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家族には内緒にしていたけど、実はトラウマはまだ完全には払拭されていない。
家族とは長い時間を共にして、触れることも触れられる事も大丈夫にはなったけど、赤の他人だと実はまだ駄目な時がある。
特に曾祖母や祖母の世代の女性は駄目で、一緒にお茶を飲んでるだけでも吐きそうになる。
母親世代は、自分に必要以上に接近してこなければ、と言う条件付きではあるものの、お茶くらいは出来る。
姉ちゃん世代も同様。
同世代の令嬢は、自分に興味の無い、欲望を抱かない相手と分かっていれば、会話もお茶も出来る。
以前リック兄ちゃんに連れていかれた娼館でも無理だった。
娼婦のお姉さんは、色々な事情で女性の相手を出来ない客も居ると経験上知っているので、無理に俺に迫ってくることもなく、一晩中話し相手になってくれた。
兄ちゃんには上手く誤魔化せたし、娼館に行ったって経験は普通に友人達にも話せる話題になったし。
父さんと長男の兄ちゃんは、俺が貴族家に婿に入れば、今以上に商売が上手くいくかも、との目論見も無くはないけど、無理強いはしない。
家族一同俺の意思に任せてくれるようだけど、たぶん俺は令嬢と婚姻は出来ない。
卒業も迫ってきたこの時期に、返事待ちの貴族家からの催促の手紙が来て、家族会議になって、兄嫁候補に家のために何処かへ婿入りすれば良いじゃない、的な事を言われたので、隠してたトラウマを正直に話した。
欲望でギラギラした目を向けられると思うだけで、全身が痒くなるし吐き気が込み上げてくると言った俺に、家族一同無言になった。
兄嫁候補が、
「ごめんなさい。ミックさんにそんな事情があったなんて知らなくて。高位のご令嬢方と懇意になさってるから、てっきりそう言った事には慣れているのかと思ってたわ」
「まあ、高位貴族のご令嬢方とはそもそも婚約とか出来るわけ無いって分かってるから、そつなくお茶を飲んだり会話したり、ダンスくらいは出来るようになったけど、学園内で俺を婿にと望んで、迫ってくる令嬢とかは無理だね。友人達を然り気無く盾にして逃げるのは得意だよ」
「もう!何でもっと早く言わなかったの!知っていれば、ご令嬢達の相手なんかさせなかったのに!」
「そうよ!ニコニコ笑って楽しそうにしてたから、あんたが今もまだトラウマを抱えてるなんて気付きもしなかったわよ!」
「あー、でもそうか。一晩中話してただけなのか。道理で欲望を抑えられない時期だろうに、俺に娼館連れていけってねだらなかった訳だ?お前すげぇ淡白な奴だと思ってたわ」
「そんな判断されてたんだ?」
「判断ってか、普通、娼館を一回でも経験した新人は、次も次もって滅茶苦茶ねだってくるんだよ。自分で稼げるようになると、暫くは財布が空っぽになるまで通うもんだしよ。それが無かったから、ミックは極端に淡白なのか、最初の娼婦が全然相性合わなかったのかと思ってたわ」
「いや、素敵なお姉さんだったよ?俺にその気がまるで無かっただけで」
俺とリック兄ちゃんとの赤裸々な会話に姉ちゃん達が微妙な顔。
兄嫁候補のお嬢さんは真っ赤になって顔を覆ってしまった。
そして低っっっい声が。
「ふぅ。あの婆ぁ今から処してこようかしら」
「ええそうね!苦しめて苦しめて苦しませてからじゃないと気がすまないけどね!」
「生活費の援助も使用人も全員引き揚げさせよう」
「それよりもまずは王都から遠い場所に引っ越させましょう。その上で一切の援助を止めましょう」
「はぁーーー。何処までいっても碌でもない親だ。すまないミック。あんな親を持って心底恥ずかしい」
爺ちゃんが沈痛な面持ち。
「爺ちゃんのせいじゃないし、爺ちゃんの事は尊敬してるけど、俺は、やっぱ令嬢との婚姻は無理だな。出来れば、俺は、学園を卒業後は行商の旅とかしてみたいんだよね」
「行商の旅?ミックはそんなことを考えていたのか?」
「うん。俺ね、爺ちゃんの若い頃の話を聞くのが好きだし、自分の行きたい場所へ行って、自分の力で商売とかしてみたいってずっと思ってた。勿論そんな甘いもんじゃないってのも理解してるけど、うちは貴族じゃないんだから、国を越えて、なんなら海まで越えて、色んなものを見て歩いてみたいんだよ」
「ほほ、ミックにそんな大それた夢が有ったとは!なに、ミックが繋いでくれた沢山の縁は、わし等が更に強固に結び直してみせる!ミックはミックのやりたいようにすると良い。何処へなりと行って、見たいものを見て、良い品はわし等に送って来れば良い。好きに生きよ!何処でだってミックはミックだ。わしの自慢の孫じゃ!」
「まあ、俺の行けない場所にミックが行くと思えば、商売にも良い影響も有るだろう。幼い頃にあまり構ってやれなかった我々の不甲斐なさは反省して、ミックの道を妨げる事はしないさ。好きに生きると良い」
「ううう、ミックが居ないのは寂しいけど!仕方無いわよね、ミックが決めたんだもの」
「物腰は柔らかくて押しにも弱いくせに頑固な所があるからね、言っても聞かないんでしょ?」
「うちの事は俺達に任せて、安心して行ってくると良い。ただし、たまには帰ってこいよ?」
「そうだぞ!頼りないかもしれないが、俺達だって少しは助けになれるかもしれないんだから、ピンチになったら、頼れよ?」
「ミック、頑張ってね!」
「ちゃんと手紙を書くのよ!」
誰にも反対されず、それぞれに応援の言葉を貰った。
胸が一杯になって、自分はまだまだ子供なのだと実感した。
それでも、自分の目標が定まったので後は前進するのみ!まずは行商のための荷物を準備して、学園を優秀な成績で卒業しますかね!
