていく。


「不満か? 俺は好きだけどなぁ。写ってる鬼瓦は自然体で、風景写真も地元が好きなのが伝わってくる」

「場所選びから考え直さないとか」


 提出したうちの一枚は、加藤君と加藤君の妹と一緒に行った公園で撮ったもの。花がきれいに咲いているからと一緒に撮影したのだ。


 だが同じ被写体でも、加藤君の写真には僕のような感想は寄せられない。

 実際、近くの公園に咲いていたとは思えないほど、綺麗に咲く花が表現されていたし、コメントノートでも絶賛されていた。


 撮ったばかりの写真を見せてもらって落ち込んだくらいだ。

 その後、加藤君の妹の「おにーちゃんのよりこたろーくんのおはなのほうがかわいい!」発言により、僕なんて比べ物にならないほどに加藤君は落ち込んでいたのだが。


「俺、あの写真見て、虎太郎と遊んでた頃のこと思い出した。隣に飾られていた写真に写る鬼瓦はすごく羨ましくて……。本人に伝えたらすっげぇドヤ顔でむかついた」

「写真撮った時の姫ちゃん、すっごい喜んでたから。思い出して嬉しくなっちゃったんじゃないかな」


 ちなみにその時の姫ちゃんが手にしたのは、推しと三十秒間会話ができる権利。

 ファンクラブ会員限定ウェブイベントの後に行われるらしく、メンバーごとに当選者が百人ずつと決まっていた。ファンクラブに加入するほどのファン達が一気に押し寄せるとあって、倍率は通常のライブ以上。


 その枠の一つを見事に勝ち取ったのである。

 姫ちゃんの部屋に設置された祭壇には、当選メールを印刷した紙がラミネートされて飾られている。隣には僕が撮った写真。今後もこのご利益にあやかると言っていたから、紫の幸運リボンも一緒に飾るつもりなのだろう。


 いい写真だと言われたら、あの日のことを思い出してニヤけても不思議ではない。


「いや、あのドヤ顔は絶対俺へのマウントだった」

「隼人君もあのグループ好きなの?」

「俺が好きなのは虎太郎だよ。俺も鬼瓦と同じくらい、とまではいかなくとも虎太郎の日常になりたい」


 真剣な眼差しを向けられ、驚いてしまう。


「ど、どうしたの急に」

「なぁ、俺のことも鬼瓦みたいに撮ってくれないか。今だけは俺は虎太郎の彼氏なんだから」

 手を伸ばされ、指を絡められる。いわゆる恋人繋ぎというやつだ。


 恥ずかしくて、顔が真っ赤になる。心臓もバクバクと騒がしくて、こんなにうるさいと指先から緊張が伝わってしまうのではないかと怖いくらい。


 だが手を引こうにも、ガッチリと掴まれていて解けない。

 なんとしても恋人のフリを続けようという強い意志を感じる。


「撮ってくれるまで離さないから」

 整った顔でニコリと笑う隼人君。僕の気持ちなんてお構いなしなのだ。そんな少し強引なところもドキッとしてしまう。


 隼人君が僕のことを好きなんてありえない。

 自分にそう言い聞かせて、繋がれている方とは逆の手でスマホを構える。


「スマホのカメラでもいい?」

「もちろん」

「片手だとブレちゃうから、手を離してもらってもいい?」


 最近買い換えたばかりのスマホは片手で撮影するには少し大きいのだ。それに利き手は繋がれてしまっているため、左手で取らなければいけない。


「ブレてもいいから」

「でも……分かった」


 姫ちゃんのため、だから。

 隼人君は写真が欲しいわけじゃない。これも演技だと心の中で自分を納得させる。


 パシャっと機械音が鳴り、写真を確認する。


「俺にも送って」

 隼人君はそう言ってスマホを取り出す。連絡先を交換した後で、写真を送った。彼はスマホの画面を嬉しそうに眺める。


 未だ繋がれた手を見比べてふふっと笑う姿は本物の恋人のよう。

 ――なんて、僕の希望でしかないのだろう。こんなことを考えてしまう自分が惨めでならない。


「お待たせしました。恋人限定ラブラブパフェになります」

「ありがとうございます。うわぁ、大きいね」

「上のイチゴ、虎太郎にやるよ」

「いいの?」

「ああ、イチゴ好きだろ? ほら口開けて」


 イチゴとクリームをスプーンで掬い、僕の口元に運んでくる。

 ここまでしなくていいのに。恥ずかしさで頭が沸騰しそうだ。それでも頑張ってくれている隼人君の邪魔はしたくなくて、小さく口を開く。


「美味しい?」

「……うん」

「そっか。よかった」


 ニコリと微笑み、自分もパフェを一口食べる。

 僕もスプーンを手に取ってから、ふと気づいた。


「そうだ、写真。取らないとだったよね」

「あー、そういえばそうだったな。……うん、撮って?」


 一瞬、思い切り視線を逸らされた気がしたが、勘違いだろう。

 スプーン片手にピースサインをする隼人君を、今度は両手でスマホを構えて撮影する。


 これで紫のリボンさえ出れば安心だ。


 スマホをバッグに入れようとすると、ピコンっと通知音が鳴った。


 姫ちゃんである。

 バイトの休憩時間に入るにはまだ少し早い。一体何があったのだろう。急いでメッセージアプリを起動する。


『隼人に変なことされそうだった脛蹴って逃げて。私が明日、投げ飛ばすから帰宅後要報告』


 どういう意味だろう。

 はて、と首を傾げる。


「急ぎの連絡か」

「ううん、ごめんね。急ぎじゃなかったみたい」


 思えば、先ほど隼人君の友達も似たようなことを言っていた。

 最近、脛蹴って逃げるってワードが流行っているのだろうか。


 学校でも人気者の彼が、僕に変なことなんてするはずない。

 あるとしたら、僕が変な勘違いをしそうになるくらい。

 自覚しそうになる思いから目を逸らして、スマホをバッグにしまうのだった。


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