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奴等の処遇を知ったのは、連行される姿を見た10日後。
やはりお呼ばれしたご令嬢方のお茶会の席で。
うふふおほほと微笑みながら、流行りの宝石の話でもするみたいに、
「迷惑な方達が片付いて、安心して街を散策出来るようになりましたわね」
「辺境の開拓場に送られたのでしょう?もう二度と王都に足を踏み入れることはないそうですから、一安心ですわね」
「ええ本当に。あの方達って、みすぼらしい格好で場所も考えず大声で話し掛けてきて、本当に迷惑でしたものね」
「わたくし、無遠慮に腕を掴まれそうになりましたわ!護衛にあしらわれておりましたが、それはそれは恐ろしくて!」
「まあ!わたくしも絡まれましたわ!下町のゴロツキのような風体で、ずかずかと近寄られて!あれはとても不快で恐ろしかったわ」
「わたくしはそのお噂を聞いてから、恐ろしくて街に出られませんでしたの。仕方なく商人を呼び寄せましたけれど、やはり自分の目で見て回るのも楽しいですものね!これからはまた街に出掛けられると思うと、安心致しましたわ」
「ええ本当に」「そうですわよね」「わたくしも出掛けようかしら」「ならご一緒しませんこと?」「まあ素敵!」「わたくしも参加して良いかしら?」
と賛同の声が上がり、その後どんどんと話が別方向へ。
既に奴等の話題は過去の彼方へ。
ご令嬢達のこの切り替えの早さに恐ろしさと逞しさを感じる。
学園に居た頃は、あれだけキャーキャー言ってたのに、落ちぶれたあとは見向きもしない。
薄情なようでいて、とても貴族令嬢らしい態度。
ある意味とても前向きで強かでしなやかで、そんなところは尊敬してしまう。
貴族の事を大して知らない平民から見れば、貴族令嬢とは綺麗なドレスを着て、優雅にお茶会やパーティーを楽しみ贅沢三昧暮らしていると思われがちだけど、とんでもない、家のために少しでも良い家に嫁ぐため、幼い頃から教養とマナーを詰め込まれ、日々見目麗しくあるために努力し、婚姻後の付き合いを考え顔を繋ぎ、好きでもない男と婚姻し子を生み婚家の為に尽くす事を強いられる、とても窮屈で大変な仕事なのだ。
中には愛人を侍らせていい気になる旦那まで居て、それでも表面上はにこやかに穏やかに過ごすって、平民なら刃傷沙汰が起きても仕方無い仕打ち。
それでも貴族夫人ともなると、何でもない事のように受け流し、家の財産や子供の継承権を守り、子を立派に育て上げ家を継がせるまでは、旦那の横暴にも何食わぬ顔で堪え忍ぶ。
旦那が引退後は、反動で好き勝手する夫人も多く居るけど。
そんな育った家のため、嫁いだ家のために尽くす事を強いられる立場なら、たまの気の合う同士のお茶会で嫌味や毒を吐くくらい何て事は無い。
まあ聞くだけしか出来ない俺からすると、笑顔の嫌味や毒の応酬は恐ろしいだけなんだけど!
そんなたまにご令嬢達の毒にあてられたり、嫌味の応酬にぐったりはするものの、厄介な人達が居なくなった事で、学園内はより平和になった。
友人達は新しく婚約した相手の家での教育などに疲れた顔も見せるけど、関係は良好のよう。
俺が作ったあざといマニュアルは我が商会で密かに販売され、令嬢達のバイブル扱いされるまでになったし。
そのバイブルであざとさを覚え、令嬢だけのお茶会で技を磨いた令嬢達に、貴族令息達はコロコロ掌で転がされる始末。
それで政略的な婚約や婚姻が上手くいくなら問題は無いだろう。
最近は風潮が変わってきたけど、本来、貴族同士の婚約や婚姻で、気の合う相手と上手くいくなんて、夢物語のようなものだし。
我が家もそれで潤う訳だし、貴族家の取引先も順調に増えてるし。
デビュタントとか新店舗オープンとか色々あって、だいぶ忙しく過ごしてきたけど、そろそろ進路について真剣に考える時期。
友人達は卒業後は一年掛けて結婚式の準備と、領地経営の補佐としての仕事が本格的になる。
ニアは騎士希望だったけど、婿入りが決まったので、婚約者の父上にキリキリと扱かれてぐったりしてる事が多い。
