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貴族マナーや会話術の細かさや面倒さにげんなりして、芸術分野の難解さに辟易して、ダンスの下手なご令嬢に足を踏まれまくって片足を引き摺り、それも何とか慣れてきた今日この頃。
家族は相変わらず忙しくしており、やっと外国から帰ってきた爺ちゃんや親父や兄ちゃん達を労り、久しぶりの家族全員での団欒を楽しんでいたある日の事。
我が家で営む商会に、招待状が届いた。
その金ピカの招待状には王家の紋章が押印され、差出人の名前が、《クラリッサ・グレンナール》とある。
この国の名前はグレンナール王国。差出人の名前はクラリッサ・グレンナール。
しかも招待状を持ってきたのが執事然とした紳士で直接足を運んできて、
「口頭で構いませんのでお返事を」
とか言ってる!
その日たまたま事務作業を手伝っていた俺が受け取り、慌てて爺ちゃんを呼んで、手紙の内容を確認した爺ちゃん。
「謹んでお受け致します」
と慇懃に答え、にっこり微笑んだ執事然とした紳士を見送り、深く深く溜め息を吐き出しながらソファに座り込む爺ちゃん。
「手紙の内容は何だったの?」
と恐る恐る聞いてみたら、
「王妃様の私的なお茶会への招待状だった。わしとミックへのな」
と、重々しい声での返事。
親父と兄ちゃんが固まり、婆ちゃんと母さんが絶句して震えだし、爺ちゃんが頭を抱えた。
「なんで俺も?!でも、ええと、私的な、ってことは、商品の注文とかじゃない?公爵家のご令嬢やそのお母上にまでご注文頂いてる訳だし、その関係で王妃様にまで伝わったんじゃないの?」
「うむ。それはあるかもしれんの。ミックが販路を広げてくれたお陰で、王妃様にまで伝わったか?!」
そこからは一転。家族総出で我が家で扱ってる最高品質の品物のカタログを急遽作り、最高品質の薄絹の手土産も用意して、と大騒ぎになった。
そしてお茶会の日。
平民としては最高級の、でも昼間のお茶会に相応しいと思われる服装で、爺ちゃんと共に招待状を持って訪ねた王城。
門衛の騎士に招待状を見せ、身体検査を受けて入城を許されると、その場には案内のためか、招待状を持ってきてくれた執事然とした紳士が微笑みながら待ってた。
執事然とした紳士は本当に執事だった。しかも王妃様付きの。
執事さんに案内されて到着したのは、見事としか言い様のない豪華で絢爛で、でも落ち着いた雰囲気のテラス。
爽やかな風が心地好いそのテラスには既にお茶会の準備が整えられ、メイドさん数人が控え俺達を出迎えてくれた。
王妃様が到着するまでは壁際で立って待ち、王妃様付きの護衛騎士が現れると同時に膝をつき頭を下げる。
コツコツとヒールの足音がして、王妃様が席に着かれると、
「頭を上げて座ってちょうだい。ここは私的な場なので、畏まらなくても良いわ」
とのお許しを頂いて、頭を上げ立ち上がり、爺ちゃんが、
「本日はお招き頂き大変光栄に存じます。ブレオ商会会頭を務めますブレオと申します。この度お招き頂いたお礼としまして、イストーナツ国の薄絹を持参いたしました。お納め下さい」
と言って立礼。続いて俺が、
「本日はお招き頂き大変光栄に存じます。ブレオ商会会頭の孫ミックと申します。礼儀作法は未だ勉強中の身。失礼があったら申し訳ございません」
先に謝っとけば、多少はお目こぼししてもらえるからね。
「座ってちょうだい。本当にこの場では畏まらなくても良いわ」
との再度のお許しが出たので、着席させていただく。
着席して気付いたのだが、この場にはマーシャル公爵令嬢が居た。
ビックリしてる俺を見て、
「ふふふ、ミック様緊張しすぎよ!わたくしの存在に全く気付いてなかったでしょう?」
事実なのでちょっと顔が赤くなったら、王妃様にも笑われた。
「リグレットの言う通り、仲良しなのね?」
特にからかうでもなく言われた言葉に、
「ええ。ミック様には度々お茶会にも来ていただいて、楽しく過ごしておりますわ」
「うふふ、あのマニュアルはわたくしもとても楽しく読ませて頂いたわ!陛下に試してみたら、効果覿面で驚いたものよ!」
うふふおほほと笑ってらっしゃる。あざといマニュアルが王妃様にまで届いてるそうです。しかも国王様に試したそうですよ?!効果覿面って?!
