20
家族会議の結果、婆ちゃんと母さんは大変な喜びようで、新商品の開発に更に力を入れよう!と奮起し、親父と兄ちゃんはこめかみを押しながら光栄な事だ、と言いながらも溜め息が止まらなかった。
爺ちゃんが調べたところ、潰れそうな大商会とは、去年騒動を起こした元王子の側近だった令息の実家らしい。
家と家との重要な契約である婚約を、不貞行為で台無しにした上に、相手を貶めるような言動を繰り返したことで、そんな子息を育てた家として商会までもが信用を落としてしまったとか。
商人にとって契約は生命線とも言えるもの。それを一方的に破ったらそりゃ信用も失くす。
例え子息の仕出かした事だとしても、その子息を切り捨てた後だとしても、そんな息子しか育てられなかった親も責められるのは仕方ないこと。
王家御用達の商会として、少々強引で居丈高な商売もしていたらしく、ここぞとばかりに叩かれてるそうな。
王妃様の仰られてたように、最近では店に並ぶ商品も目に見えて減っているとか、品質が落ちているとか。
王家御用達の商会は何も一軒だけではないので、王家には痛手にはならないものの、中央通りのかなり良い位置にある店が、目に見えて傾いていると分かるのは、国としては見過ごせないもの。
外国の賓客などが中央通りを通り掛かり、気まぐれを起こして店に寄り大した商品も置いてないとなれば、国としての力を疑われかねない事態だからね。
王家御用達を解かれ、品物の仕入れにも苦労しているとなれば、馬鹿高い維持費を払い続けることは出来ない。
時間の問題で、潰れるだろう事は機に敏い商人ならば分かるだろう事。
我が家は王家御用達までは狙ってなかったので、そこまで詳しくは調べてなかったけど。
王妃様の仰られた中央通り端の店舗ならば、今の我が家なら維持出来るだろう算段は立つ。
王妃様に答えてしまった以上、受けるしかないのだが。
貴族家の推薦は、姉ちゃん達の嫁ぎ先と、ありがたい事に、マーシャル公爵家とマーシャル公爵令嬢のご友人のご令嬢方のご実家が引き受けて下さった。
王家の許可は王妃様が話を提案下さった事からも、スムーズにいくだろう。
あとは、我が家で腹を括るだけ。
これまで以上に俺もこき使われながら、新たな出店準備に追われている内に、例の大商会が店舗の維持費滞納で退去を命じられた。
その空き店舗が競売に掛けられると、複数の大商会が名乗りを上げ、より良い場所への出店を目指して熾烈な争いが起きたとかなんとか。
で、そんな競売が何度か行われ、中央通りの端の店舗だけが残ると、正式な土地店舗の権利書を持った王妃様の執事さんが我が家を訪れ、その場で手続きが為され、我が家も中央通りに店舗を構える事が正式に認められた。
我が商会の元々の店舗は、平民街に残したまま、中央通りの店舗にはこれまでは注文があった時にだけ特別に出していた高品質の薄絹や、これまでは受注生産だった高品質のアクセサリーや外国産の凝った文具なんかを置くことに。
平民街の店とは価格帯が一桁二桁違う商品を置く。
他には実用的だけど、より利便性の良い小型化が成功した魔道具なんかも置く。
店舗はそれ程広くもないので、置く商品は厳選されたものだけ。
その分平民街の方には、もっと雑多な物も多く置くけど。
中央通りの店舗を長い間空き店舗にしておけない為、各店舗の移動は驚く程速やかに行われた。
大きな店舗から続々と引っ越しが行われ、我が家の新店舗も前店主から知らせを受けて引っ越す頃には、我が家での商品の準備も整った。
何台もの荷馬車を連ね、次々と商品を店舗内に運び込むのを通り掛かる人達が珍しそうに見ている。
3日掛けて荷物を運び込み、店内の飾付けも粗方終わり、最後に我が家の主力商品でもある薄絹を、道に面したショーウィンドウに飾り付けると、見物客からオオオーーと声が上がる。
そしてブレオ商会の看板を設置して、オープン準備の整った店を前に家族が揃うと、
「ブレオ商会の皆様。中央通りへの出店おめでとうございます!」
店前の通りに豪華馬車を停め、降りてきてメイドさんから巨大な花束を受け取り、爺ちゃんににこやかに差し出すのは、マーシャル公爵令嬢様。
花束を受け取りながら爺ちゃんが、
「マーシャル公爵家の皆様には此度の出店の際に、多大なるご助力を賜り、ありがとうございました。お陰様で無事開店出来そうです」
