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友人達は正式な婚約に向けて、ご令嬢とのお付き合いを真剣に考え、お相手のご家族とも積極的に関わりを持とうと奮闘している。
低位貴族でも既に婚約が内定し、まだ婚約破棄をしてから一ヶ月しか経ってないので、猶予期間中なのだが、仲睦まじい様子が学園内のそこここで見られる。
例の男爵令嬢とは違って節度あるお付き合いなので、ベタベタと引っ付くなどの見苦しい行為など全く無く、微笑ましく見守られてる。
そんな微笑ましいカップルを見て羨ましくなったのか、ご令嬢だけでなく、令息達も積極的に婚約者を探しだす今日この頃。
次々に決まっていく婚約に焦りを見せているのは、普通なら身分でゴリ押しすればどんな婚約者でも選べると思っていた素行の悪い高位貴族の令息達。
元第三王子殿下がやらかして平民落ちしてしまった事で、王家でさえゴリ押しが通じない、との噂?も広まり、高位貴族家からの申し込みでも、素行の悪さを理由に断られる事が多いのだとか。
申し込みを受けてくれるのは、借金のかさんだ家や、ご令嬢自身に問題があるなど、高位貴族の嫁としてはあり得ないような令嬢ばかりとか。
高位貴族令息の打診を断ったご令嬢方が、素行の悪い令嬢とお似合いじゃないと噂してるので、令息達には知られてなかった令嬢の素行の悪さまで露になってきてる。
そんな話を面白おかしく語るお茶会に招待されてる俺。
招待して下さったのは公爵家のご令嬢様。
隅々まで美しく整えられた庭園の奥に作られた、総ガラス張りの温室は、建てるだけで途方もない金額が掛かる。
その上南国の花なのか、国内では見たこともない派手な原色の花花が咲き誇っている。
外はまだ春の初めなのに、この温室内は汗ばむ温度。
ご令嬢方は慣れているのか夏用のサマードレスを着てらっしゃる。
知らなかった俺は普通に春用の礼服なので、汗が止まらない。
婆ちゃん推薦の汗を止めるクリームを塗ってるので、顔だけは無事だけど、首から下は汗まみれである。
ご令嬢方は、それはそれは楽しそうにお茶とお菓子を上品につまみながら、元婚約者の処罰内容を話したり、素行の悪い令息令嬢の素行不良の内容を話したり。
高位貴族のご令嬢方だけあって、平民の我が家では耳にすることも出来ない詳しい内容まで語られてる。
商人としては情報収集もとても重要なので、大変参考になるのだが、ご令嬢方って、毎回こんな殺伐とした内容を笑顔で語り合っては笑っているんだろうか?正直、とても恐ろしいと感じる。背中の汗は温室の温度のせいだけじゃないと思う。
俺の顔だけ見てつばめになりなさい、と命じてきた奥様方は、欲望丸出しのギラギラした目で、自慢話はしてたけど、ここまで悪口暴露大会ではなかった。
婚約破棄の件で、ご令嬢方も相当鬱憤が溜まってたんだろうか?
一切口を挟まず、ご令嬢方に合わせて緩く微笑み、たまに相づちを打ってお茶会を乗り切った俺。
最後の御褒美とばかりに、最近仕入れたばかりの薄絹の注文を大量に頂いた。
今までは、あざといマニュアルや魔道具などのお礼に、低位貴族の令嬢が、普段使いのアクセサリーや小物、レンタルのドレスなどを我が家で買ったり借りたりしてたのだが、高位貴族のご令嬢方ともなると、注文の桁が違う。
しかも一桁ではなく二桁違う。
爺ちゃんはこの事態を見越していたのか、この前の旅では普段よりも大量に仕入れてたし、帰ってきてからも、婆ちゃんと母さんに薄絹の品質分けをして、高品質の物は売らないように言い聞かせてたし。
今回のお茶会の招待状を頂いた時に、婆ちゃんから薄絹の品質別見本と柄見本、契約書まで持たされたけども!大変役に立ったけども!先に言っといてよ!と言いたい。
「準備が良くて素晴らしいわ。あなたには先見の明がお有りのようね」
と褒められたけども!そつなく、
「ありがとうございます。お役に立てて大変光栄でございます」
とか笑顔で答えたけども!それ、俺じゃなくて、爺ちゃんと婆ちゃんだから!とも言いたいけど言えない俺でした。
家に帰って愚痴ったら、笑って流された。
兄ちゃん達は笑わずに背中を叩いてきた。
姉ちゃん達はお茶会での話の内容を根掘り葉掘り聞いてきた。
◆◇◆
例年にない程の多数の退学者を出した騒動も3ヶ月も経てば段々と収まり、普段の学園生活が戻って来た。
