4
この世界には魔法と言うものはあるが、それを使いこなせるのは遠い異国の選ばれた民だけだと言う。
ただし、魔物と言われる化け物を倒すと、その体内から魔力の塊である魔石というのが獲れて、加工して魔道具にすることは可能。
勿論専門の知識と資格が必要で、誰でも作れるような物ではない。
普通なら魔道具師は国に抱えられ魔道具作りをするものだが、たまにカラカルのように仕える事に向いてない者は、魔道具ギルドという所に所属して、魔道具を作っている。うちはお得意様なので、ギルドを通さない依頼も受けてくれる。
あ、同じ様な組織として冒険者ギルドという魔物討伐専門のギルドもあります。
魔物は大概深い森の奥に居るそうなので、俺は魔物も冒険者も見たことないけど。
カラカルの家のキッチンと客室と廊下と風呂とトイレをある程度片付けて、夕飯を作る。
普段からやっていることなので慣れたものだが、この家のキッチンにはたいした調理道具も食器もない。
あるのは冒険者が持ち歩く携帯食ばかり。カラカルの普段の食生活は悲惨の一言。
本人は全く気にしてもいないようだけど。
カラカルは生活無能力者だけど魔道具師なのでキッチンにもカラカルの改良した魔道具はある。
我が家より便利な道具があるのに全く使った様子はない。
これ、持って帰っちゃ駄目かな?と真剣に考えながら簡単な夕飯を作り、カラカルを呼んで二人で夕飯を食べる。
ちぐはぐな食器が不満だが味は悪くない。
メニューは具沢山のスープと柔らかいパンに野菜と肉を炒めて濃いめに味付けしたものを挟んだだけの本当に簡単なもの。
食材が手持ちの物しか無かったからだ。この家の食料は携帯食だけだったし、何か分からない謎の物体はあったけど、それを食べる気にはならなかったし。
目の前でモソモソと食事をするカラカル。
「ミックが女なら嫁にもらうのに」
とか言ってる。
「例え俺が女でも、生活無能力者のカラカルに嫁には行かない」
「生活無能力者だが、そこそこ稼ぎはあるぞ?」
「カラカルが女に騙されてないのは、表に出ないからだと思う。外でそんなこと言ったら、良くない女が乗り込んできそう。まあ、この家を見たらすぐに逃げ出すだろうけど」
「面倒な女は嫌だな~」
「世話焼きな女はだいたい口うるさいよね?」
「それも面倒だな」
「稼ぎがあるなら家事やってくれる人を雇えば?」
「それで以前開発中の魔道具の材料を捨てられたり、庭の薬草を刈られたりした」
「あー。なら弟子とか助手は?」
「俺が人にものを教えられると思うか?」
「あー。でも魔力足らずで魔道具師になれない人を助手にするのは?魔道具の基礎的な事はわかってるだろうし?」
「女は俺が顔を出した途端付きまとい出して、男は嫉妬して辞めてった」
「あー。カラカル隠れ美形だからな~。美形な上に腕の良い魔道具師って、魔力足らずには嫉妬の対象か」
「魔道具ギルドの紹介だったんだが、立て続けにそんなのが来たもんで、以来頼んでない」
「う~ん、その隠してる顔が原因なんじゃない?普段モサモサでモジャモジャなのに、たまに現れる美形って、ある意味詐欺だよね?普段から顔出ししとけば?」
「無駄に女が寄ってくるだろ」
これは嫌味でもなんでもなく事実なので、なんとも言えない。
美魔女な婆ちゃんにそっくりな俺も経験してることだし。
貴婦人につばめにならない?と誘われた回数は両手足の指でも足らない。
平民なのに顔が良いってのは、中々に厄介な問題だ。
まあ、残り2日で出来る限り掃除をしといてやろう。
その後カラカルがどうするかはカラカル本人の問題だし。
掃除に明け暮れた3日間。
掃除の腕も優秀な俺は頑張った。