爺ちゃんは事情は知ってるものの、そこまで影響力があるとは思ってなかったのか、笑顔で固まってる。
王妃様と公爵令嬢はどんな風に試したのか、その後何を贈られたかなどを笑いながら話してる。
何だろうか、今回招待された意味が全く分からない。
あざといマニュアルの感想を言いたかっただけ?王妃様そんなに暇じゃないだろうに。
と、爺ちゃんと二人、若干遠い目になりつつ最高級だろうに緊張で味の分からないお茶を頂いていると、執事さんのコホンと言う咳払いの音に、
「あら失礼。話しに夢中になってしまったわ」
と改めて俺達を見る王妃様。
「今日お二人を呼んだのは、提案があったからなの」
「ご提案、でございますか?」
爺ちゃんが疑問を口にすれば、
「ええ。王家御用達の商会の一つが傾き掛けて、王都中央通りの店舗を維持するのが難しいらしく、未だ本人達は隠しているけど、それも時間の問題なのよね。それでね、その店舗をブレオ商会で買い取るのはどうかと提案したかったの」
中央通りの店舗と言うのは、国の顔とも言える大商会が軒を連ねる通りで、商会規模が大きいからと簡単に店を構える事は出来ず、複数の貴族家の推薦と、王家の許可、馬鹿高い維持費を出せるだけの収益が無いと、店舗を出したいと言葉にするだけでも恥をかくような場所。
実際に中央通りに店舗を出せるとなれば、国が認めた商会として、ステータスは爆上がりするけど。
商人としては羨望の場所でもある。
我が家の商会は爺ちゃんが立ち上げて、コツコツと実直に商売して、ゆっくりと規模を拡大してきたものの、未だ大商会の仲間入り出来る程の規模ではない。歴史も浅いし、姉ちゃん達が貴族家に嫁には行ったし、婆ちゃんも元貴族だし、最近は貴族御用達と言って良い程繁盛はしてるけど、この提案に飛び付ける程磐石な商会でもない。
それを一番よく分かっている爺ちゃんは、
「大変光栄なご提案ではありますが、我が商会は歴史も浅く未だ発展途上。中央通りに店舗を構えられる程には育っておりません。大変失礼な事ながら、ご提案を受けることは困難かと」
と断りの言葉。
王妃様のご機嫌を損ねる覚悟で言った爺ちゃん。
室内がシンと静まる。
「申しましたでしょう?ブレオ商会はとても堅実な商売をしてらっしゃるようで、最近では多くの貴族家とも取引をなさってるのに、無理に規模を拡大したり、下手に投資したりはしてらっしゃらないご様子。己の目で見て実際に触れて、品質を見極めて確実な品を手に入れているからこそ、公爵家でも是非にと求める品が数多くあるのですから」
「そうね。リグレットの言う通りね。商人としては中央通りに店舗を出せるとなれば、二つ返事で受けるものと思ってたけれど、ブレオ商会の方々は、己の力量を正しくご理解なさってるのね。発展途上、うふふ、良い言葉ね!商人としての野心もあり、実現できそうな実力もありそう。そうね、ならこうしましょう!中央通りでも一番端、そこに店舗を構えると言うのはどう?一番端なら維持費も他の店舗よりも安価だし、ブレオ商会の規模拡大にも大いに役立つと思うの!」
「端、ですか?今ある店舗はどうされるのですか?」
「一軒ずつずれるか、希望する商会同士で競売に掛けるか、その辺は話し合いも必要だけど、一等地の大きな建物だもの、希望者は多いわよ」
「それならば、問題は無さそうですが、ブレオ商会長のご意見は?」
「格別のご配慮、痛み入ります!お受け致します!粉骨砕身精進致します!」
爺ちゃんが深々と頭を下げてお礼を言うのに、俺も同じだけ頭を下げて礼をする。
ここまで言われて受けないのは商売人とは言えないからね!
「良かった!これでわたくしもお忍びでお店に行くことが出来るわ!」
はしゃいだ声を出すのは公爵令嬢。
「あら、リグレットが直接足を運ぶの?」
王妃様の心底不思議そうな声に、
「はい!友人と連れだってのお買い物、と言うのを経験してみたかったんですの!我が家にも度々お呼びしているミック様のお家の店舗なら、お父様もお母様もお許し下さるわ!」
「ふふふ、楽しそうで良いわね~。学生時代にわたくしもそんな経験をしてみたかったわ!」
「お時間が出来ましたら、王妃様もご一緒にいかがですか?お互いに好みのものを選ぶ事や、お揃いの物を選ぶと言うのは、とても楽しそうですもの!」
「ふふふ、貴女とわたくしでは年齢差がありすぎるのじゃないかしら?」
「わたくしに、王妃様にお似合いの物を選ぶ権利をお与え下さい!」
公爵令嬢が畏まって礼をするのに、王妃様が声を立てて笑う。
その後は女性同士のお喋りに突入してしまったので、俺達は入っていけませんでした。
王妃様と公爵令嬢が一頻りお喋りを楽しんだところでお茶会は終了。
帰り際に、執事さんから正式に店舗の場所や契約内容が決まったらお知らせしますと言われ、用意していたカタログを持っていかれた。