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「君の瞳に乾杯」とか言う帝国の王子が激スベりしているので『芸歴40年の芸人』令嬢が愛を全て大喜利の回答として処理する

作者: 羽哉えいり
掲載日:2026/01/31

エルサの婚約破棄断罪ライブについてのストーリーは、短編小説『婚約破棄の断罪中ですが、前世が『芸歴40年の伝説のお笑い芸人』だったため、糾弾を笑いに変えて回避する』にてお楽しみください。


「エルサ様! 大変です! 帝国の第一王子レオナード殿下が……、レオナード殿下が庭園までお越しです!」


 侍女の悲鳴のような報告を、公爵令嬢であるエルサ・フォン・アトラスは茶を啜りながら聞き流した。


(……帝国の王子? 知らんがな。こっちは昨日思いついた『一人大喜利・お題、貴族の不祥事』のネタ帳を整理するんに忙しいんや。数日前の断罪ライブで使い果たしたアドレナリンを補充せなあかんねん)


 エルサの前世の魂はお笑い界の頂点に君臨した芸歴40年の超ベテラン芸人、享年62歳の権藤慎之介ごんどうしんのすけである。不慮の事故で美人令嬢のエルサに転生した彼は、数日前にこの国の元王子と婚約破棄をした。

 正確に言うと、婚約破棄の断罪劇を「爆笑ライブ」に変えて取り行ったのだ。

 

 そして静かに隠居をして芸を磨きたいと願い、この世界の「笑いの求道者」として生きることを決意していた。

 しかし、そんな彼の願いを打ち砕くように、庭園の向こうから凄まじい光の塊が歩いてくる。


「やっと見つけた、僕の運命……。この世界の中心たる麗しき喜劇王、コメディエンヌよ」


 現れたのは、手入されている長い金髪をなびかせ、刺繍だらけの純白の軍服に身を包んだ眩いばかりの美青年。バラの花を一輪携えて歩いてくる。

 『演劇王』としても名を馳せている帝国の第一王子、レオナードだった。


(……なんや、このキラキラした若造。衣装の彩度が高すぎて目がチカチカするわ。カラー調整ミスっとんのか?)


 エルサは立ち上がることさえせずに彼を凝視した。

 彼女の外見は可憐さもある美人な令嬢。だが、その瞳の奥には数多の修羅場を潜り抜けてきたベテラン芸人としての「冷徹な審査員の目」が宿っている。


 レオナードはエルサの前に跪くと、その細い手をとり、指先に唇を寄せた。


「君の瞳に……、乾杯」


 至近距離で放たれた、帝国の至宝による国宝級のウインク。

 普通の令嬢なら気絶するか、恋の魔法に掛かるところだろう。

 だが、権藤慎之介の脳内モニターには、無情な字幕が浮かび上がっていた。

 

『ネタ:君の瞳に乾杯。 鮮度:昭和初期。 判定:激スベり』


「……レオナード殿下。今の、本気でやってはるんですか?」


 エルサの口から漏れたのは令嬢の甘い声ではなく、ドスの効いたダメ出しだった。


「はい?」

「いえ、今どきそのセリフを令和……、じゃなくて、この新時代にドヤ顔で放てるそのメンタル、逆に凄いですわ。構成作家はお仕事してませんの? それとも、あんたのギャグセンスが五十年前に止まっとるんですか?」


 レオナード王子の動きが止まった。

 エルサは彼の跪き方、手の添え方、そしてセリフのタイミングまでを一瞬で「添削」し始める。


「見てください、この顎の角度。キメすぎてて、こっちから見たら首吊りかけた鶏みたいになってますわよ。……殿下、それ『溺愛』の演出やなくて、『公開恥晒し』のコントやったら百点満点なんですけど」

「……ッ!」


 レオナードの肩が震える。

 怒りか?

 それとも初対面の公爵令嬢のあまりな暴言への衝撃か?