早速とばかりに貴族家からの婿入りの打診を断って、翌日に令嬢達から文句と言うか問い詰められて、卒業後は行商の旅に出る事を告げると、皆納得して、納得してくれない令嬢が、
「そんな苦労をなさるより、我が家の婿に入れば宜しいのに!」
とか迫られるのを断るのに苦労して、友人達には何故か凄く羨ましがられて、うちの商会をよろしく、って頼んだりもして。
そんな友人達と卒業試験の為に勉強して勉強して勉強して、たまにニアと護身術の訓練をしてこてんぱんにやられて、悔しくて再挑戦して負けて。
試験結果で仕返しして。
冬だと言うのに、穏やかな晴天の日に卒業式は行われた。
平民特待生として、最優秀成績者として表彰され、沢山の生徒に拍手されるのを、参加していた貴族家の父兄に驚かれて、誇らしい気持ちで壇上から下り、翌日はビシッと礼服を着て卒業パーティー会場へ。
これまで関わってきた沢山の貴族令嬢と踊り、沢山の後輩にお礼を言われ、友人達と別れを惜しみ、
「ミック様。お陰様でわたくし達はとても有意義な学生時代を過ごせましたわ。ミック様にお会いするまでは、上辺だけの付き合いで心許せる友人が出来るなんて思ってもおりませんでしたのに、沢山の友人に囲まれて、心から笑い合う日々は、わたくし達のこれからの支えであり宝物となりましょう。本当にありがとうございました。行商の旅に出られるとお聞きしましたが、是非、わたくし達の婚姻式には友人として参加して下さいましね!きっとですよ!」
との社交辞令ではないお誘いを頂けて、友人達にも約束させられ、だいたい一年後くらいには王都に戻ってくる予定が決まって。
家に帰って荷造りをして、2日後には家族に見送られて家を出て、態々街の門まで見送りに来てくれた友人達にお礼を言って、笑顔で出発。
爺ちゃんと父さんが奮発して買ってくれた魔道具の無限収納袋に大量の荷物を詰めているので、一人用の馬車でのんびりと進む。
最初の目的地はカラカルの居る隣国。
幾つか頼んでおいた魔道具を受け取ってから、爺ちゃんの伝で手に入れた島国を経由してその先へ、の予定。
「カラカルーーー、ミックが来たよーーー!」
ドアをガンガン叩きながら呼べば、ガシャガシャドカドカ音をさせながら現れたカラカル。
相変わらず家の中が凄い有り様。
チョコレート中毒のカラカルに、チョコレートを渡して、注文の品を受け取り支払いも済ませる。
チョコレートを食べながら、
「何時もとは違う注文だな?数も随分多い」
「あ、うん。俺ね、学園を卒業したから、これから行商の旅に出ようかと思って!これはその商品の一部」
「行商?店もあるのにか?」
「爺ちゃんの武勇伝に憧れて、世界中を旅してみたくなったんだよ!」
「その顔なら、高位貴族でも誑し込めるだろうに、態々苦労するのか?」
「う~ん、子供の頃のトラウマが微妙に克服出来てないから、令嬢との婚姻は無理だね。カラカルも似たようなもんでしょ?」
顔が良くてトラブルになった経験のあるカラカルには、ちょっと溢した事がある。
「まあ、分からないではないが、自ら苦労を買って出るとは奇特なことだ」
「そ~かな~?楽しいと思うけど?カラカルだって他所の国の 魔道具とか気にならない?」
「気にはなるが、自分で行こうとは思わない」
「カラカルは出不精だからな~。じゃあ、俺が見たこと無い魔道具とか見付けたら送るから、改良は頼むね!そんでそれをうちに売ってね!」
「ああ、ならドゥディール王国に行ってみると良い」
「ドゥディール王国って、方向逆じゃん!目的地反対側なんだけど?!」
「ドゥディール王国は魔道具の先進国だぞ?この国よりもお前の国よりも魔道具に関してはずっと先を行っている。俺も1度行ってみようと思ったが、この荷物を持っていく事を考えたらな…………」
「それこそ無限収納袋に入れたら簡単じゃん?薬草とかは無理だけど、この庭に生えてるものなら、他の国でも生えてるだろうし、なんなら買えるし?」
「お前、無限収納袋がいくらするか知ってて言ってんのか?それこそドゥディール王国にしか無い魔道具なんだぞ?!」
「ぬっふっふっふっ!これを見よ!爺ちゃんと父さんが奮発して買ってくれた!無限収納袋であるぞ!」
「はあ?!ガキの行商ごときに、無限収納袋だと?!ちょっとよく見せろ!」
何時に無い食い付きで無限収納袋を俺から奪ったカラカルは、食べかけのチョコレートも放り出して無限収納袋に夢中になった。




