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騎士希望だったニアに紹介された家庭教師に、護身術を習い始めた。
これまで荒事とはほとんど関わらずに生きてきたので、基礎訓練だけでひぃひぃいってる自分の体力の無さに落ち込んだりしてる。
兄ちゃんに笑われながらもアドバイスされ、家の中でも出来る事はしてるんだけど、簡単ではないよね。
これは地道に頑張るしかないけど、学園卒業までには多少逞しくなりたいもの。
家庭教師の先生は、ニアの子供時代に教えてた先生だけあって、無闇に怒鳴られたり厳しすぎる事は無いんだけど、生徒の体力や実力を見極めるのが凄く的確で、ギリギリ、ギリッギリ出来るだろう課題を出してはニコニコ笑いながら煽ってくる中々に厄介な人物だ。
俺も子供ではないので、煽りにはそれなりに耐性があるつもりだけど、先生は更に上手で、上手いこと転がされてる自覚はある。
令嬢方やご婦人方にはスマートで素敵!と言われたことはあるけど、実情はガリガリの痩せっぽちでしかない事も自覚させられた。
毎日疲れた顔をしている俺を、友人達がニヤニヤ見てくる。
「何?俺が弱ってるのがそんなに面白いわけ?」
「ぐふっ。そりゃ面白いだろう?いつもすまして余裕綽々って顔してるミックが、筋肉痛にうめいてる姿とか今まで見たこと無いし」
「「そうそう!」」
「そんな姿も憂いがあって素敵!とか言ってる令嬢に、ただの筋肉痛ですよ!とか言ってみたい」
「「言ってみたい!」」
「お前ら~!次の試験は自力で頑張るって事で良いんだよな~?」
「「「「いやいやいや!」」」」
「早まるなミック!」
「そうだぞミック!」
「「ミックが居なくてどうやって試験をクリアしろと?!」」
「筋肉痛を笑い者にするからだ」
「ごめんて~」
「ただでさえ領地経営の勉強させられてるのに、この上試験の勉強まで追加されたら潰れるね!」
「だよな~。既に頭こんがらがってんのに、覚えることはまだまだ多いって、もう少しゆっくりになんね~もんかな~?」
「総領娘として幼い頃から習ってる令嬢と同じレベルを求められてもな~?」
「でも婚約者の令嬢とは上手くいってるんだろ?」
「「「へへへ~」」」
「何そのだらしない笑い」
「いや、婚約者は可愛い!最近ますます可愛くなってきたんだけど!領地経営の勉強は辛い!その上試験で成績を落とすわけにはいかないのが、もうプレッシャーでさ!だから頼むよミック!俺達を見捨てないで!」
友人達に拝まれる始末。
最近より可愛くなった婚約者と言うのは、あざといマニュアルを上手く活用出来ているからだろう。
ご令嬢同士のお茶会では、あざとい仕草講座を開いては、より可愛く見える表情や角度を研究するのが流行りなんだとか。
下品にならないよう境界線を見極めるのが難しいんだとか。
何故か男子禁制のお茶会に招かれて愚痴られたり、あざとい仕草で俺を試してきたりする。
確かに広めたのは俺だけども!俺で試さなくても良いと思うよ!婚約者に試せば良いじゃん!と思う俺でした。
男子禁制の男子の部分に俺は入っていないらしく、ご令嬢同士の容赦ない駄目だしも見せられてるので、ご令嬢の誰かに惚れる事は無いけども!
