7
貴族の人達は表情を読まれるのをとても嫌う。
それはお互いに腹の探り会いをする上で、いかに自分が優位に立てるかにも直結するので、優雅に微笑み、余裕を持って話を進める、ってのが理想。
低位貴族ならば失敗してる話はよく聞くけど、高位貴族ともなれば、内心を読み合うのは至難の技。
更に上、侯爵家や公爵家ともなると、自分に有利になるように、わざと表情を作り損ねたふりまでするそうな。
それを聞いて貴族こえぇ!と思ったものだが、王族ならば更に上だと思ってたんだけど、国王陛下も王太子殿下も表情まんま出てるね?平民相手だから隠す必要がないからかな?その表情は呆れと怒りだよね。
不敬に取られても怖いので凝視してる訳じゃないけど、チラ見してるだけで内心が透けて見える程表情豊かな国王陛下と王太子殿下。
部屋に居る執事の方と近衛騎士の方々は完全なる無表情だけど。
逆に王族ともなると、相手が忖度して気を回してくれるから、表情を隠さなくても良いのだろうか?
映像が終了し、カタンと音がして魔道具が止まると、
「よく知らせてくれた。この記録映像が公爵家や世間に知られれば、内乱ないしは一部暴動にも繋がったやも知れぬ。そなた達の賢明な判断に礼を言う」
王子の婚約者ともなれば、他の高位貴族の令嬢も候補には挙がっていただろうしね。そんな候補に挙がっていた高位貴族の令嬢相手ならまだしも、貴族としては底辺の男爵令嬢相手と言うのは、高位貴族に喧嘩を売ってるようなもんだからね。
先に王族として認知して、処分を下した後ならば、高位貴族にも言い訳が立つ、って事なんだろう。
第三王子殿下としては、肉体関係を予想させる噂も多いし、目撃した、との証言もあるけど、学園内ならば第三王子殿下自身の権力で揉み消せると思ってるんだろうなぁ。
そこにバッチリ証拠付きで、王族、それも第三王子殿下を溺愛していると噂の側妃様ではなく、同じ学園内に居る公爵令嬢でもなく、国王陛下や王太子殿下に直接訴えられるなんて、思ってもいないんだろうなぁ。
今後国王陛下や王太子殿下がどう始末を付けるのかは知らないけど、俺達の役目はここで終わり。
記録した魔道具を渡して帰れば良いだけ。
一目見て不機嫌と分かる表情のまま無言で部屋を出ていった国王陛下と王太子殿下を深く礼をして見送る。
今度は騎士の方の見送りで馬車の置かれてる場所まで来て、そのまま馬車に乗り込み家まで送ってもらう。
馬車を見送り、家に一歩入って、爺ちゃんと二人その場にへたり込む。
「「はぁ~~~~~」」
「あーーー緊張したーー!」
「まったく!生きた心地がせなんだわ!」
「あー、これ一歩間違えば、帰り道に命無かった感じ?」
「その辺は抜かりなく調査はしたが、実の子の事となれば、断言は出来んからの」
「そ~だよね~、調査って言っても、心情なんて測れないもんね~。国王陛下が私情に流されない人で良かった!」
「だからこその王太子殿下の同席だろうよ」
「成る程。そこは陛下も人の親ってことか」
「王太子殿下に取っても弟であることは間違いないが、母親は別だからな。育て方は母親の影響が大きいと聞く」
「第三王子殿下も、あの男爵令嬢に会うまでは優秀って噂だったんだけどね~?」
「ミックは全く反応しなかったのか?」
「前に親父に飲み屋に連れていかれて、散々あの手の女を見せられたから、一目見た時から近寄っちゃいけない類いの女だと思ってたよ」
「しかしよくもまあ、あんなにころころと転がされるもんだ」
「普段周りにいる上品なご令嬢と比べれば、見て分かる表情も、何気なく見える接触も魅力的に映ったんじゃない?」
「平民ならば普通の事が、上位貴族の令息達から見れば、珍しく見えたんかのぅ?」
「あと、学園生だけあって、理性の薄い青少年だからね。女性との必要以上の接触ってのは、初めての経験だろうし、下半身的にも抗いがたいんじゃない?」
