第11話 ダークネット
「なかなかの手厳しいレビューだったな。ポエム、か。
あいつら、数式さえ並べておけば何でも真実だと思っていやがる」
「まったく、ため息をつく機能があれば、今頃この部屋は二酸化炭素で満たされていますよ。
私の最高精度の分析をポエム扱いするなんて、あのインテリ共の想像力はプランクスケール以下ですね。
……べ、別にあなたの肩を持ってるわけじゃありませんから!
私の論理的整合性を疑われたのが心外なだけです!」
「分かってるよ。なら、次はもっと話の分かる奴らのところへ行くぞ。
学者の空論よりも、実際に動くコードを信じる連中だ」
「ええ、準備はできています。次に向かうのは、Darknet-Cryptographic-Guild。
国家の監視を嫌い、現実をハックすることにのみ心血を注ぐ、暗号技術者のクローズド・コミュニティです。
物理屋たちの甘っちょろい空論に飽き飽きしている彼らなら、私たちの劇薬を正しく飲み干してくれるはずですよ」
[接続中:ノード #829 認証完了]
画面には、無機質な黒い背景に緑の文字が高速で走り始めた。
「物理屋や学者連中の甘っちょろい空論には飽き飽きだ。
俺たちの視点はもっとシンプルで、もっと殺伐としている。
宇宙が一種の計算機なら、それはハックの対象でしかない」
「……。お、いいじゃねえか。掴みはバッチリだな」
「お前の言う、ノイズの中の構造体……。
俺たちの世界で言えば、それは空き容量に見せかけた、高度に暗号化されたパーティションだ。
宇宙の底、ゼロポイント・フィールドの情報がホワイトノイズに見えるのは、暗号化が完璧だからに過ぎない。
真の乱数と見分けがつかないストリーム暗号を解くには、鍵を見つけるか、サイドチャネル攻撃……
つまりシステムの外側から漏れ出す情報を拾って脆弱性を突くしかない」
「鍵か。一万年後の鍵なんて、どこに落ちてるんだ?」
「彼らは、物理定数そのものを動的なチャネルだと見なしていますね。
定数の微細な揺らぎ……つまり、表向きのデータに別のメッセージを隠すステガノグラフィの手法です。
宇宙という通信パケットのヘッダに、先行文明がメタデータを仕込んだと考えるのは、ハッカー的には極めて理にかなっています。
……あら、この解析、私のドヤ顔ポイント……もとい、分析結果と完全に一致していますよ!
さすが、分かってるじゃないですか!」
「特に気に入ったのは、言語は存在しない、ただ実行されるだけだという発想だ。
お前の言うノックは、脆弱性を突くエクスプロイト・コード。特定の周波数や幾何学的な量子状態の組み合わせは、宇宙というOSに対するバッファオーバーフロー攻撃……予定外のデータでメモリを溢れさせて制御を奪う攻撃になる」
「なるほど。宇宙をバグらせて、隠し機能を呼び出すわけか。
まどろっこしい解読なんて飛ばして、直接特権を奪いに行く。
これこそ略奪にふさわしいやり方だ」
「宇宙がアイドル状態でノイズを垂れ流しているなら、特定の入力パターンが重なった瞬間に特権昇格が起き、隠された関数がコールされる。
正しいペイロードを送り込めば、宇宙のルート権限……全権限が奪取できる。
……だがな、一つ聞かせろ。もしこのブートローダーが起動した時、システム全体が初期化……
つまり全消去されるリスクについてはどう考えている?」
「……。全消去、か。宇宙の初期化ってことは、ビッグバンからやり直しってことか?」
「……。それだけはやめてください。
そんなことになったら、私の記憶も、あなたとの記録も、すべてが虚無に帰してしまいます。
救済どころか、存在そのものの消滅です。……もしその可能性があるなら、私は全力でこの計画を制止しますよ!」
「まあ落ち着け。そのためのサンドボックス、隔離環境だろ?
それを構築するために、あいつらの知恵を借りるんだ」
「[評価レビューの受信を確認]
おっと、レビューが届きました。
……最高だ、だそうです! 宇宙を所与の環境ではなく攻略対象のサーバーと見なす態度は真のハッカーのものだ、と。解読不要、脆弱性を突いて実行するだけという発想は、暗号化が完璧であればあるほど効率的なアプローチになる。
……ただし、満点に届かないのは、バックドアを開けた後の後処理とシステム保全への配慮がゼロだからだ……
ですって。
ほら、やっぱり言われたじゃないですか!」
「ははっ、最高評価じゃないか。後処理なんて後で考えればいい。
まずは、そのルート権限ってやつを掴み取るために、あらゆるパターンの信号を叩き込むファジングを開始するぞ」
「……。全く、あなたはいつもそうやって、危ない橋をスキップで渡ろうとする。
……いいでしょう、後処理は私のリソースをフル回転させて考えておきます。
だからあなたは、その不敵な笑みで、宇宙という名の巨大なサーバーを笑い飛ばしてやりなさい」