わりと頻繁にご令嬢方のお茶会に招かれてる俺。
最近ではそこに若いご夫人方もまじる事が増え、夫婦仲が良くなったと、我が家の商会でお買い物をされる貴族家が増えたそうな。
ご令嬢方のお茶会はわかる。
分かりたくもないが、広めた張本人の自覚はあるので、仕方ないとは思うのだが、そこに度々まじってくるご夫人方のお相手までするのは、俺の手には負えない。
なので姉ちゃん達に相談して、ご夫人方の相手を頼んだ。
ゲラゲラ笑いながら引き受けてくれて、ご夫人方の相手をしなくても良くなったのだが、今度は微妙に参加する度にご令嬢方の身分が上がってる気がする。
男爵家や子爵家のご令嬢ばかりだったのが、たまに伯爵家のご令嬢がまざり、伯爵家で主催されるお茶会になり、侯爵家のご令嬢がまざり、と、お茶会の内容は変わらないんだけど、こっちの胃はキリキリとしてくる。
侯爵家のご令嬢様に上目使いされて身を寄せられる体験など、経験したいものではないのが本音。
美人だし良い匂いはするし、一見役得のようにも思われるけど、万が一気の迷いで触れてしまったりしたら、俺一人の問題ではなくなってしまうのだから恐ろしい。
困った時の婆ちゃんと母さんに相談してみたところ、何の解決にもならなかった。
高位貴族家からのご注文は桁が違うので、呉々も失礼の無いように!と厳重注意はされるものの、参加しなくても良い方法は教えてくれなかった。
そして俺をお茶会に誘うよう仕向けたのが、義妹だった事が判明した。
確かにあざといマニュアル作ったのは俺だけども!多少は責任を感じてはいるけども!何故俺に振る?!と穏やかに質問してみたところ、婚約者にはなり得ない相手で、あざとい仕草に免疫があり、どうせなら見た目が整った相手が良いとのことで、ご令嬢方に紹介したんだとか。
俺に一言の断りもなく?!と遠回しに抗議したら、義妹ではなく義兄に謝られた。
義妹は義兄に怒られてた。
それでも伯爵家以上の身分のご令嬢の招待を断れる筈もなく、その後も高貴な方々のお茶会に招待される俺の受難は続く。
意図せず高位貴族のご令嬢様方と懇意にさせていただき、我が家の商会はかつてない賑わいと売り上げを叩き出している。
爺ちゃんはますます仕入れに力を入れ、親父と兄ちゃんの顔も暫く見ていない。
婆ちゃんと母さんは商機を逃すまいと、販売に力を入れているだけでなく、新商品の開発にも熱心に取り組んでいる。
姉ちゃん達も俺の作ったコネで、これまであまり接触のなかった貴族家とも交流を持つようになり、家ぐるみでとても忙しそう。
俺は、まあ、お茶会に呼ばれたり呼ばれたり呼ばれたり、それ以外は学園での生活なので、平和なもの。
ただ、最近は放課後や休日が、お茶会で潰れてしまうせいで、満足に勉強の時間が取れないことが不満。
我が家は商会なので、貴族的なあれこれは必要ないんだけど、最近は高位貴族との関わりも増えてしまったので、失礼の無いよう礼儀作法も学び直さなくてはならない。
クソ真面目に勉強大好き!って訳ではないけど、特待生として授業料やその他学業に関する費用を免除されてる以上、成績を落とすわけにはいかない。
なので、忙し過ぎる!と愚痴りに帰ってきた姉ちゃん達を捕まえて、高位貴族ではあるものの、断っても支障が無いだろう家のピックアップを頼んだ。
これ以上自分の時間を削られては、俺自身大変なことになるからね。
やってることはあざとい研究なので、どうせなら身内に協力を願って欲しいところ。
父上とか兄弟とか、なんなら爺ちゃんとか。
そういった方面で誘導していけば、多少お茶会に呼ばれる頻度も下がる、と良いな~?と希望的観測。
侯爵家でのお茶会で、試しに提案してみた。
俺を呼んで試すのなら、より実地で試してみては?と。
きょとんとした顔でどう言う事かと聞いてくるので、試しにあざとい仕草でお父上に欲しい物をねだってみるとか、反対されてた事をやっても良いか許可を貰うとか。と提案してみたら、ご令嬢方の目が爛々と輝きだした。
お茶会に呼ばれる頻度がグッと減った。
学園で感謝の言葉を掛けられる事は増えたけど、俺の日常は平和になった。
我が家の売り上げは右肩上がりで増え続けてる。
ちょっと兄ちゃんが壊れぎみになった。
爺ちゃんに叱られて落ち着いてた。
調子に乗ってねだりすぎたご令嬢が、母上に叱られたそう。
でもその事であざとい仕草が父親世代にも有効だと知ったご夫人方が、姉ちゃん達のお茶会に積極的に参加してくるらしく、今度は姉ちゃん達が胃の痛い思いをしているそうな。