知り合いだからと値引きしてくれた魔道具の代金以上には働いたと思う。
カラカルも別に不潔を好んでいる訳ではないので、俺が沸かした風呂には毎日入って、髭だってちゃんと剃って、俺が洗濯した清潔な服を着てるし、見違えるように良い男になったし。
魔道具作りに夢中になるあまり、他の事に一切気が回らなくなるカラカルだが、声を掛ければ食事はするし風呂にも入るし、髭も剃るし着替えもする。偏屈だけどそれは仕事に関してだけで、他の事は無頓着ではあるが案外素直。
こんなところも憎めない奴なので、いつかカラカルの世話を上手にやいてくれる人が現れると良いと思う。
帰り道もまた爺ちゃんとゆっくりと話ながら帰り、帰った家は多少散らかってはいたが、カラカルの家を見て掃除した後なので、とても清潔に見えた。
残りわずかの夏休みは学園の友人達と過ごし、また始まってしまう学園生活。
恐るべき事に、ブレンダ男爵令嬢を取り巻く面子が入れ替わっていた。
しかも最悪な面子に。
この夏休み期間中に何がどうなってそうなったのかは知らないが、取り巻きの面子の中に見間違いでなければ、第三王子殿下がいらっしゃる。
それだけでなく、宰相のご子息で公爵家の令息様、やはり公爵家の騎士団長令息様、侯爵家の財務大臣ご令息様、その他にも魔法省大臣の令息がいたり辺境伯令息がいたり、一人だけ伯爵家だな?と思ったら、王家御用達商会のこの国一番の商会の令息だったり。
直視するのも不敬に取られそうな面々が、婚約者でも候補にさえも引っ掛からない男爵令嬢を取り囲んで談笑してる。
俺が唖然としていると、
「あー。あの時ミックが止めてくれて、俺、命拾いしたかも」
「何であんな超豪華な方々が?学年も違うよね?」
「ミックは参加したこと無いか?夏休み中に行われるサマーパーティー」
「未成年の学生が集まるパーティーだろ?平民の俺には関係ないな」
「まあ正式なパーティーってより、友人と馬鹿騒ぎするためのパーティーだから、親しい奴とか顔繋ぎしときたい奴とかしか呼ばないからな。でも低位貴族の俺たちとしては、顔繋ぎの場としては中々重要なパーティーなんだよ。ここで良い縁を結べれば、将来の仕事先になる可能性がないわけじゃないからな」
「なる程ね」
「で、親の目の届かない友人との楽しいパーティー。そんな絶好の場に、あらゆるコネを使って参加したのがあの男爵令嬢ってわけ」
「そしてかる~く転がされちゃった面々ってわけ?」
「転がされ掛けた俺が言うのもなんだけど、夏休み中、お楽しみだったらしいよ?最初にサマーパーティーに誘った子爵家の子息は既に離脱したって噂だけど」
「色々と展開が早すぎないか?」
「うん。ミックのお陰であの時止まれて俺、本当に助かったよ」
ニアが染々と感謝してくる。
ニアのように諦めて離脱出来た奴も多いけど、未だ何とかして男爵令嬢に近付こうとしてる低位貴族の令息達も少なくない数居る。
そんな低位貴族の令息を牽制してる高位貴族の令息。
その中でも最高位と言ってもいい面々に囲まれてご満悦の男爵令嬢。
何とも言い難い状況。
そしてそんな面々を放って置けない方々も当然だが居る。
そんな方々に呼び出された俺は、極度に緊張しながらも、そんな内心は極力見せないようにその方々の前に立った。
無難に挨拶を済ませ、勧められて椅子に座る。
「何の面識もないのにお呼びだてしてごめんなさいね」
最初に口を開いたのは公爵家のご令嬢で、第三王子殿下のご婚約者様。
「いえ。私にどういったご用件でしょうか」
