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水面下では色々あるのだろうが、俺の日常は平和になった。
高貴な方々からの呼び出しもなく、たまにすれ違う男爵令嬢に睨まれるくらいで、気の置けない友人達と学生生活を楽しんでいる。
俺から知らされた今後貴族界隈が騒がしくなるかも、との予想を聞いた姉ちゃん達は積極的に動いているのか、最近は実家に帰ってくることも少なく、親父達は高位貴族のご令嬢方の買い物ラッシュを期待してか、高品質だけど今まではあまり売れてなかった生地の買い付けに奔走してる。
婆ちゃんは、今も続いてる低位貴族令嬢方の買い物ラッシュを、何とか常連になって貰えるように気合いを入れて商品の知識を増やしてる。
俺と爺ちゃんだけが置いてきぼりだが、爺ちゃんは爺ちゃんでなにやら企んでいるらしく、のんびりしてるように見せ掛けて、頻繁に手紙を出したりしてる。
そんな中、友人の一人である子爵家の四男マシューが、真剣な顔で相談を持ちかけてきた。
「これはまだ打診されただけなんだが、さる伯爵家の跡継ぎ令嬢から縁談の話が我が家に来た」
納得いってない顔で言うマシューに、他の友人達が真剣な顔になる。
「マシューの家って、そんなに裕福じゃなかったよな?」
「領地もだいぶ田舎だって言ってたよな?」
「言葉は悪いが、そんな家の四男に跡継ぎ令嬢から縁談話が?詐欺か?」
「父上達もそれを疑って調べたらしいんだが、本物らしい」
予想した通り、高位貴族の令嬢方の婚約の白紙や破棄が進んでいるのだろう。
まだ公に発表にはなっていないが、既に次の婚約に向けて各家での選定が始まっている様子。
マシューは元々四男なので、文官を目指して勉強には真面目に取り組んでいた。
特待生の俺よりは下だけど、成績はかなり良いほう。
見た目は地味だが真面目でコツコツ努力することを苦にしない性格は誠実でとても良い奴である。
「良いんじゃないか?お受けすれば?」
「いや、だが、俺は四男だぞ?三男の兄貴もまだ婚約者が決まってないのに」
「マシューのすぐ上の兄貴は、うちの次男と同じ騎士団に居るんだろう?だったら武力よりも実務能力を買われたんじゃないか?」
「「「あー」」」
「マシューは成績良いもんな?地味顔だけど」
「ああ、真面目なところを買われたんじゃないか?地味顔だけど」
「地味顔だけど、誠実そうだし婿としては良いんじゃないか?」
「うるせー!地味顔地味顔言いやがって!ミック以外は大して変わらない、お前らだって地味顔だろうが!」
「顔の事は言うな!ミックと比べることが間違ってる!」
「「そうだそうだ!ミックと比べるな!」」
「まあ、綺麗な顔をしてる自覚はあるが、見た目だけ褒められても」
苦笑と共に言えば、両頬と鼻を引っ張られた。
近くに居た令嬢に悲鳴をあげられた。
「くそ美形め!」
「鼻曲がれ!」
「蜂に刺されろ!」
「転けて顔面ぶつけろ!」
「酷くね?そんなに良いもんでもないんだけどな~?」
「地味顔に喧嘩売ってる?」
「その上成績も良いし」
「そつなく何でもこなすし」
「家はそこそこ金持ちだし」
「まあそうだけど。やんごとない身分のご夫人につばめにならないかって言われたり、肉感的なご夫人に一晩相手しろって言われたり、わたくしのペットになりなさいとか言われたり。平民の俺が断るのは命懸けなんだぞ!」
「「「何でご夫人ばっかり?」」」
「あー。あれか、近くに置いて見せびらかしたいってことか?」
「そ。ペットとか珍しい宝石とか?」
「でも学園でも告白とかされてんじゃん?」
「まあ。でも実際に会うと、やっぱりいいです~!とか言って付き合う話しにはなったことがないな」
「そりゃ、遠目から見て格好いい!と思っても、実際に目の前にして、付き合うとなると、この顔の隣に立たなきゃいけないんだぞ?相当自信過剰な令嬢じゃないと無理だろ?令嬢だって自分が引き立て役にはなりたくないだろうし」
「しかも俺、平民だし?」
