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家族達はそれはそれは忙しそうにしているが、俺の日常は平和になり、それでも断れない高位貴族家からのお茶会の招待を無難に過ごし、特待生として恥ずかしくない成績を取り、日々筋肉痛と戦いながら過ごす内に、ダンスでよろけたご令嬢を難なく支えられる腕力が身に付いてきた。
まだ華麗に余裕ですって顔でご令嬢を抱える事は出来ないけど、そんな機会は滅多にないので別に。いや、鍛えるのは止めないけども!
友人達も俺のお陰で!成績を落とすことなく婚家への面目が保てて、友人達だけでなく、友人のご家族にもとても感謝された。
そんな中、秋の収穫を祝う意味で執り行われるのが、社交界へのデビュタントパーティー。
俺も一応参加者の1人。
貴族学園と銘打っているので、在校生には平民でも参加資格がある。
卒業後は文官や騎士になる可能性も0ではないので、記念に参加しても良いよ、って事だそう。
去年から始めたパーティー用ドレスのレンタル業が目の回る忙しさ。
婆ちゃんと母さんの目が三角になる勢いで忙しい。
それに加え、爺ちゃんが仕入れてきた薄絹が評判で、仕立てるのは馴染みのデザイナーに頼むものの、薄絹の売上げだけで、我が家が大変な事に!
お城で行われるパーティーは格式高く、皆緊張した面持ち。
俺も見たこと無い程煌びやかな世界に圧倒されてガッチガチに緊張したものの、平民の俺に注目する人は居ないだろうと呑気に構えてたら、これまで関わってきたご令嬢方から次々にダンスを申し込まれて、大変な目にあった。
ご両親とか紹介してくれなくて良いですから!
俺、ただの中堅商会の三男坊ですから!
奥様と娘さんが可愛らしくなった事を、自慢されても困りますからーーーー!
高位貴族のご令嬢と次々踊り、家族に紹介までされる平民として、変に目立ってしまったのは不本意ですから!!
ダンスが終わって、ご令嬢方から解放されニヤニヤしてる友人達の輪に入ると、
「いや~、流石ミック!モテますな~?」
「しかも高位貴族のご令嬢のご指名!流石!」
「高貴なご令嬢に大人気!羨ましいですな~」
「高位貴族のご令息のあの悔しそうな顔!」
次々に冷やかしの声を掛けてくる。
それでも高位貴族の令息達に聞かれないように小声での指摘。
「うるせ~な!婚約者と踊った後のダンスなんて、何の意味も無いだろう。それよりもお前ら、婚約者とのダンスの時、にやけ過ぎてキモかったぞ!」
「「う………」」
「「それは………」」
全員自覚があるようで、俺から目を逸らしてる。
「いくら婚約者が可愛いからと言って、あんまりだらしない顔してると嫌われるぞ?」
「「「「ぐぅ!」」」」
黙ってしまった友人達を鼻で笑っていると、
「ブレオ商会のミック。貴様が高位貴族の令嬢を次々と誘惑していると噂の者か?!」
後ろから居丈高に声を掛けてきたのは、この学園内でも上から数えた方が早い、高位も高位な侯爵家の嫡男様。
侯爵家の嫡男であるにも拘わらず、未だ婚約者の決まっていない、素行の悪いご令息。
「イグネシオン侯爵令息。何か誤解があるようですが?私は光栄なことにご令嬢方と友人として親しくさせていただいてはおりますが、誘惑などと、身分に合わない大層な事をした覚えはありません」
「はあ?先程は親しげにダンスを踊っていたではないか!それも高位の貴族令嬢ばかりと!」
「ええ。ですから婚約者の方と踊られた後に、友人として誘って頂き、ダンスのお相手をさせて頂きました」
「ぐ。婚約者の後に、だと?」
「ええ。ご令嬢様方は婚約者の方と仲睦まじくあられるので、婚約者の方にお断りされて、許しを得てから、私をダンスに誘って下さったようですよ?」
わざと区切ってきっぱりと言ってやると、
「ふ、ふん!だからと言って、複数の高位貴族令嬢とダンスを踊るなど!流石平民だな!なんと品のない!」
負け惜しみのように言い返される。
イグネシオン侯爵令息の後ろ近くには、やはり俺に文句を言いに来たのだろう、他の素行の悪い高位貴族の令息も何人か居るが、俺の言葉に反論したいような出来ないような顔をしてる。
「あらあら、わたくし達の親しい友人であるミック様に、因縁を付けられているようですが、貴方方の婚約が決まらないのは、普段の貴方方の素行の悪さが原因でしてよ!それを改めもせずミック様に責任転嫁するなんて、高位の貴族として恥ずかしくありませんの?」
登場したのは、去年の婚約破棄騒動の主役でもあった公爵家のご令嬢様とそのご友人方。
公爵令嬢は、元王子がいなくなってすぐに王弟殿下と婚約され、今はとても仲睦まじくされてる。
そのご友人のご令嬢方も同様に早々に新たな婚約者を決めて仲良くしてる。
そんな公爵令嬢様には、度々お茶会に呼ばれ、王弟殿下との仲を自慢されてる。
平民の俺を親しい友人であると公言して、王弟殿下とのお茶会にまで招待してくる。
身分が違いすぎて胃がキリキリするので辞退したいのだが、度々呼ばれる。
王弟殿下も、これまで平民と親しく話す機会がなかったそうで、面白がって歓迎してくれて、平民の日常生活や婚姻関係はどうなっているのか、等質問責めされる。止めて欲しいんだけどね!本当に!