この学園は、貴族が中心となる学園なので、他の騎士学園や文官を育成する学園とは違い、レベルは高いわりに休みが多い。
春と夏と冬に一ヶ月間の休みがあり、二年生からの秋には社交界的マナーの実践練習も授業に加わる。
この国の成人は17歳で、学園の三年生時に社交界デビューとなるため、その練習も皆様とても真剣。
居なくなった人達のその後が多少噂にはなったけど、平民になってしまった人達の話題は、貴族家の婚約事情や社交マナーの話題にあっという間に塗り替えられ、今では誰の口にも上らない。
友人達も続々と婚約が決まり、家族ぐるみで交流を持ち、婿入り先のご家族とも良好な関係を築いているのだとか。
ただ、婿入り予定なので、婿教育?も始まっており、それが大変だとよく愚痴を聞かされてる。
貴族家は、その家々で領地経営の仕方も、力を入れている事業も違うので、一から覚えなければならないし、領主となるのは婚約者のご令嬢の方なので、補佐として領地の細々な事まで学ばなければならない。
そう言った事情からも、この貴族学園は長期休暇も多いし、他の学園と違ってイベント事も少ない。
平民の俺には社交界デビューも関係ないしお気楽なものだが。
呑気に学園生活を楽しみ、友人達の試験勉強に付き合い、合間に愚痴を聞いてやったり、婆ちゃんから聞いた令嬢方の流行りをアドバイスしたりして過ごしていれば、あっという間に夏休みに突入。
爺ちゃんはイストーナツ国を一周して、薄絹を大量に仕入れたり、イストーナツ国と取引のあるまた別の島国に招かれたり、その国では小粒ではあるものの真珠を大量に仕入れられたと喜んでたり、その周辺国も回ってみるのだと意欲的に動いてたりで、とても忙しそう。
なので俺はとても暇。
親父も兄ちゃんも、爺ちゃんとは別の国に行っちゃってるし、母さんと婆ちゃんの手伝いは俺には無理。それよりも兄ちゃん達の婚約者候補の令嬢達が押し掛け店員として働き始めてるし、正直交ざりたくない。
低位貴族の令嬢とは言え、貴族家に嫁に行く予定で、働く事なんてまるで考えたこともない令嬢達は、はっきり言って邪魔でしかないのだが、母さんも婆ちゃんも使えるようなら嫁にしても良いかと考えてるらしく、厳しく指導してる。
令嬢達もなんとか母さんや婆ちゃんに認められようと頑張ってるのは良いんだが、足の引っ張りあいを始める令嬢まで居て、更に迷惑なことに。
母さんと婆ちゃんはそんな令嬢達を容赦無く追い出してるし、兄ちゃん達にはこの令嬢達は使えない、とはっきりきっぱり切り捨ててるし。
うん。交ざらなくて正解。
在庫チェックとか、棚卸しとか、不足分の注文とか、細かくて数が多く面倒な仕事を手伝って、高位貴族のご令嬢様方が大量注文下さった事で、お小遣いもたんまり貰った俺は、忙しい友人達と遊ぶ事も出来ずに、暇に飽かして街をぶらぶらしてる。
貴族街では店には入らず、ショウケースに並ぶ品を見て流行を知り、商人街では最新の魔道具を見てさわって性能の説明を聞いたり、貧民街では露店で掘り出し物を探したり。
露店で買った串焼き肉を齧りながら歩いているこの通りは、職人街と言われる界隈。
直接販売している店は少なく、どこかの商会お抱えの職人が多いので、特に見て歩く楽しみはあまり無い街。
それでもここに来たのは、忙しい職人向けの露店が多いから。
肉体労働の職人向けの露店は、ガツンと味が濃く食べ応えのある物が多く出てる。
他の街ではあまり売ってない、異国の調味料を使ったスパイシーなスープや串焼きも置いていたりと、中々に楽しめる。
次は何を食べようかと露店を物色していると、なにやら前方から争う声が。
「金は後から払うと言っているだろう!」
「はあ、だから!露店でつけ払いが出来るわけ無いだろう!何度言わせるんだ?そんなに金が無いなら貧民街にでも行けば良いだろう?ここより安く買えるんだから」
「こ、こ、この私に貧民街に行けと言うのか?!」
「何処の誰だか知らんが、この場で金を払えないなら、商品を渡す気は無いね!営業の邪魔だからさっさと帰んな!」
「身の程知らずめ!立場を弁えろ!」
そう怒鳴る奴は、よれよれのベストと汚れの目立つシャツ、所々擦り切れているズボンにブーツと言う出で立ち。
職人街ではギリギリの粗末な服。
だがよ~~~く見てみると、仕立てや生地は上等な物のよう。
そしてその顔。
薄汚れて髪はボサボサだし髭もまばらに生えているが、元は大変整っていただろう顔立ち。
ああ、元第三王子が、酷い姿になって。