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折角王太子殿下直々に通行証を頂いたので、爺ちゃんはイストーナツ国を一周してから帰るそうだ。
なので俺は予め決まっていた取り引き済みの薄絹を持って一足先に国に帰る。
勿論これまでの旅だって、護衛や荷運びの従業員は連れてたので、完全に一人と言うことはなかったのだが。
帰りも船酔いにやられ、普段は酔わない馬車にも酔い、荷運びの従業員に介護されながらの情けない旅になってしまったけど、無事王都に到着。
数週間ぶりに帰ってきた俺よりも、婆ちゃんと母さんは、薄絹に真っ直ぐ駆け寄りすぐ様荷馬車から運びだし、それぞれの仕事に取り掛かった。
呆然とする俺の背中を叩きながら、
「お疲れさん」
と言ってくれたのは、これまで俺を介護してくれてた従業員のゲンさん。何だか泣きそうになった俺だった。
◇◆◇
新学年が始まった。
前代未聞の事件があったので、校則に不純異性交遊が発覚した場合、即退学。との項目が増えた事が発表された。
うん。結婚までは純潔を守る、って風潮の強いこの国で、複数の令息と行為に耽る令嬢、とか想定外だったからね。
貴族家では愛人や情人とかは黙認されてるとは言え、それは結婚して跡取りを儲けた後、ってのが常識だからね。
結婚前から複数の人間と関係を持つとか、家の存続に関わる事だからね。普通はあり得ない。
学園側も想定外の事で後手に回ってしまったんだろう。王家まで関わってる事だったし、まあ、色々根回しとかもしてたのかもね?
俺が買い付けの旅に出ていた間、友人達には様々な変化が起こっていた。
高位貴族の婚約が次々に破棄になって、それが王家が認めた公の事実と広まったので、新たな婚約者探しが本格的に始まった。
ご令嬢方は一度嫌な思いをしているからか、お相手選びに大変慎重になり、家としても次に失敗すれば見る目の無い家だと噂になりかねないので、調査は入念に行われ、高位貴族ではないものの、成績が良く生活態度も真面目な下位貴族の者が選ばれたり、と、これまでとは少し様子が変わってきたのだとか。
高位貴族だからと威張り散らし傲慢な態度を取っていたり、男爵令嬢には引っ掛からなかったものの、普段から素行が悪かったりする高位貴族の令息には打診の声さえ掛からなかったんだとか。
そうして高位貴族の婚約者候補が決まってくると、下位貴族の動きも慌ただしくなる。
高位貴族のご令嬢から婚約の打診さえ来なかった高位貴族の令息に選ばれては大変!とばかりに玉の輿を狙っていた令嬢も、現実的に婚約可能な家格の令息に狙いを変えたのだとか。
で、友人達にもそんな下位貴族の令嬢達から婚約の申し込みが来てるんだとか。
これまでは鼻にも引っ掛からなかったのに、俺が魔道具を配ったり、あざといマニュアルを配ったりして目立ってしまい、その俺の周囲にも注目が集まってしまったのだとか。
俺は特待生として大変優秀である。その友人達は試験や課題の相談を俺にする。俺は丸写しなど決して許さず、理解できるまで教え込む、という大変友人思いな男なので、必然的に理解度の上がった友人達の成績も上がる。という好循環が起こり、ご家族には大変有り難がられ、家の買い物は我が家の商会で、と我が家としても大変ありがたいことになってる。
何が言いたいかと言うと、俺の友人達は、身分は低いものの、婿としては大変お買い得と言うこと。
男爵令嬢が男漁りをし始めた当初から、友人達を説得したり、離脱に手を貸したりしていたのも高評価を受け、そのご友人なら、と婚約の打診が次々に舞い込んで、休み中に何人かのご令嬢と会ったんだとか。
そんな友人曰く、
「お前の作ったマニュアルは、大変優秀だが、そのせいで誰を選んで良いか訳分からん!」
とのこと。
詳しく聞いてみれば、姉ちゃん達監修で俺が作ったあざといマニュアルは、ご令嬢方の間で相当数広まっていて、皆様実に積極的に活用下さり、男心をグラングラン揺さぶってるらしい。