「「「あーー」」」
話は逸れたが妙に納得された。
婆ちゃんは若い頃、それはそれは絶世の美女だった。今は多少シワやたるみが出来て、それでも美女と言える程の美貌は保ってる。
そんな婆ちゃんの若い頃にそっくりらしい俺の顔面は、観賞用には良いが、令嬢としては隣に立つのは嫌らしい。
ご夫人方にしてみれば、アクセサリーの一種やペットとでも思ってるのか、自身の美醜は関係無く、綺麗なものを持っている事を自慢したい感じ。
勿論そんな思惑には乗らないが、断るのは至難の技。
学園入学後はほとんど無いが、入学前には度々誘われたし、ほとんどの場合ただただ眺められたり、断りきれずに参加させられたお茶会では、大人しく菓子を食べさせられたりするくらいで済んだが、中には毎回のようにお茶会に連れ回そうとしたり、令嬢が着るようなドレスを着せたがったりするご夫人も居たり。
俺だってそれなりに苦労はしているのだ。
そんな話を友人達に愚痴ったら、震え上がり、慰められた。
そして顔の事は二度と言わないと約束された。
そこまでは言ってない。
友人とはいかないまでも、同じクラスで何度か言葉を交わした事のある伯爵令息や子爵令息、男爵令息達にも、次々に婚約の打診が来ている、と噂になった。
本格的に婚約の破棄や白紙になる前に、目ぼしい令息に声が掛かってる様子。
まだ打診でしかないのは、婚約破棄や白紙になっても、すぐに次の婚約、とはならず、少なくとも三ヶ月程期間を空けるのが慣習だから。
破棄や白紙後すぐに別の人物と婚約してしまえば、前婚約者に不貞を訴えられてしまう場合もあるからとかなんとか。
貴族とはその辺も体裁を考えなければならないので、とても大変そう。
まあ、その空いた期間に打診した相手と交流を持ち、お互いの事をより良く知りましょうって事らしいけど。
なのでその空いた期間に何人と誰と会おうと不貞とは言われない。
婚約が済んだ後に、別の人が良かった!等と言うのは即不貞扱いにされ、慰謝料騒ぎになったりもするし。
貴族間ではその空いた期間を見極め期間とか猶予期間と言うらしい。
幼い頃に家同士で決められた婚約は、この見極め期間が無いからこそ、失敗に終わるケースも結構あるとか無いとか。
婚約とか婚姻ってのは、貴族の家同士を繋ぐ一番手っ取り早い手段の一つなので、家同士互いに利益を見込めるならば、いち早く手を組むのは手段としては悪くない。
ただしそこに婚約した本人達の意思は考慮されてない事が多い。
一昔前は、家を繁栄させる為に犠牲になれ!耐えろ!って教育され不幸な結婚生活に耐えて耐えて耐えて精神を病んでしまったり、修道院に自ら駆け込む夫人も少なくない数居たとか。
そんな事情から、最近では本人達の意思も確認され、家族ぐるみで仲を取り持ち、円満な関係を築くようになっているそうな。
ただし、幼い頃の性格とある程度育ってからの性格が同じとは限らない。
なので、学園卒業時までの婚約の破棄や白紙は、そこまで問題視されることはなくなってきた昨今。
高位貴族の婚約が危うくなった影響で、男爵令嬢に侍ってる高位貴族の令息達以外にも、次々に婚約の見直しがされてるらしい。
そりゃ、狙ってたけど既に婚約が決まってた令嬢方が、こぞって婚約が破綻しそうだとなれば、今の婚約を見直してでも高位貴族のご令嬢を狙うチャンスと張り切る貴族家は多い。
そして家同士の利益優先で決められた婚約が破綻したとなれば、それを決めた当主の立場も微妙になり、令嬢方に次の婚約を強要出来ないって事にも。
それを理解している令嬢方は、焦って次を決めるよりも、相手を見極めようと令息達の調査とか、交流とかを積極的にしてる。
大概の母親は、人選に失敗した当主よりも娘の味方に付くので、情報収集の為のお茶会などが頻繁に行われてたりもする。
そうでない母親は、婚約が破綻しそうなより身分の高い令息を狙え!と令嬢の尻を叩いているとか何とか。
家によってその方針は違うので、聞いてるだけで微妙な気分になったりもする。