愚痴を言いながらも真剣に学んでいるようだし、婚約者とは上手く行っているので、問題ないだろうけど。
さて、俺なんだけど。
兄ちゃんは近頃1人の従業員と良い感じらしく、婆ちゃんと母さんに鍛えられた子爵家の四女だと言うその人は、人当たりも穏やかで、計算に強く、芯のしっかりした責任感の強い人で、婆ちゃんと母さんとも上手くやれそう。
誰が見ても美人!って感じではないけど、内面の穏やかさが外見に現れてる感じの可愛らしい人。
リック兄ちゃんの方も、どこぞの貴族令嬢と良い感じらしいし。
引ったくり犯を捕まえた所を一目惚れされて、物凄く積極的に迫られて、満更でもない様子、と母さんが言ってた。
で、俺。
学園で無駄に目立ってしまったし、高位貴族の令嬢方とも繋がりが出来てしまった事で、下位貴族からの婿入りの打診が大量に来てる。
それを何処からか聞き付けて、曾祖父母が狂喜乱舞して貴族家の選別をしようとして、祖父母父母に阻止されて、家への出入りを禁止され、生活費も減らされてた。
俺がまだ7、8歳くらいの頃、仕事で忙しい祖父母父母の目を盗んで、本宅に住んでいた曾祖母は、当時まだ辛うじて繋がりのあった貴族夫人の招待を受けてお茶会等にも頻繁に出掛けていた。
店の商品を勝手に土産として持ち出すし、お茶会で話題に出たドレスを勝手に注文するし、宝飾品に目の色を変えて商人を家に呼ぼうとするし好き放題してた。
ただし、当主である爺ちゃんは、貴族ではなく平民なので、必要以上に見栄を張る気も無かったので、悉く注文した品や呼びつけた商人を断った。
それに激怒する曾祖母。
誰1人曾祖母の言葉を聞かず、商人にも根回しして曾祖母の相手をしないよう言い聞かせて、日用品でさえ祖母の許しがなくては買えなくした。
それには曾祖父も激怒したが、稼ぎが無いどころか散財しか出来ない曾祖父母の言葉を聞くものは誰も居なかった。
それで曾祖母は何を思ったのか、俺をお茶会の席に連れ出すようになり、どう言った取り決めをしたのか、俺を出汁に貴族夫人から金を出させるようになり、その金でドレスや宝石を手に入れるようになった。
当時訳も分からず綺麗な服を着せられ連れ回された俺。
目をギラギラさせたおばさんに囲まれて、ドレスを着せられたり、化粧されたり、抱っこされたり身体中を撫で回されたりと不快な事ばかりだったので、当然曾祖母と同行するのを嫌がった。
曾祖母はそんな俺を殴り蹴り、言うことを聞かせ、度々お茶会に連れ出し、終いにはギラギラした目のおばさんに裸にされ身体中を嘗め回されて、帰った途端吐いた。
そんな俺の状態に一番最初に気付いたのは上の姉ちゃんで、両親を捕まえ俺から事情を聞き、曾祖母を叱り付け、別邸を用意してその家に押し込め、本宅への出入りを禁じた。
使用人に見張らせ、曾祖母は家から出られなくなり、癇癪を起こしては暴れて居たそうだが、食事を抜く等の措置を取るようになって、やっと大人しくなった。
だがそれでは終わらず、どうやったのか密かに連絡を取り合った貴族夫人と曾祖母は、曾祖父の協力を得て、強引に俺を連れ出し、貴族夫人に宛てがう行為を継続しようとした。
曾祖父も曾祖母同様貴族夫人から金銭を受け取っていたらしく、最低限の援助しかしていない筈なのに、その生活費に見合わない贅沢品を持っていた事で、使用人から報告があり、発覚し祖父に兵士を呼ばれかけた。
貴族夫人の旦那であるご当主にこれまでの経緯を説明し、訴えると脅し、今後二度と俺と曾祖父母と関わらないと念書を書かせ、多額の慰謝料を貰って、一応の手打ちとして、曾祖父母には更に厳重な見張りを付け、金銭ではなく現物での援助だけしかしないようにした。
俺は貴族夫人の事がトラウマになり、一時は女性全般に拒絶反応を起こし、身体中蕁麻疹が出るようになって、家族を心配させたが、医師の診察を受けながら、まずは貴族夫人とは年齢のかけ離れた姉ちゃん達、それから母さんと徐々に徐々に慣れ、学園入学前には婆ちゃんとも普通に接する事が出来るようになった。
ちなみに、曾祖父母は今もまだ顔を見るだけで蕁麻疹が出る。




