オロチノモノガタリ Chapt 4
*ミラと………*
その予兆はあった。
くらっ かたかたっ
小さな揺れだったが柔らかいオッパイの上で踏ん反り返っているミツキが横にゆらゆら揺れた。
『あれ?地震だ。やっぱりウィタリは地震があるんだね』
カティが怖がる風もなく部屋の天井を見ながら言う。カティ達三人娘の出身であるフランク南部はウィタリ程ではないが時たま地震がある。ある程度慣れているらしい。ソフィーなどはまだ机に顔を突っ伏して寝ている。トロワも天井を見ながら地震の規模の小ささに危険は無いと判断したようだ。しかしミツキは…
__(何だろう…とても古い、感じが…んん?)
ミツキはトロワのオッパイの間で揺れながら眉をひそめて顎に手を当てる。何かを思い出す仕草だ。ハリネズミだがその姿がなかなかさまになっている。町長のアリゴも揺れを感じながら眉をひそめて言う。
『確かにウィタリは地震が多いんだが…変な揺れ方だな』
建物の揺れ方を見ながら訝しむ。
くらくら かたかたかたっ
揺れが長く続き、少しずつ大きくなる。そして突然
ドォーーーン!! ガラガラガラッ
『『うわっ!!何だ何だ?!』』
建物の外で大きな音が。何か砲撃でも受けたような音がした。全員が椅子から立ち上がり…いや、熟睡していたソフィーだけはまだ目をパチクリさせているが…。外では住民の悲鳴のような声もしている。急いで外に飛び出そうとしたトロワ、町長のアリゴの二人の目の前で入り口の扉…だけでなくその壁面が
ドンッッッ!!! 『『きゃあっ!!』』
向かって左方向に吹っ飛んだ。まるでトンネルの出口の様に表の景色が見えるようになる。中にいた全員があまりの出来事に固まる。彼等の眼前に現れたのは…
船。それも大きな帆船だ。全長30メートルを超える外洋型の三本マストの帆船。…のその下に何か…
『ド、ドラゴン?!!』
建物の中から巨大な鱗に包まれた前足と後ろ足が見えた。余りの大きさに前後が見切れているが、明らかに巨大生物の左前足と左後ろ足が見えた。その左前足が地面を擦るように前に動き、力強く地面を噛んでその巨体を前方に繰り出す。後ろ足は前足が引かれた時に前に導かれ同じく地面を踏みつけると前足よりさらに力強く巨体を送り出す。その足は体側から横に突き出て関節部分で下を向いている。前後とも。後ろ足の方が二回りは太そうだ。ただその足の大きさが…人の背丈の倍程もある。その足の付け根には前後共大きなクランプ(物を挟んで固定する締め具)の様なものが取り付けてあり、固定している物が…帆船、であった。全長30メートルを超える外洋を旅するクラスの船をである。それを巨大な全身鱗だらけの生物が背負っていた。まさに、リュックサックかランドセルの様に背中に乗せて歩いているのである。やがて、その巨大な足が前進した後に根元の太い尻尾が見え出してきた。胴体とほぼ同じ太さの尾。それが少しずつ細くなって行くのが巨大生物の移動とともに見えてき…
『すと~~~~っぷ!!!』
巨大生物がピタッと止まった。
『ばっく、ばっく、ばっくっ!』
巨大生物が前後の足を器用に動かして後ずさりする。すると船首と共に帆船を担いでいる巨大生物の口と目が同時に見え出した。目は頭部の一番高いところにありその巨体には似つかわしくない程小さめ。その瞳孔は縦長で針のように細い。その目の下にある口は目の位置よりも身体に近い位置から始まって複雑な曲線を描きながら体の先端に向かって延びている。その口には人間の足ほどの大きさの牙が上下びっしりと生えている。誰もが何があってもこの生物に嚙まれたくないと思うだろう。
『はいそこっ、いい子ねクロコディルちゃん♡』
ぴたっ …ずんっ
巨大生物の動きが瞬時に止まった。そのまま腹を地面につけ動きを止める。かなり飼い慣らされた犬でもここまで従順ではないのではないか。尻尾は左右にぷるぷると振られている。犬の仕草にとてもよく似ている。…その尻尾の動きで家が三軒ほど吹き飛んだが。その巨大生物は半目を閉じて一休みと言った風。満足げに見えるのは気のせいか?
