男二人がしゃべるだけ
人は暇があれば考える。考える内容は様々で、学校や仕事の悩みについて考える人もいれば漠然とした将来への不安について考える人もいるし、趣味嗜好に関連したものを考える人もいる。
そうした現実に即した考え事をする人がいる一方、空想にふける人もいる。これはそんな空想にふけたりふけなかったりする男がただしゃべるだけのお話。
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ドアを開けば目の前に田んぼがある。そんな田舎のアパートに住まう大山は、Y大学の大学2回生。夏休みに入り、多くの大学生がサークルやバイト、旅行に明け暮れる中、彼は毎日ゲームに没頭していた。
ある日の昼下がり、ピンポンと大きなチャイムが鳴る。
「おっ、来たな」
鍵を外して招き入れたのは大山の数少ない友人、小谷。類は友を呼ぶもので、彼もまた人生の夏休みをゲームに捧げる同志だった。廊下の先にある八畳間のリビングは男二人いても尚余白がある。一人暮らしの家によくある小さなローテーブルとその真正面にあるテレビ。入力切替の行われないそのテレビは完全なゲーム用と化していた。
「座布団借りるで」
「はいよ。緑茶でええ?」
「なんでもええわ」
「そんなん言うたら水道水出すで」
「それでもええで」
そんなやり取りをしながらテーブルに水道水が並べられ、大山はswitchの電源をつける。コントローラーの一方を小谷に渡しながら手際よくボタンを押している。画面にはピクミン3と表示されている。
「改めて思うけど、関西弁と広島弁ってしゃべっとってあんまり違和感ないよな」
「せやな。しゃべる言葉自体はあんま変わらんのとちゃう?」
大山は広島、小谷は兵庫の出身でありながら、お互い素で話しても問題なく通じる。よく関西弁は圧が強いと聞くが、大山がそう感じたことはなかった。
「ああ、でも相槌は違うか。広島はそうじゃねとかいうし」
「あとはイントネーションもちゃうよな」
「ユニバ、ファミマとかか。関西のほうって二文字目がよう上がるよな」
「ミスド、マクドとかもそうやな」
「広島じゃあマクドは聞いたことなかったな。みんなマックって言うわ」
「あれマック派多ない?」
「そうじゃねえ。関西の人しか言わん気がするしそういうもんじゃない?」
「四国でもいうとか聞いた気がするな」
ゲームが始まり、二人とも画面を見ながら手を動かしだす。
「あ、赤もらうで」
「はいよ。畑でとれる赤の兵か」
「その上たくさんおるな。みんな平等や」
「五カ年計画でも立てるか?」
「やめとくわ。就活を考えなあかんくなる」
内輪ネタに入り込んだ現実から目を背けるように、ふと大山がつぶやく。
「そういや人生はゲームだ、みたいな話、たまに聞くな」
「確かに聞くな。あれ誰が発言の大元なんやろ」
「誰の、とは聞かんよなあ。ゲームも歴史で見たら最近にできたもんだし、歴史上の偉人は言ってなさそう」
「あれ、実際どうなんやろな」
「当たっとるんじゃない?勉強なり仕事なりスポーツなりで上達するのはレベルアップみたいなもんよな」
「まあ確かになあ。体力とかもHPとしてみればドラクエみたいやし」
「結構RPGぽいよなあ。ドラクエのイメージ強いわ。ただ、ゲームと違うなと思うところもある」
「ほう。というと?」
ゲームを見つめ、操作している手を止めないまま小谷が聞いた。
「まずステータスが見えん。かろうじて見えるんは学歴、TOEIC、資格みたいなもんだけじゃし、それでその人自身を知れるんかって言うと全然わからん」
「せやな。現にこの大学に居てる人やって全然性格ちゃうし」
「そもそもゲームと同じように見えるんだったら攻撃力なり守備力なり表示されてもなあって話なんよな。昔はともかく、このご時世に」
「役に立つんは賢さ、素早さぐらいか?とはいえ賢さって何って話よな」
「そうじゃね。問題を解決する、記憶力がある、頭の回転が速いとか賢いにもいろいろあるし」
「現実で数値化したらドン引きするほどステータスの数って多いんやろな。『スポーツ』の能力だってスポーツ自体200種類近くあって野球、空手、カヌーだけでも別もんになる」
「それを考え出すと迂闊にスポーツ得意です、とか言えんよな。苦手ですとも」
大山は続ける。
「それにもし全ステータス表示されるんなら残酷なことになりそう」
「残酷?」
「それこそドラクエの魔力、素早さみたいなステータスだけならええけど、5年内に死ぬ確率とか生涯で1億稼げる確率とか表示されたらと思うとキツない?」
「そうか?それ結構面白そうやない?」
「うーん。人によるんかなこの辺」
「どこまで見えるか、他人のものまで見えるかどうかとかの内容によるんとちゃう?常に公開されたり、見せたくないもんまで人に見られる状態なら地獄やろうな」
「人から見えんのなら自分で動いてみて数値を変動するの見て楽しむ、みたいな感じか」
「そういうことやな。あとステータスが現在のものなんか未来のものなんか、も気になるな」
「時間によって違うもん?」
ステータスが見えたら、という話が小谷によってさらに広げられる。
「全然ちゃうな。さっき言った生涯で1億稼げる確率が現在から見たものなら行動で変化するやろ?副業始めた時、仕事辞めた時とかにガラッと変わると思う」
「ああ。ブラック企業辞めた瞬間0%になるんかと思ったら倍に増えた、ニートのほうが働いてる人より確率高かったとかあったら面白いじゃろうね。実際そのパターンはあるんだろうし」
