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令嬢達にあざとい仕草のレクチャーをして一週間後。
俺宛に貴族令嬢達から大量の礼状が届いた。
あと一時だけ我が家が営む商会で、貴族令嬢による普段使い用の宝飾品が爆売れしました。
親父と母さんと長男に尋問されました。
用もないのに実家に帰ってきてた姉ちゃん達も参加して訳を話したら、姉ちゃん達と婆ちゃんと母さんが爆笑しております。
親父と長男は微妙な顔をしてる。
「まあ、理由はわかった。だがほどほどにしておけ」
「いや、俺がこれ以上関わることはないだろう?」
「うふふ、だと良いわね~?」
「そう上手くいくかしら?」
「段々と高位貴族の令息達も範囲に入ってきているのでしょう?」
「「「失礼の無いようにね?」」」
姉ちゃん達と母さんの声が揃った。
「ええ?!高位貴族の令嬢も来るかもってこと?!いやいやそれは流石に……………」
「だって男爵令嬢の被害者はこれからも出てくるのでしょう?」
「婚約者や意中の方を引き止めたり思い止まらせたり、取り戻したい方々はこれからも出てくるだろうしね~?」
「あんたならそつなくこなせるだろうけど、失礼の無いようにね!」
最後の母さんの念押しが怖いんだけど!
「「まあ頑張れ!」」
「ちょっと親父、兄ちゃん!応援してないで助けろよ!」
「さ~て、俺は宝飾品の買い付けに行ってくるか~。ちょっとランクを上げても良いかもしれないな~」
「じゃあ俺は絹の買い付けを増やすか!なっはっはっは!ドレスにゃ物足りんだろうが、普段着になら十分だろう生地があるんだよ!売れるか微妙で少ししか仕入れてなかったが、思いきって増やすか!なっはっはっは!」
商売が繁盛するのは嬉しい限りだが、そこに俺の苦労が目に見えているのは頂けない!こうなったら姉ちゃん達を巻き込んでやれ!
そうして自棄糞気味に出来上がったのが、令嬢としてふしだらと思われないギリギリのあざとさマニュアル。
貴族夫人である姉ちゃん達監修のもと作成されたので、貴婦人としてのマナーは守りながらも可愛らしい仕草や言葉使い、相手を立てる物言い等を絵付きで軽い冊子にしてみた。
姉ちゃん達も少なくない冊数持っていった。
お茶会などで若い夫人に売り付けるそうな。
ただで配らないのは流石商売人の娘、と感心すれば良いのか?
学園内は何と言うか、緊張と弛緩した雰囲気の両極端に分かれている。
男爵令嬢の魔の手から逃れ、婚約者や意中の相手と上手くいっている面々が浮かれてピンクな雰囲気を醸し出しているのと、男爵令嬢が絶賛絡みまくっている令息達がピンクな雰囲気を出しているの。
その男爵令嬢が絡みまくっている令息達の婚約者や婚約間際とか候補とかの令嬢方が、一団に冷ややかな視線を向けていたり、令嬢方の視線の冷たさに令息達が恐れおののいていたり。
そんな中我関せずと我が道を行くブレンダ男爵令嬢は、着々と取り巻きの令息のランクを上げていっている。
ブレンダ男爵令嬢なりに基準があるらしく、裕福な高位貴族でも、容姿の整ってない高位貴族の令息は、貢がせるだけ貢がせて、あまり長い時間付き合うこともなく手放し、容姿端麗な高位貴族の令息は全力で絡みに行っている。
とても分かりやすい。
そんな様子を見て、冷静になる令息は多く、一時の気の迷いとして、婚約者や婚約者候補の令嬢との仲を修復するために奔走し出す令息もいる。
基本、ブレンダ男爵令嬢は、落とした後に捨てた相手には見向きもしないので、取り巻きが徐々に減っていることには関心がないらしい。
そして案の定と言うか、母さん達の予言が的中と言うか、義妹を通して俺に相談にくる令嬢の身分も段々と上がっていっている。
相談に乗って、仲が改善するとお礼としてお手紙を頂き、我が家の商会で爆買いするのが流れとなって、我が家の商会はかつて無い程の売り上げを叩きだし、良い品を置いておけば、その後も普通に買い物に通って頂いたり、家に呼びつけられたりもしている。
親父と長男がホクホク顔で買い付けに走り、母さんと婆ちゃんが積極的に販売している。
俺も結構な額の小遣いを貰ったが、それでは精神的疲労は抜けないんだよ!と訴えたら、姉ちゃん達が伯爵家以下の令嬢達を引き受けてくれた。
ただ、姉ちゃんが嫁に行った伯爵家以上の身分の方々は、俺ご指名で相談してくるので、俺が対応せざるをえないんだけど!