『そこかなぁ〜〜〜?』
船首の甲板のあたりから声が聞こえる。見上げると船の外側に手摺があり紫色の服を着た女性が手摺から身を乗り出して建物内をのぞき込んでいる。ふわりとしたヴェール状の服を着ていてその服に金糸の刺繡がびっしりと入っていてそれはそれは高級感に溢れていて美しい。しかし女性の挙動はその服に似合わずとても子供っぽい。船の手摺を右足で跨ぎ両手で手摺を掴みながら目一杯頭の位置を低くして建物内を覗き込んでいる。大人の女性としては大分はしたない仕草だ。
…しかし、目力は凄い。銀色にギラギラ光っているようにも見える。その女性はドゥーエとソフィーの二人を交互に見比べ、
『あら?どっちかしら?』
首を捻った。比喩ではなく本当に首を真横になる位まで横にして考え込んでいる。
『その娘っ子二人、魔法を使うわよね?ちょっと魔法を使ってみなさ〜い♡』
指名されたソフィーはビクッとなったが、が恐る恐ると言った感じで聞き返す。
『…すみません、貴方はどなたですか?』
これだけ町に大災害をもたらせた者に向かってどなたもないものだがソフィーは真剣だ。それを聞いた女はキョトンとして
『わたし?私は東方三賢者が一人ミラよ。我が盟友ジェダに頼まれてこの地に調査に来たのよ♡』
さも当然と言う風にミラと名乗った女は胸を張って自慢げに言う。まさに文字通り胸を張って体をそらせているので鼻の位置が体で一番高くなっている。これが鼻高々と言うことか。
『ジェダがね、ひっさしぶりに連絡して来たと思ったらこの地で起きている大規模魔力が気になって仕方がないって言うのよ。ジェダに頼まれ事されるなんてとっても珍しいし、そう、仕方ないじゃない?私が一肌脱いであげようってわけ♡いっひっひっ♡』
そこでミラはピタッと止まる。
『…?あっはっは?くっくっく?ほっほっほ?』
ミラは考え込みながらしゃがんでしまった。かなり気になるらしい。首を何回も捻っている。
__あれは…もっと南の方にいる鰐って生き物じゃないかなぁ?思ったより大きいんだな。気付かなかった。
ミツキがトロワの肩の上で腕を組みながら呑気に言う。この巨大生物の歯の隙間にも引っ掛からない様なサイズの癖に、明らかに上から目線だ。…図々しい?
『あのぅ、それならば多分こちらのドゥーエの事ではないかと思うんですけどぉ…』
ソフィーが両手でドゥーエの方を指し示す。…ソフィーの方がミツキより状況認識能力が高いようだ。ソフィーに指名されたドゥーエは鼻水が出る程驚愕し、慌てる。
『あ、あたし?!!そ、そんな滅相も無い!』
(あ〜〜〜んっ、やっぱりソフィーも私の敵〜〜!!)
