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「嘘の始まり」

 剣と魔法が栄えるホーニン王国。そこは、魔物を率いる魔物に脅かされていた。しかし、彼らを討伐する使命を受けた勇者と呼ばれる人間が生まれることで国には変化が訪れる。

 勇者の名はユーリヤ。黒かった髪を無理に金色へ染めた彼は今、魔王討伐をしていた。というか、すでに終わってしまった。

 「やったね!ユーリヤ!」

 「僕達成し遂げたよ…!」

 仲間達は達成感でスッキリした表情だが、ユーリヤは違う。彼の体には疲労が襲いかかっていたのだ。

 というのも武器である聖剣は見てくれも良く、攻撃力も申し分ないが大きな欠点がある。何とこの聖剣、使用者の体力と寿命を消費するらしい。

 つまり聖剣を使うたびに彼へと肉体的疲労と精神的疲労が向かうのだ。たまったもんじゃない。だが、仕方ないらしい。勇者だから。聖剣を使える唯一の人だから。


 「早速国王に報告してこよう!」

 「うんうん!外では騎士団の人達も戦い終えたはずだし、一緒に帰ろう!」

 おかしいな。はじめの頃は幼子よろしく、戦闘のたびにこちらの心配をしてくれたのだが。今や、倦怠感で片膝をつく自分に目もくれず仲間達は帰ろうとしている。

 別に彼らが薄情なのではないはず。勇者として生まれたユーリヤは体を鍛え抜き、かなりの頑丈さを誇る。仲間たちは旅をして行く中でユーリヤの頑丈さを知ったのだ。ある種の信頼だろう。

 

 「は、はぁ。あー、くそ…。こ、こんな苦労してまで、ゆ、勇者なんかなりたくなかった…大体何で生まれた瞬間から職業が決められてんだよ。選択する自由はねぇのかよ…」

 勿論、勇者という立場から逃げる機会はあった。が、親や周囲の期待を無下にするのは忍びなかった。言ってしまえば、自業自得だ。

 周りに従って、勇者様勇者様と道を作られて生きてきた。きっとこれから国王の下へいっても今までのように流されて生きるだろう。

 「なんか腹立つな。いいよな?遅めの反抗期ってやつに入っても…」

 子供じみた言い方をしたユーリヤは決めた。これからは好き勝手に生きてしまおうと。

 

 それならまずはどうしようか。と考えている所に聖女と呼ばれる魔法に長けた、セシスが話しかけてきた。

 「大丈夫ですか、ユーリヤ。」

 彼女は優しい。人を治癒する魔法を使えるということもあって、常にユーリヤに気を配っているのだ。

 ユーリヤは頑丈だが、彼女曰く「目に見える傷よりも、見えない傷の方がずっと恐ろしい。」らしい。そのため、怪我をしにくいユーリヤにはいつも話しかけてくれる。

 単純童貞勇者ユーリヤは自分に優しい人は大好きであった。なんと言っても、彼女は無茶振りについてきてくれるのだ。好感度は限界を超えて無限に至っている。

 そうだ。好きに生きるなら、彼女を自分のものにしよう。ものにするのは彼女だけでない。大嫌いな勇者の権限を使いハーレムを生み出し、酒池肉林の限りを尽くすのだ。

 

 思い至れば脱兎のごとく。ユーリヤはセシスの編んで束ねられた髪に手をやり、迫る。

 「セシス、大事な話がある。」

 「大事な話なら国王へ謁見してからにしませんか?」

 「俺は旅の中でずっと思ってたんだ。」

 「だから、まず国王へ」

 「お前はいつも俺のことを気にかけてくれてたよな。」

 「え、無視ですか。」

 「それが嬉しかった。俺を大事にしてくれるお前が、俺は大事なんだ。だから、」

 彼女の金色の瞳に自分の黒い瞳を合わせる。瞳にうつった自身を眺める。なんてロマンチックな状況なんだ。

 「だから俺はお前が好きだ。俺と一緒に生きてくれ。」

 「お断りです。」

 「うん?」

 

 オコトワリデス?デスなんて物騒な言葉だな。照れてしまって上手く話せないのだろうか。

 そう思ったユーリヤはセシスの頭に手を乗せて言う。

 「照れてるのか?安心しろよ。これからじっくり2人の時間があるんだからな。」

 ポンポンと頭を優しく叩くユーリヤの手はセシスに振り払われてしまった。うざったい虫を避けるように。

 「髪が崩れるので頭に触らないで下さい。私は貴方と恋人になる気はないと言ったんですよ。」

 「恋人になる気はない!?あんな思わせぶりなことをしておいて!?」

 「思わせぶりなことってなんです?そんなことしたことありませんよ。」

 「いやいや!戦いが終わったら真っ先に俺のとこに来てくれたり!朝飯をつくったら滅茶苦茶褒めたり!」

 「戦闘の後、貴方のもとへ行くのは勇者を回復する仕事のためですし。朝食づくりを褒めたのは、いつもしない貴方にもっとしてほしかったからですよ。まぁ、片付けは私がしましたし、あの後朝食も全然つくってくれませんでしたが。」