「わたくし達も以前からお噂だけは聞いておりましたの。フラドル伯爵家のキャリー様が、例の男爵令嬢から令息方をお救いになっていらっしゃると。そしてこの夏休みの間に、わたくし達の婚約者の方々が例の男爵令嬢の毒牙に掛かり、骨抜きになってしまった事で、キャリー様の噂を思い出しまして、恥を忍んで相談しましたところ、義兄であるミック様からのアドバイスを実行したのだと教えていただきましたの。キャリー様にもその方法は教えていただいたのだけれど、出来れば直接ミック様からのアドバイスも頂ければ、とお願いに伺おうとしたところに、同じ考えの友人も是非アドバイスいただければと賛同してしまって、申し訳ないのだけどお呼びだていたしましたの」
フラドル伯爵家は姉ちゃんの嫁入りした伯爵家で、キャリーは以前相談に乗った義妹。
それが巡り巡って公爵家のご令嬢様まで届いてしまったらしい。
盛大にため息を吐いて頭を掻きむしりたくなるが、ここはぐっと耐えて笑顔のまま相談に乗ることに。それ以外に選択肢無いし。
「私の浅知恵でお役に立てるかは分かりませんが、お話を聞かせて頂ければと思います」
「ありがとう。心強いわ」
そうして公爵家のご令嬢様が仰ることには、ここに居る全員がお互いを好んでの婚約や婚約者候補な訳ではなく、全員漏れなく政略の絡む婚約なのだとか。
政略の絡む婚約である以上、今のところは特に相手に熱烈な恋慕の情が有るわけでもなく、ただ、夏休みに入ってから今までの、非常識かつ誠意の無い対応に困惑と怒りを感じているとのこと。
これ以上誠意の無い態度を取り続けるのなら婚約の破棄や無効も考えなくてはならないとのこと。
「成る程。皆様の心境としましては、お相手の態度次第では婚約の無効も仕方なしと言うことですね?」
ここは敢えて破棄とは言わない。
我が国は他国とは違って、男尊女卑の傾向は薄く、女性でも爵位の継承は認められている。
全く無いわけではないので、婚約破棄ともなれば、女性の方が傷となる場合も多いから。
「わたくし達の婚約は政略的なものが大半なので、お相手には愛情などよりもまず誠実さを求めます。婚約したからといって、突然愛せる訳ではないでしょうからね。それはこちらにも言えることですけれど。だからこそ将来を約束した以上、最低限の礼儀や誠実さは必要だと思いますの」
「それは当然の事だと思います。もし万が一恋慕う相手に出会ってしまったとしても、それを婚約者の方に伝え、家同士の話し合いをした上で、婚約無効なり解消なりしてから、その恋慕う相手と付き合うべきです。そういった手続きをしないで好きな相手とは付き合う、と言うのは、言葉は悪いですが弄ぶ意味の付き合いが目的か、お相手の方を軽く見ているか、だと取られても仕方ないかと」
「ええ、その通りね。しかもお相手が例の男爵令嬢と言うのも問題ですわね」
「家格の差はこの際置いておいても、あまりに多くの令息方に囲まれて、それはそれは好き勝手しておられるようですからね」
「ええ。どなたか特定の方と真摯に想いあっておられるのなら、応援も出来たでしょうが、あの様に複数の男性に囲まれることを望まれ、どの男性にも満遍なく密着されるなど、とてもはしたない行為を堂々とされて」
令嬢方の顔には怒りよりも嫌悪の表情が隠しきれていない。
それでも感情に任せて虐めや嫌がらせなどに走らない自制心はある様子。
まあ相手への呆れや諦めの方が大きい感じかな?ここで俺が出来ることは、夏休み前にまとめておいた小冊子と、こんなことも有ろうかと予め用意しておいた魔道具を皆様の前に置くこと。
「こちらは伯爵家に嫁いだ姉監修のもと、高位貴族のご令嬢でもギリギリはしたなく見えない所作で、お相手の心を掴む、または取り戻す為のテクニックが書いてあります冊子です。それとお相手の方の態度や行動を記録出来る魔道具です。よろしければお納め下さい」