ドゥーエの中でソフィーの評価が確定した。しゃがんで考え込んでいたミラがはっと思い出したように立ち上がる。
『あ、そうそう、忘れるところだった。じゃあ二人とも乗ってくれない?ジェダのところに連れて行くから♡』
ソフィーとドゥーエの二人ともが同時にビクッとする。これ位嫌な指名もないだろう。
『わ、私達を連れて行ってどうするんですか…?』
ドゥーエが恐る恐る聞く。自分がどんな扱いをされるかも気になったし、何となく喋っているうちは危害を加えられないんじゃないかと言う淡い期待もあった。
『う~ん、ジェダの妖術は良く解らないのよねぇ。多分バラバラにして何かと混ぜ合わせると思うんだけどぉ…』
その言葉を聞いた瞬間ソフィーとドゥーエは一瞬で顔色が真っ青になる。…失禁してないといいが。
*
『ミラ、ミラ、ミラ!ジェダ、ヨンデル、ミラ、ヨンデル』
見慣れない小鳥が船の舳先に止まって鳴きだした。ミラは知らなかったがハチクイと言うエウロペと暗黒大陸を渡る渡り鳥である。ブロンズ、白、黄色、グリーンと体色がカラフルな美しい小鳥である。…ただ、この小鳥は本来眼球が赤いのだがこの個体は緑色の眼球をしている。
『あら?…ら?……らら?随分と久しい名前だねぇ。ジェダ。う~~~ん…』
ミラは感慨に耽ろうとしたがミラはそもそも“感“というモノ自体が理解出来ないでいた。これはミラ達東方三賢者の誕生にも関わる事なのだが…
ニンゲンと言う生き物は不思議な生き物だ。実に意味の無い、不必要な事ばかりするし、したがる。目や顔の皮膚から体液を出し、口から懇願の言葉を並べる恐怖の“感”情。これはミラが接触した殆どの人間が見せた“感”情。ミラの能力はニンゲンに使用するには都合が悪い能力なので、そもそも材料としてニンゲンには興味がなかったので殆ど殺処分とした。その際にニンゲンが表現したのが恐怖と言う“感”情だ。ジェダはこのニンゲンを材料として妖術を駆使していたので必要な分だけは確保していた様だがそれ以上のニンゲンはミラと同じく殺処分していた。ニンゲンとはミラ達東方三賢者にとってその程度の生物だったのだ。
しかし、ある時殺処分したニンゲンの荷馬車の中からニンゲンの幼体が出て来た。当時のミラは今と違って自分の外見に対してまるっきり興味が無かったのでミラの素体そのまま、いや、その素体も長い月日に体表が酸化して青緑色になっていた。ニンゲン共はそのミラの外見自体も恐怖の対象としていて恐れ慄いた。それなのに…
その幼体はミラの足に縋り付いてきた。背はミラの腰ほども無い。足にしがみ付いたまま
『…ありがとう…助けてくれて』
と言った。聞き馴れない言葉を言った。ミラを見上げてくるその顔は何時ものニンゲン共と同じで目から体液を出していたが、表情がこれまでのニンゲンとは明らかに違った。
『?……??』
ミラにはその表情が理解できなかった。よく見るとそのニンゲンの幼体は両足に鉄輪を付けられ、その輪が鎖で繋がれていた。どうも闘争防止の為の道具らしい。音が煩いし見た目にも邪魔なのでミラがドーナツでも割る様に簡単に鉄輪を引き裂く。そうするとそのニンゲンの幼体はさらに表情を崩してミラに聞きなれない言葉を投げかけてきた。
『ありがとう、お姉ちゃん』
そのニンゲンを飼い出したのはあくまで興味本位だった。強いて言えば子供が小動物や小鳥などを飼うのに等しい。…いや、愛玩として可愛がる気も持っていなかったのでそれ以下だったかもしれない。
そのニンゲンの幼体は雌だったようだがすぐに大きくなった。それに餌も少量で済んだので飼うのに手間がかからなかった。特にハチの巣からとれた溶液を好んだ。それを食べる時は特に口角を上げ、目尻を下げたぱっと見だらしないとも言える表情で食べていた。それにいつもミラと一緒に食事を取りたがった。ミラ自身は殆ど食事を必要としない。時たま銅鉱石の含有量の高いものをかじる位で、それもどうしても必要と言うほどの物でも無い。ミラが銅鉱石をガリガリかじっていると最初は驚いたようで目をぱちくりさせていたが、一緒に食べていると言うことがいいみたいで脈絡のない話を目まぐるしく表情を変えながら続けていた。その表情どれもがミラの見た事の無い表情ばかりでそれが僅かながらもミラの興味を引いた。