 

 「そ、それじゃあ何でいつも無茶振りに付き合ってくれたんだよ。」

 「貴方が必要だからです。」

 「!!」

 「正確に言うと貴方の体ですかね。」

 「!?」

 思わず後退りする。まさか、優しい聖女様の正体は他人の体を狙う女豹だったとは。

 「…。俺も男だ。来るもの拒まず。だけど!初めてだから優しくして!」

 そう言ってボタンを外し続けセシスに体を預けようとしたが、チョップが飛んできた。

 「痛っ!?優しくして!?何で攻撃すんの!?」

 「攻撃じゃありません。回復です。」

 「俺、叩かれて癒される趣味何かねぇけど!?」

 「知らないんですか?頭を治すのには叩くのが一番なんですよ。」

 「別に頭は壊れてねぇよ?」

 

 「ふしだらな聖女だと思われたら嫌なので、一応弁明しますが。私は貴方に性的魅力を感じてはいません。良いですか、貴方の魅力はただ1つ。聖剣を唯一扱える体を持つということだけです。」

 「それだけ!?」

 「はい。貴方が亡くなった後、私がその体を操れば聖剣をも扱えますから。」

 「聖女ってよりネクロマンサーじゃん…何で聖剣の力何か欲しいんだよ。お前は平和が何よりだって言ってただろ?だから聖女として人を癒せて嬉しいって。」

 「勿論、平和が一番ですよ。だからこそ圧倒的力を持っていて損はないじゃないですか。」

 「なるほど!お前、武力で平和的解決をしようとする質だな!?」

 「話聞いてました?武力はあくまで手段の一つです。」

 「一緒に旅してきたっつうのにこんなバイオレンスシスターだとは思わなかった!」

 「だから、話聞いてます?」

 「いってぇ!?」

 

 再び頭の荒治療を受けたユーリヤ。効果はあったのか、忘れかけていたことを思い出す。

 「あれ?俺振られてね?」

 「数分前に振ったばかりですが。もう一度頭の治療をしておきますか?」

 「やめて!やめて!暴力反対!」

 

 状況を改めて飲み込むと悲しさがやって来る。自分はセシスに振られてしまったのだ。その上、いつも見ていた温和平和主義聖女は、バイオレンス武力行使シスターだと判明した。

 好き勝手生きると言った数分前の自分よ、すぐ後の未来はそう良くはないぞ。


 悲観に暮れているユーリヤへ声が掛かる。かけたのは温和平和主義聖女ではなく、倒したはずの魔王だった。

 「は、はは。無様だな、勇者よ。貴様も我と同じように愛になど生きれぬのよ。」

 「生きてたの!?お前!?」

 「ふっ、ずっと聞いておったわ馬鹿者め。何なら貴様の一世一代の求婚を再演してやろうか?」

 「や、やめろー!そんなことしたらすぐ殺す!いや、する前に今殺す!」

 

 情けない勇者の姿を前に魔王は依然として神妙な顔つきで語り続ける。

 「殺す…か。それは貴様の意志なのか?」

 「は?そりゃあ。だって、生かしてたらさっきの俺の真似すんだろ?」

 「そういう意味ではない。そもそも貴様は何故、我の討伐に来たのだ?」

 「俺が勇者だからだよ。」

 「ならば、それは貴様の意志でなく使命が理由であろう。」

 「確かに…」

 「哀れなものだ…貴様は役割に殉じて生き、そして死ぬのだからな。我のこの姿こそ貴様の辿る道だろうよ。」

 「俺、人間だけど?もしかして、これからお前みたいに魔物なんの?」

 「姿ではない。生き様よ。我は生まれてから魔物を率いる魔王として使命を与えられた。そして、この様だ。」


 自嘲する魔王は戦っていた時の姿を思い出せないほど小さく、そして寂しく感じた。

 話をしてみれば、案外会話のできる奴だと分かったからか。それとも、同じ境遇にシンパシーを感じてしまったからか。

 手を伸ばし、突き抜けた天井から見える星空を掴もうとする魔王に、勇者は言ってしまいたくなった。

 「ムカつかねぇのか?」

 「我がか?」

 「あぁ。勝手に役割押し付けられて、従ったら討伐とか言われて殺されるんだ。そんなのムカつくだろ。というか、俺は今、ムカついてる。」

 

 例え、流された結果だとしても互いに勇者と魔王という役は果たせただろう。ならば褒美は欲しいし、文句もいいたい。

 強欲なユーリヤと違って魔王は褒美を求める気力も、文句を述べる気力もないようだった。

 徐々に瞼を閉じて、弱々しくなる魔王は蚊の飛ぶような声でユーリヤと話そうとする。

 「…勇者よ…。腹を立てた貴様は…これから…どうするのだ…。」

 「どうって、好き勝手にすんだよ!今さっき振られたばっかだけどな!」

 「…そうか…貴様が暴れる姿…見届けられないのは…残念だ…」

 