公爵令嬢に反論されて、タジタジの侯爵令息。
その後ろに居て俺に文句を言いたかっただろう令息方も、分が悪いと早々にその場を去っていってしまった。
我が友人達は、大物の登場に隠密のように息を殺して存在を消している。
イグネシオン侯爵令息は、
「せ、精々誤解されぬよう弁える事だな!」
とか捨て台詞を吐いてその場を去っていった。
「庇って頂きありがとうございました」
公爵令嬢様とそのご友人方にお礼を言うと、
「ふふふ。この程度、貴方から頂いた恩に比べればなんて事はないわ。貴方には本当に感謝しているのよ」
「そうよ!ミック様にはとてもお世話になって。今わたくし達が穏やかに過ごせるのはミック様のお陰だわ」
「ええ、ええ。ミック様はわたくし達とは価値観が違うからこそ、貴重な意見や考え方をご教示頂いて!わたくし達は目の覚める思いでしたわ!」
「婚約者様と上手くいっているのも、ミック様のお陰ですしね!」
「過分なお言葉ありがとうございます」
「全く過分ではないのだけど、ミック様にもお付き合いがありますものね。わたくし達がミック様を独占してはいけませんわ。ミック様、ではまたお茶会にお呼びしますわね」
「光栄です」
ウフフオホホと去っていかれるご令嬢方。
ついつい肩の力が抜けて、ホォッと息をはいてしまう。
そんな俺を見て、存在を消していた友人達が、
「ミックって、モテてた訳じゃないんだな?」
「ああ。以前から令嬢達のお茶会に呼ばれてるのは聞いてたけど、令嬢に囲まれて楽しんでると思ってて悪かったよ」
「うん。あんな雰囲気の令嬢達に囲まれるって、全然嬉しくねーかも」
「高位貴族のご令嬢ばっかって、気使いすぎてキツそう!」
「今更かよ!前から言ってたろ!」
「まぁまぁ。聞くだけなのと実際に見るのじゃ違うことは分かったよ」
「「うんうん」」
「これからはからかうのも程々にしとくよ!」
「結局からかうのは止めねーのかよ!」
「「「ハハハー」」」
「うん。ミックの数少ないからかいポイントだからな!」
「お前らー!」
賑やかに華やかに穏やかに、デビュタントパーティーは終了した。
デビュタントパーティーの後は数日間の休みが入る。国を出ている爺ちゃんの所へ行こうと計画してたのに、親父と兄ちゃんに捕まり、無茶苦茶こき使われた。
親父と兄ちゃんが買い付けてきた品物のリストを作ったり、品質順に選別したり、棚卸ししたり、だぶついた商品を安売りするための準備をしたり、兎に角面倒で面倒な仕事を大量にやらされた。
ここぞとばかりに新商品を開発してる婆ちゃんと母さんにもこき使われて、仕事で手一杯になり家事が疎かになると、家族全員から文句を言われたり。
それに反論したら、目を逸らして渋々自分達で家事をして、余計に家の中が大変な事になったり。
兎に角遊ぶ暇も休憩する暇もない程働かされて、その分たっぷりと給料を支払わせた。
家族だからってタダ働きはしない主義です!その辺爺ちゃんはキッチリしてくれるので、爺ちゃん方式で、キッチリしっかり計算して給料を貰いました。
クタクタになった休みも終わり、また学園での生活に戻る。
この学園の三年生は、デビュタントを終えると普通に社交のためのパーティーの参加も出来るようになるので、午前中の授業ではとても眠そうな顔が並ぶ。
平民でもこの学園に通う生徒は、お城での官僚や官吏、他にも地方貴族の代官を目指す生徒が多いので、貴族マナーや社交術を習っておいて損はない。
関係ないのは俺だけなのだが、最近では不本意ながら高位貴族家のご令嬢や貴族令息達とも付き合いが増えたので、それなりに真剣に授業を受けている。
基本は姉ちゃん達や元貴族だった婆ちゃんに習ったものの、細かいマナーや会話術ってのは中々に新鮮。
社交界ともなると、笑顔で嫌味の応酬とか、遠回しな嫌味とか、周囲を巻き込んでの嫌がらせとか。そんなことが日常茶飯事に起こるので、そのやり過ごし方とか、反論の仕方とか、世代ごとに微妙に違うマナーとかを習う。
成る程婆ちゃんに習ったマナーと姉ちゃん達に習ったマナーが違うのはそう言う訳ね!と納得もする。
古臭くはあるが、婆ちゃんに習ったマナーの方が、大袈裟で慇懃な感じ。でも王族相手でも通じるマナー。
姉ちゃん達に習ったマナーは、もう少しフランクな感じ。
姉ちゃん達に習った方は、高位貴族相手では、人によっては俺が相手を侮っている、と言われ兼ねないマナー。
婆ちゃんにも習っといて正解。
婆ちゃんに習ったマナーを披露したら、教師に感心されたし。