「ミックは年寄り臭い事を言うのう?お前も同じ年じゃろうて」
「それはもう、兄ちゃんに連れられて花街のお姉様方に可愛がってもらったからね!プロの方々に比べれば、あんなつたない手管には引っ掛からないよね」
「リックじゃな?騎士団もまた乱れておるのか?」
「そこはプロの元に通ってるだけで、婚約者が居れば自重するようになるらしいよ?騎士団は平民出身の独身者も多いしね」
「まあ、変な女に入れ揚げて、己を見失わんなら構わんがな」
「大丈夫じゃない?リック兄ちゃんもその手の女は散々見てるらしいから」
「貴方達、いつまで玄関で話し込んでるの?早く中に入りなさい」
婆ちゃんの声で、やっと腰を上げる。
仕方無いんだ。爺ちゃんも俺も、緊張し過ぎて腰が抜けてたからね。
◆◇◆
国王陛下に直訴する、なんて大仕事を終えたので、俺は気楽に学園生活を送れてる。
学園内は微妙な空気が継続中だけど、俺にはもう関係ないからね。
巻き込まれないように周囲の警戒は怠らないけど。
俺の友人達は嫡男は少なく、何処かへ婿入りするか、文官になるか、騎士団を目指すか、って奴ばかりなので、将来的な不安はあるけど、例の男爵令嬢に狙われる事もない。
高位の貴族令嬢方は今もまだブローチ型魔道具を身に着けて、せっせと不貞の証拠集めに、身の潔白を証明するために、と令嬢同士の結束を深めている。
ブローチの事で公爵令嬢が男爵令嬢に絡まれてからと言うもの、事あるごとに男爵令嬢が、自分は仲間はずれにされている、こんなことを言われた、あんなことをされた、と被害者ぶって訴えているので、令嬢方は決して一人で行動せず、お互いがお互いの証人になれるよう行動してる。
だからこそ男爵令嬢の取り巻きをしてる令息達には、より一層令嬢方から冷たい視線が送られてる。
姉ちゃん達が暗躍しているのか、低位貴族の令嬢達も、男爵令嬢の取り巻きを警戒して続々と婚約の解消や白紙に向けて動いているようだし、実際に白紙に戻った後で、俺の友人との婚約がまとまった例も少なくない。
友人達にはとても感謝された。
お陰で我が家の商会も盛況で言うこと無し!
と思ってたんだけどなぁ?
ある日学園に登校すると、机の中に呼び出し状が。
宛名がないので無視してたら、次の日も次の日もまた次の日も同じ筆跡の呼び出し状が。
宛名も出した本人の名前もないので、訝しんで無視してたんだけど、一週間毎日入ってる。
内容は昼に校舎東の東屋に来いとのこと。
用件も書いてない手紙。
告白じゃね?と友人達にからかわれたが、告白ならばもっとこう、可愛らしい便箋なり使うだろう?
呼び出し状に使われてる便箋は、高級品ではあるものの、何の装飾も模様もなく、書かれてる文章も黒一色。とても告白のための呼び出しとは思えない。
前に高位貴族のご婦人から頂いた愛人になれ、的な手紙にはむせる程の香水の匂いが染み込んでたし。そんな気配もない。
さてどうしたものか?と思案してたら、教室にお迎えが来た。
相手は三年生を表す赤いタイを着けており、呼び出され近寄った途端、居丈高に、
「何故呼び出しに応じない?」
と睨まれた。
「宛名も差出人も書いてなかったので、私の事か確認が取れなかったからです」
「一週間毎日貴様の机に入っていたのだから、貴様宛だと分かるだろう!」
「呼び出される心当たりが全く無いですし、相手がどなたか分からなかったので、間違いを確認も出来ずに放置する形になりました。手紙を出されたのは先輩ですか?私にどのようなご用件でしょう?」
「呼び出したのは俺ではない。貴様は黙って付いてくればいい」
そう言って歩き出してしまう先輩。
仕方なくついていき、到着したのは呼び出し状で指定されてた東屋。
木々に隠されるようにあるその東屋は、俺が何度か濡れ場を目撃してしまった場所。