 「…」

 魔王を殺すだなんだと言っていたユーリヤだったが、流石にこれ程弱った様を見て追い打ちをかける気は起きなかった。

 むしろ、助けたいだなんて思ってしまった。だって、境遇がにていて、話せば案外分かる奴で。

 ユーリヤは、単純な勇者は、そう思って言ってしまった。

 「セシス、魔王を助けてくれ。」

 

 「え!?もしかして、絆されたんですか!?」

 「……。あぁ!そうだよ!流石に、ありゃあねぇだろ!」

 「魔王が真実を口にする根拠なんてありませんよ!妄言かもしれません!」

 「それならそれでハッピーだから良いよ!とりあえず、あいつが死ぬ前に早く回復してくれ!」

 「いくら仲間の頼みでも無理です!彼は平和を脅かした存在ですよ!?」

 初めてセシスに頼み事を断られた。いや、告白をカウントすれば2回目か。なにはともあれ、ユーリヤは決めたのだ。好き勝手に生きると。

 魔王には死んでほしくない。そう思ったから、そうする。だが、セシスは、平和主義な聖女はそれを許さない。ならば簡単だ。

 

 「魔王を治さねぇなら、王国中で暴れまわるぞ!それか聖剣で自害する!」

 「な!?それは卑怯です!」

 「なら治してくれ!」

 平和を愛する彼女にとって最悪な選択。求める聖剣の力によって平和を壊すか、その力自体を使い物にならなくしてしまう。

 聖剣の威力は絶大だ。勇者といえどもたかだか人間のユーリヤは、その攻撃に耐えられるはずもない。加減によっては死体すら残らないかもしれない。

 聖剣の力と、平和。2つを求めるセシスにとって魔王の治療は最早必須であった。


 直ぐに快諾すると思えたが、セシスの意志は固かった。彼女の中では決断が難航していた。

 眉間に眉を寄せて、不愉快そうに口を歪める彼女の姿は初めて見た。自身の選択が理由といっても、こんな表情はさせたくなかった。

 「…。完全に治せっては言わねぇ。だから、せめて歩けるくらいにはしてくれないか。」

 「それで、どうするんですか。」

 「………。あいつと一緒に話したい。出来るなら、同じ宿で飯食って、寝て、起きて、過ごしたい。」

 


 なおも渋る彼女に痺れを切らして、思いの丈をぶつける。

 「なぁ、セシス。魔王ってホントに倒さなきゃいけない奴なのか?」

 「……。そうです。平和が脅かされますから。」

 「でも、あいつ話ができたんだ。なら、一緒に平和に生きることだって出来るはずだろ?言葉が通じない魔物だって、会話出来るあいつがいれば大人しくなるかもしれないし、」

 「それは、私達が考えることではないです。もっと頭の切れる学者が卓上で思案することです。」

 「俺は!あんな寂しそうな奴を魔王だ何だっていって、このまま殺したくねぇよ!」

 

 慣れない理論武装をしたが結局のところは感情が、心が、魔王を死なせたくないといっていた。だから、勇者は言った。魔王を助けたいと、聖女に。

 「…。」

 「…。」

 2人の見つめ合う時間は長く感じさせたが、実際にはたった数秒である。

 「…分かりました。ただ魔王を完全には回復させませんし、こちらで封印をします。」

 「封印?」

 「はい。念の為、彼の力と記憶をです。そして、彼と過ごすのならば姿を変えなければいけません。」

 「……。それなら、怖ぇばぁさんからもらった薬がある。飲めば、人間になれるっていう。」

 

 懐を探って小瓶を取り出す。これは魔女と名乗る老婆から受け取ったものだ。希少品ということで残しておいたが、ここまで使うことはなかった。

 納得したようなセシスは決断を下し、魔王に近づく。

 「ヒール!」

 唱えると周囲が温かな光に包まれる。この場には不相応なほど優しい光。それに頼ってしまったこと、それはユーリヤに僅かな痛みを覚えさせた。本当に、身勝手な話なのだが。

 

 光が収まらない内にユーリヤは魔王へ近づき小瓶から薬を飲ませる。これで、魔王とまた話ができる。

 「…。ユーリヤ。言っておきますが、私は貴方たちを監視します。もしも、魔王が再び平和を脅かす素振りを見せれば即座に手をくだします。」

 これが、彼女の最大の譲歩であった。

 「あぁ…。悪い。ありがとう。」

 「謝罪は受け取りますが、感謝はいりません。魔王を魔王の使命から外させること、それが一番の感謝です。」

 「分かった。」

 

 ここに、勇者と聖女の密約が交わされた。

 この日をもって、魔王は討ち滅ぼされたと、共に嘘をついていくという密約が。

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