 エルサが(言い過ぎたか。まあええわ、これで帰ってくれるやろ)と茶を啜り直そうとした、その時。


 レオナードは顔を上げ、その瞳をキラキラ……、ではなく、ギラギラと狂気に燃え上がらせて叫んだ、


「素晴らしい……! 完璧だ! 僕の究極の自己陶酔を、これほどまでに鋭利な言葉で切り裂くとは! 君だ、君こそ僕が探し求めていた生涯の相方だ!」


(……アカン。こいつ、本もんの変態や)


 エルサこと権藤は、この異世界に来て初めて本気で「舞台袖に逃げたい」と思った。


 レオナードは「僕の愛の深さを証明するステージへ招待するよ」と、エルサを庭園へと連れ出す。

 しかし、そこで待っていたのは権藤慎之介の芸人魂を逆なでする「ベタのオンパレード」だった。


「エルサ、この薔薇よりも、僕の情熱の方がずっと紅く燃えている……」


 そう言ってレオナードが仕掛けてきたのは、庭園の柱を使った教科書通りの『壁ドン』だった。


(……はい、出ました。騒音公害。そしてこの至近距離、ニンニク料理食うてきたら放送事故やぞ)


 エルサは至近距離で王子の顔を見つめ、ため息混じりに口を開く。


「殿下。まず、その手の位置が低いですわ。それじゃ壁ドンやなくて『壁に寄りかかって休憩しているおじいちゃん』ですわよ。はい、お題、『この壁ドン、全然ときめかない。なぜ?』。答えは!」

「……ッ! 『角度が介護職』! なるほど、修正するよ!」


 レオナードはショックを受けるどころか、目を輝かせて脳内でメモを取る。そして間髪入れずに、今度はエルサの顎をスッと持ち上げた。

 王道中の王道、『顎クイ』である。


「僕だけを見て。君の瞳に映る僕は、世界で一番幸せな男だと思わないかい?」


(……アカン。セリフの糖度が高すぎて、糖尿になりそうやわ)


「殿下、この顎の持ち方。指先に力が入りすぎてて、私の歯がカチカチに鳴ってますの。あと、その「僕だけを見て」というセリフ、古すぎて逆に一周回って埋蔵文化財に指定されますわ。はい、お題、『イケメンが言ってもギリ許されない愛の告白』。答えは今の!」

「埋蔵文化財……! 僕の愛は歴史的遺産級ということだね!」

「……ポジティブやな。あんたの、そのスベることを恐れんメンタルだけは、若手芸人らに見習わせたいわ……」


 さらにレオナードは止まらない。今度は背後からエルサを抱きしめるバッグハグ、『あすなろ抱き』を敢行し、耳元で甘く囁いた。


「離さないよ……。君という名の迷宮から、僕は一生抜け出せそうにないんだ」

「殿下。耳元で囁くときは、湿り気に注意しなはれ。今は単なる『加湿器』ですわ。それから迷宮言うてますけど、あんたさっきからうちの敷地のこの庭園、同じところを三周してますわよね? 単なる方向音痴をポエムで護摩化さんといてくれます?」

「あぁ……! 完璧だ、エルサ! 君のツッコミは僕の甘い脚本に欠けていた毒という名のスパイスだ!」


(……コイツ、本気で楽しんどるな。ワシの添削がコイツにとっては、ファンとの交流みたいな感覚になっとるわ)


 レオナードは恍惚とした表情で、もはや溺愛という名の「ネタ見せ」を続けている。


 目の前のキラキラした王子を眺めながら、権藤はかつて『昭和ブレイカーズ』のツッコミ担当としてサンパチマイクの前で相方と舞台でやり合った、あの痺れるような熱量を思い出す。

 そして、異世界のこんな場所でそれを感じ始めている自分に、少しだけ毒づいた。


(……なんやねん。アカンわ。こいつは、ほんまもんの芸人の目ぇしとるわ)


 レオナードの瞳には、もはや甘い情欲などなかった。そこにあるのは「自分の放った球を、相手がどう打ち返してくれるか」という、表現者特有の狂気的な期待のみ。


「エルサ……! もっとだ、もっと僕の言葉を拾って、君の言葉で僕を粉砕してくれ……!」


 レオナードはエルサの細い肩を掴み、恍惚とした表情で熱弁を振るう。


「僕は今まで誰からも『正解』しか言われなかった。王子の愛、王子の言葉、王子の台本……、誰もが僕の言葉に跪き、盲信した。……でも君は違う! 僕の言葉を「古い」と断じ、「スベっている」と笑い飛ばしてくれた! 僕は今、生まれて初めて、他者と『会話』をしている気がするんだ!」