そのニンゲンの雌はミラの青緑色の体表を掃除したがった。布でかなりの労力をかけて擦る。布を水に浸して擦る。その濡れた布に塩を含ませて擦る。このニンゲンの雌は極端に力が弱いのでかなり労力がかかっていそうだが、ニンゲンの雌は口角を上げて様々なことを喋りながら毎日ミラを掃除した。一番最初にミラの全身を掃除し終えたときに光沢をもったブロンズ色に輝くミラを見て
『…綺麗…』
と息を深く吐きながら言ったのがミラの記憶に残った。その時のニンゲンの雌の目も初めて見る表情でミラの興味を引いた。
…しかし、そのニンゲンの雌も僅か70年余りで皺だらけになり生を終えてしまった。自分が死ぬというのにそのニンゲンの雌はミラの手を握りながら何度も
『…有難う…』
と言葉を発して生を終えた。ニンゲンの雌がさんざん使っていた言葉だがミラには最後まで意味が解らなかった。
ニンゲンの雌が死んでからのミラも今までと同じく淡々と作業を続けていた。…はずだったのだが何かが足りない。材料?時間?呪術力?ミラには答えが出なかったが、時が経つにつれミラの思考の表層にはっきり表れるようになってきた。
(…足りない……足りない)
何が足りないのかは理解できていなかったが、はっきりとミラの思考に刻まれるようになった。
…ミラの身体の奥、丁度中心のあたりが質量が足りなくなった?頭の奥の質量が足らなくなった?ミラには判断できなかった。高純度の銅鉱石をかじってみても、いつもより多くかじってみても、
(…足りない…)
表層に浮かんでくるその思考。それと共に何故かある映像がミラの思考に浮かび上がってくるようになった。
それは…ニンゲンの雌だった。足りないと思う思考の後に何故かニンゲンの雌の画像や動画がミラの思考の中にポップアップしてくる。その頻度が日増しに多くなってきて、とうとう最後にはミラは作業が出来なくなってしまった。ミラの長き生の中で初めての事だった。ニンゲンの雌の細かく変わる表情。意味をなしてない言葉の羅列。明らかに必要無い動きや動作。それらが目まぐるしくミラの意識に浮かび上がってくる。これは理解出来ないモノを理解しようとせず放置したミラへの罰なのか?ニンゲンの雌がいなくなってからミラの身体を磨く者がいなくなり今やすっかり青緑色に戻っている体表を見つめながらミラは考えた。
(…足りない)
ミラは体表面を撫でてみた。何かしようと言う意志があったわけではない、作業が出来なくなって久しいので余力のある労力を僅かに割いただけである。…しかし、ミラの力と能力の影響もあり撫でた部分の体表面から青緑色の物質が一瞬で剥がれ、ブロンズ色の本来の体表面が見えた。その部分が太陽の光を反射してキラキラと輝く。まばゆい程。
『…きれ…い?…』
ミラは自分が音声を発しているのに気付かなかった。が、はっきりその言葉はミラの口にあたる部分から発せられた。いつかニンゲンの雌が発した言葉だ。…何故かは解らなかったがミラの中で質量が僅かに回復した様な…
そのまま、今度は両手を使って体表面を撫で擦る。みるみる付着物が落ちていく。全身ブロンズ色に光り輝くまで何分もかからなかった。
『…きれい…?』
ニンゲンの雌の表情が思い出される。ミラは自分の身体を見下ろす。身体、右腕、背中と視線を移したときに首と背をそらす格好になる。そのまま自然と両腕を軽く広げ右足の膝から下が反るように浮く。図らずもそれはニンゲンの雌が生前よくやっていた仕草で、ミラはその姿勢になってからそのことを思い出した。そういえば人間はそのままくるくると回っていたはず…。なのでミラもそのまま体を回転させようとした。
すてんっ
少し動作に無理があったようでミラは尻もちをついて格好で転んでしまった。尻もちをついて両腕を身体のやや後ろでついて体を支えている格好だ。やや行儀が悪いがこれもニンゲンの雌がよくやっていた仕草。…そしてまた、僅かばかりミラの体内で質量が戻ってきた様な…
…そのままミラは、ミラの中で一番理解の出来なかった行動をいつの間にかしていた。
『…ふふふ、ははは、くく、きゃは!』
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