爺ちゃんも満面の笑みで答える。俺達も深々と頭を下げ、
「「「ありがとうございます」」」
と揃ってお礼を言うと、
「何を仰います。ブレオ商会の堅実な経営を評価されての事ですわ。我々の助力などほんの些細な事。開店しましたら是非寄らせていただくわね!」
「はい。お待ち致しております!」
挨拶だけして颯爽と帰っていったマーシャル公爵令嬢。
あんな格好良くて可愛い令嬢を見向きもせずに婚約破棄するなんて、元第三王子ってほんと見る目無いとつくづく思う。
マーシャル公爵令嬢に頂いた花束を店内の目立つ所に飾り、戸締まりをして明日の開店に備え早めに家に帰る。
勿論中央通りの店として、出入り口には警備員と魔道具を設置してあるので、防犯に問題はない。
家の都合で学園を休み、開店の手伝いをして、押し寄せるお客様の対応に追われ、休憩さえ取れずに働いて働いてたら、放課後にクラスメイトが集団で来店してきた。
「「「「「ミック(様)おめでとう!」」」」
口々にお祝いを言われ、大小様々な花束を貰った。
「皆ありがとう!いらっしゃい!」
花束に埋もれながら言えば、そこからはお買い物タイム。
クラスメイトでも低位貴族や平民の生徒は、価格設定に驚いて商品に触れるのも躊躇ってたけど、高位貴族のご令嬢方や令息方は品物の品質に驚いてた。
俺は普段、顔の事で絡まれるのも面倒なので接客はしないのだが、クラスメイト相手だとそうはいかない。
一応詳しい説明も出来るので、次々とされる質問に答えてたら、クラスメイトではないお客様にまで囲まれた。
お客様相手に邪険にも出来ずに困ってたら、婆ちゃんが奥の接客部屋を開けてくれた。
それ程広くはないけど、お得意様や高位貴族のお客様や、特別扱いを望む面倒なお客様用の部屋で、全員は無理でも座れるソファやお茶を飲めるテーブルなんかもあるので、取りあえず皆をその部屋へ。
俺がお茶を淹れて皆に配ると、美味しいと口々に褒められ、茶葉の産地を聞かれ、注文されそうになったり。
残念ながら我が家は食品の扱いは無いことを説明して、取り扱ってる商会を紹介したり。
俺もどさくさに紛れて休憩したり、クラスメイトが帰る時には開店記念の薄絹のハンカチを配って喜ばれたり、大量に買い物してくれたクラスメイトにお買い上げ客用の総レース編みのヘッドドレスを贈ったり。
高位貴族のご令嬢やご令息が来てくれたのを見ていた通りがかりのお客様が、更に来店してきたり、と予想外に忙しく開店初日は過ぎていった。
接客していた婆ちゃんと母さんは、疲れているだろうに、興奮しているのかツヤツヤと言うかテカテカしてた。
予想外の売上げに親父と兄ちゃんがワナワナしてて、爺ちゃんだけが余裕そうにニヤリとしてた。
ところで、ずいぶん前に話したが、兄ちゃん達目当ての嫁候補が、店員として押し掛けてきた話。
当初は数十人が入れ替わり立ち替わり来ていたのだが、随分時間の経った現在。
今もまだ残っているのは数人。
婆ちゃんと母さんがしごき倒した結果、商売の面白さを知った子爵令嬢一人と男爵令嬢二人、平民が四人の計七人が今でも我が家の商会で働いている。
貴族令嬢達は全員学園を卒業しているし、平民の四人も貴族学園ではないものの、それなりに名の通った学園を卒業している。
あとは兄ちゃんとの相性次第なんだけど、商売の面白さを知ってしまった令嬢達は、兄ちゃんそっちのけでお店でキリキリ働いてくれてて、兄ちゃんとの恋愛には一向に発展していない。
新店舗開店の準備に追われ、何時も以上に忙しかったのもあって、そもそも兄ちゃんと直接関係を築く時間が足りない事も原因だっただろうけど、
「兄ちゃんはそこんところどう思ってんのよ?」
「あーまー、大事なことなのは分かってんだけど!こればっかりはな~?」
「俺はまだ学生だから、兄ちゃんの代わりに仕入れとかにも行けないし、そもそも即兄ちゃんの代わりにはなれないしな~?」
「まだ暫くは忙しいだろうしな」
「でも令嬢達だって、何時までも独身って訳にはいかないだろう?兄ちゃんの好みの子とか居ないの?」
「仕事以外の話をしたことがない」
「兄ちゃんて、奥手?ヘタレ?」
「うっせーな!そんな簡単じゃねーんだよ!」
商売では頼りになる兄ちゃんの、意外な面を知りました。