「殿下……」

「愛している! この感情は、君という究極の『ツッコミ』に出会うために、僕が二十数年かけて溜め込んてた特大の『フリ』だったんだ!」


 逆転の溺愛。それは、レオナードにとっての「愛」が、エルサという「相方」への絶対的な信頼へと進化した瞬間だった。


 権藤はエルサとしての美しい顔で、ふっと力を抜く。

 前世の自分はお笑い界の頂に立ち、地位も名声も手に入れた。だが老いと共に芸のキレが鈍るのを恐れるあまり、後輩たちの青く鋭い言葉に耳を貸す余裕を失っていた。

 公爵令嬢となった今、一番若手で売れっ子になったあいつらの『わかりみ〜』なんてふざけた言葉が、何故か心の隙間から温かい染みのように滲み出てくる。


 そして、この異世界で、エルサという第二の人生を得て、ようやく気付いた。


(……笑いは、一人じゃ作れへんねんな)


 目の前の若造は、激スベりしても、全否定されても、なおも食らいついてくる。その泥臭い執念は、かつての自分が忘れていたものだった。


「……殿下。あんた、今の告白、百点満点ですわ」


 エルサは令嬢らしい優雅な仕草で、レオナードの胸元にそっと手を置いた。


「ただし、それは『芸人の熱意』としての点数ですわ。……王子のプロポーズとしては落第点です。甘さが1ミリも足りませんわ!」

「! ……あぁ、やっぱり君は最高だ!」

「仕方ありませんわね。あんたの、その一生スベり続けそうな人生、私が横で添削……、エスコートして差し上げますわ」


 それは、世界で一番騒がしく、そして熱い婚約の誓いだった。





 数カ月後、帝国で行われた婚約披露宴は、歴史に残る「事件」となった。


 純白のドレスに身を包んだエルサ。その隣には、満面の笑みを浮かべるレオナード王子。

 王子が「僕の愛は永遠の銀河を越えて――」とポエムを始めた瞬間、エルサの手からハリセン……ではなく、魔力で強化された黄金の扇子が閃いた。


 パコォォォォンッ!


「話が長いわ! 客席、もう飽きてデザート食べ始めてますわよ!」


 会場は一瞬の静寂の後、割れんばかりの爆笑と拍手に包まれた。


「さすが演劇王の妃!」

「あの間は完璧だ!」


 エルサこと権藤は、沸き立つ観衆の声を聞きながら、心の中で前世の相方に呟いた。


(相方、昭和ブレイカーズとしてはもう舞台に立てへんが、……新しいステージは客席全員貴族やけど、笑いのツボは案外前と変わらへんで)


 隣ではレオナードが「今のツッコミ、もう一回やって!」と、溺愛の眼差しでしがみついている。


「殿下、しつこいのは嫌われますわよ。……はい、お題、『世界一幸せな相方への一言』」


 エルサはレオナードの手を強く握り返した。

 その瞳は公爵令嬢としての気高さに満ちているが、前世の権藤慎之介が最高の相方を見つけた時の満足げな顔で笑っている。


「君と僕なら、どんな脚本も爆笑に変えられる。一生、僕の隣で笑っていてくれないか」


 レオナード王子の、今日一番の「マジ」な告白。

 それに対し、エルサは最高に美しい笑顔を浮かべ、権藤の魂を込めて、この上ない「肯定」を返した。


「――はい、私の人生……、座布団全部、あんたにあげますわ」


 沸き立つ歓声が会場を包む。

 それは世界で一番騒がしく、そして誰よりも相思相愛な二人の舞台の幕開けだった。



【END】




お読みいただき、ありがとうございました。


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評価やブックマーク、誤字脱字報告も嬉しいです。


「座布団全部あげる」という言葉は、芸人の世界において、これ以上ない最大の賛辞や敬意、愛着を込めた意味があるようです。


一番若手で売れっ子になったあいつら――とは、『喚ばれた二度目もチートステータス』でのコンビのことです。匂わせてみました。

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