何とか無事に乗り越えて夏休み。
学園内の事は一旦忘れて心身共に休めようと、爺ちゃんに付いて国外の買い付け旅行に同行した。
今回の買い付けは、爆売れしていることもあり絹と新しい生地の買い付け。
親父が以前から少量づつ買い付けてはいたが、最近令嬢達に注目されつつあるので、今回は大量に仕入れる予定だそう。
爺ちゃんとの旅は楽しい。
爺ちゃんの若い頃の失敗談や、無理矢理買わされた品物が我が国では高値で爆売れした話とか、抜け目無い商人の油断のならなさや、美人局に騙されそうになって裸足で宿から逃げた話やら、面白おかしく話してくれるのが子供の頃から好きだった。
身近で、その時々の爺ちゃんの心境まで話してくれて、どんな物語の英雄や冒険者よりも胸踊らせ聞き入った。
そんな面白おかしい爺ちゃんの話だが、一つだけ、決して聞いてはいけない話がある。
それは曾祖父母の話。
曾祖父母がかつてどんな貴族だったか、何をして何をしなかったから没落したのか。
聞けば隠さず話してくれるけど、とても深刻で暗い雰囲気で話されるので、子供の頃は怪談よりも怖かった思い出。
曾祖父母の事があったからと言って、爺ちゃんが貴族嫌いな訳ではないけど、かつての曾祖父母のような傲慢で始末の悪い貴族相手には、ちょっとダークな面を隠さなくなる。
詐欺だろ?!って事まで口八丁で丸め込み上手く契約させる様は、爺ちゃんの語った抜け目無い商人のようだけど、実際に目の当たりにすると、爺ちゃんの厳つい見た目からして悪の親玉のように見える。とても怖い。
実際それで助かった人がいたり、相手の貴族が没落してったりもしたけど、周囲は喜んでたようだし、爺ちゃんには一切のお咎めは無かったし良いんだけど。
何故こんな話になったかと言うと、爺ちゃんが俺の学園での話を聞いてきたから。
今のところ曾祖父母的な貴族は上手く交わしてるんだけど、貴族のいざこざに微妙に巻き込まれてる話をしたら、爺ちゃんの雰囲気が変わってしまったのだ。
なので予防?自衛?のためにも今回の買い付け旅行についてきた。
「なんぞ欲しいものでもあるんか?」
「うん。身を守るためにも万が一のためにも、幾つか魔道具が欲しくてね!」
「ああ、カラカルん所か?」
「うん。随分前にお願いはしといたんだけど、やっと返信が来てね」
「随分前?巻き込まれそうになったのは最近なんだろう?」
「ほら、お貴族様の通う学園に平民が特待生として入るんだよ?僻まれるし当たりはきついだろうと予想出来てたし、もしもを考えて対策を考えるのは当然じゃん?」
「お前のその慎重さは親父に似たんだな」
久しぶりに頭を撫でられた。
爺ちゃんに魔道具の話をしながら道中はゆっくりと進み隣国へ。
二つ目の大きな街で爺ちゃんと一旦分かれ、目的の魔道具師の住む家へ。
鬱蒼とした蔦に覆われ、見える庭にも丈高い草が生い茂った一見廃墟のような一軒家が目的の魔道具師の家。
黒く煤けたドアのノッカーを打ち付けながら、
「カラカルー!ミックが来たよ~!」
大声で同じ声掛けを何度かすれば、家の中からガタンゴソゴソゴスンと音をさせながら近付いてくる音。
ドアを開ける寸前にズザザザーーーーと更に音がなって、大量の紙と共に家主が現れた。
「………………ミック」
無精髭にモジャモジャ頭の不潔そうなひょろ長い男が、俺の名を呼んだだけでそのまま家の中に入っていく。
足元の大量の紙を軽くまとめその辺に積み重ねてから後をついていくと、真っ直ぐ歩けない程物が散乱した廊下を通り、いつ崩れてもおかしくない絶妙なバランスを保つ大量の物が積み重なった部屋の中で暫く待つと、ガサガサゴソゴソした家主であるカラカルが、汚い紙箱を差し出してきた。
「性能テスト済み?」
「当然」
「ありがとう。はい、これが報酬、とおまけのチョコレート」
金貨の入った布袋と可愛らしい箱が幾つも入った紙袋を渡すと、金貨の入った布袋をその辺に置いて、紙袋の中身を取り出し、色取り取りのチョコレートを見て両手を擦り合わせてる。
カラカルは大変腕の良い魔道具師だが、偏屈で生活能力皆無のチョコレート中毒者だ。
親指と人差し指で摘まんだチョコレートを口に入れて噛まずに溶かして食べる様は、ちょっと蛇に似てる。
カラカルは俺よりもたぶん10以上年上のはずなんだけど、色々と駄目な部分を見せられてきたのであまり年上の扱いはしなくても大丈夫。
「爺ちゃん迎えにくるまで2、3日泊めてもらうね!まずは寝床を確保しなくちゃ!」
チョコレートに酔いしれているカラカルを余所に、勝手に部屋を片付け始める。
一応客間として使える部屋もあるのだが、当然のように掃除はしていないのでホコリまみれ。
物が散乱していないだけましと思って掃除に取りかかる。
我が家は平民なので、一応お手伝いさんは1人居るけどだいぶ高齢なので、掃除も洗濯も料理も一通り全員が出来るように躾けられた。
お貴族様のように一人で着替えることも出来ないなんて事はない。
忙しい両親と祖父母を見て育ったので、家の中で出来ることは子供達だけで全て出来るようになったし、姉ちゃん達が嫁に行き、長男が働きだし、次男が騎士団に入ってからは、家事はお手伝いの婆やと2人でこなしてきた。
カラカルは生活無能力者だけど、腕の良い魔道具師なので、その辺に落ちている紙でも、重要な事が書いてあったりして無闇に捨てるわけにもいかない。物を減らせないと部屋は片付かない。
片付かないくせに備え付けの戸棚などは何故か空っぽという不思議。