「そういうこと。ただ現在じゃなくて未来、自分の人生が終わるところで出たステータスとかだと面白くないと思う。自分の人生のネタバレ、みたいなもんやからな。その場合は1億稼げる確率とかじゃなくて生涯で稼ぐ金額とかになるんだろうけど」
「その場合何やっても変わらんもんな。自分の人生が終わるまでの時間、とかが秒刻みで減っていくの見るとか気が狂いそう」
「せやろ?そう考えると異世界転生もののステータスって優しいもんよな」
「現在の値が表示されるし、自分の動きによって変えられるもんねえ。寿命とか出んし」
「知らぬが仏とはよく言ったよな」
小谷が呟いた。その傍らで大山が続ける。
「ステータスは見えんし、現実のステータスを厳密に出すと実際は夥しい量になるからその辺りはゲームと違うねえ」
「全部株価みたいに変動し続けるだろうしな」
「そう。そう思うとマウントを取る行為って面白いよな」
「というと?」
「めちゃくちゃステータスある中で自分が勝てる分だけ拾って比較してるってことになるじゃん?『私はこいつより優れている』の判断基準が、無限にあるステータスのうちせいぜい10個なわけでしょ」
「宝くじみたいなことやってんな。実質ロト7」
「…そうか?」
別に的を得ているわけでもない例えに困惑しながらも、大山は話の筋を戻す。
「あと人生がゲームと違うとこだと、失敗しても経験値が得られる所とかかな」
「命落としたらゲームも人生も終わりやない?」
「それはそうじゃね。もっと軽めの失敗のイメージだったわ。ストーリーの選択肢とかサブクエで間違えてもそうそうゲームオーバーって無くない?」
「ゲームによってはありそうやけど、その話は置いとくか。大衆向けのゲームは再選択、再挑戦が要求されたり、ちょっと前からやり直しになったりするな」
「そんな感じ。ゲーム内だと失敗した際は無かった事になったり、バッドエンドに向かったりで『失敗した=デメリット』みたいなイメージ強いじゃん」
「確かにな。最近のゲームはその辺緩くなってきてるとこもある気がする」
「ポケモンとかそうよな。3択で結構変な選択肢が混じってたりするけど、結果どれを選んでもよし、になってたりはしとるね」
大山が逸れかけた話題を戻す。
「ゲーム内だったら失敗!って処理で終わるけど、現実の場合は失敗したらしたで何らかの経験が得られるわけじゃん」
「せやな。受験に落ちたら落ちたでそこまでで自分が勉強をどうやるタイプか、そもそもできないタイプだったのかが分ったりする、みたいな感じか」
「小谷の好きなフロムゲーとかも結構良い例な気がするな」
フロムゲー、という響きを聞いた小谷の声が少し大きくなる。
「隻狼とかダクソとか?」
「そうそう。フロムゲーもさ、ゲーム内だけで見れば何度もコンテニューしてるだけ、だけどプレイヤー側はこいつ強いな、どんなパターンあったっけみたいに経験値が得られてる」
「失敗した奴のほうが記憶に残るし、より対応しやすくなるな」
「そう。人生がゲームと全く一緒なら受験失敗!何も得られなかったよ!で終わるじゃん?」
「確かにな。でも実際は人生で失敗しても経験値が得られる訳だ」
「なんなら成功するよりも経験値が多い場合がある。若いうちに失敗しろってのはそういうところも踏まえての言葉だったりするんじゃろうね」
「嫌なもんは嫌だけどね。得られるもんが多いかもって思うと気持ち楽になるかもしらん」
少し納得した、という小谷をよそに大山が続ける。
「ただ、なんも考えず動いて失敗するのは意味ないよな。宇宙兄弟にあった『本気でやった場合に限るよ 本気の失敗には価値がある』ってセリフが染みるわ」
「確かにねえ」
一通り喋った大山が満足そうにふうと一息ついた。二人とも話をしながらゲームの手は一切止めていない。岩ピクミンを巨大生物に向かって投げ続けている。
小谷が疑問を投げる。
「実際この世界を実現させたゲームを作ろうとするとどんだけステータス実装せなあかんのかな」
「世界中の人間の相関だけでもやばそう。気になるな」
「ちょっと調べてみるか。あと頼んだ」
大山がゲームの手を止め、スマホを触りだす。小谷が二人分頑張っている。
「世界中の人口が今は…83億人だって」
「すごいな。で、そのうち2人を取り出すわけやから?」
「なになに…3444京4500兆……?」
「人間だけでこんなになるんか」
「てことは生き物、オブジェクト全部実装するだけで無限に到達するじゃろ」
考えるのをやめた大山が再びコントローラーを取る。画面では難なく巨大生物を倒し、戦利品を持ち帰っていた。
「さて、ひと段落したしちょっと散策するか」
「了解、どの辺行く?」
「前言ってた寺に行ってみようぜ。自転車で片道40分くらいらしい」
「結構あるな。途中で飲み物かってくか」
セーブを終え、ゲームを終わらせた二人はそれぞれバッグを手に取った。二人ともアパートを出て自転車にまたがる。
「それじゃ、行くか」
自転車をこぎだし、田んぼが傍らに見える道を進んでいく。自動車が1台通れるか通れないかの道は、自転車で進むにはちょうど良い。
「バイトも旅行もせずゲームやって、ただ散策して…これって後から考えたら失敗になるんやろか」
「失敗したから経験値、みたいにしてもいいし、単純にリフレッシュできた、でもええでしょ」
「そんなもんか」
「そうそう。レベル上げたところでいずれ終わりは来るわけだし」
「レベル上げて何をするか、にもよるしな。あえての縛りプレイも面白い」
「逐一経験値!とか考えてたらトイレとか睡眠とかやっとれんわ」
こうして今日も男二人は喋っているのだった。