男爵令嬢がやっていたような、女性同士だと顰蹙を買うようなあから様な媚を売る仕草ではなく、ちょっとした上目使いとか、街歩きの時に袖をちょこんと引っ張るだとか、目が合った時に恥ずかしがってうつむくのに口許が笑っているとか。
「ミックが作ったマニュアルを見たから、俺らはもしかしたらわざと?と思えるけど、あれ、知らなかったら完全に落ちるヤツだぞ!」
「「そうだ、そうだ!」」
「だがわざとだと疑ってても可愛いものは可愛い!」
「「それな!」」
「そして誰を選べば良いのかが分からなくなる」
「「「それな!」」」
「そこは、相手との相性とか、家との繋がりとかを重視するもんじゃないの?」
素朴な質問をしてみれば、神妙な顔をしたニアが、
「ミック。恐ろしいことに、俺達はお前のせいで、今妙に注目を浴びている。あの男爵令嬢の騒動が起こってなければ、俺達など鼻先どころか毛先にさえ引っ掛からないようなお家柄のご令嬢からお声を掛けて頂いている。家への影響?どんな影響があるのかさえ想像出来ない格上のお家柄だぞ?!しかもそんな打診が複数!恐ろしいことにこちらが選ぶ側だ!どう選べば良いんだ!打診が来ただけで父上が青くなって母上が卒倒しかけ、兄上が自分が婿に行く宣言をして大変なことになったんだぞ!」
他の3人もうんうんとうなずいている。
「えー?俺のせい?やらかした高位貴族の元令息達のせいだよね?」
「それは確かにそうだが!お前の配ったマニュアルのせいで、これまでツンとすまして話し掛けることさえ躊躇させられてたご令嬢方が!漏れ無く可愛いってどうしたら良いんだよ?!」
ここは教室なので、小声で叫ぶと言う器用な事をしているニア。
たぶんご令嬢方には聞こえてないだろうけど、こっちを見て微笑んでるご令嬢多数。
友人達は人生初のモテ期に舞い上がるのでも調子に乗るのでもなく、ひたすら困ってる。
でも自覚はないようだが、実は浮かれてるな?ここはモテる男の先輩として、釘を刺しといてやろう。後々失敗しないように!なんて友人思いな俺!
「うん。まあ状況は理解できたけど、要は相性の良い相手を選ぶしかないだろうな。ご令嬢との相性は勿論、ご家族との相性も」
「婚約するのは令嬢なのに?」
「こらこら、お前達が婚約者に望まれたのは、婿入り出来るからだろう?いくらご令嬢との相性が良くても、ご家族との相性最悪だったら、簡単に離縁されんじゃねーの?格下の家の婿なんて、言い方は悪いが使えなければ、すげ替えれば良いだけの話だからな?」
「「「はうっ!」」」
「恐ろしいことを言うなよ!」
「だがそれが現実だろう?今のところは成績優秀で、素行にも問題はない。だが婚姻して婿となり、全然使えません、じゃどうしようもない。なら新しい婿を、ってことになる。低位貴族の余ってる令息の多さはお前らの方が自覚があるだろ?」
「「「うぐっ!」」」
「………………だからこその家族との相性か」
「そう。多少失敗しても、婿入り先の義両親に気に入られてれば、即切られる事もないだろうしな?まあ失敗続きなら、また別の話だけど!」
「ううう、ミックめ!モテる男はやっぱり言うことが違うな!俺達はこの状況に浮かれてたのか?」
「自覚できたようで良かったよ。まあ格上のご令嬢に望まれる、なんて滅多に無い経験だろうし、浮かれるのも分からないじゃないけど、ちょっと自分の将来も見据えて、真剣に考えた方が良いんじゃね?貴族で居たいならな」
その辺は平民の俺には理解できないけど!
友人達は落ち着いたのか、真剣に考え始めた。
お互いに似たような立場なので、相談しあってより良い結果を選べると良い。
令嬢方の好みの相談には乗るので、是非我が家の商会でプレゼントを買って仲を深めてもらいたいものだ。
友人達に注意した日、家に帰ると兄ちゃん達にも同じ様な事が起こってた。
まあそこは大人なので、自分で対処して欲しいものだが、母さんに似た兄ちゃん達は、婆ちゃんに似た美女顔の俺と違って、見て分かりやすい美青年だ。
元々目を付けられてたらしいけど、我が家は平民だし、商会も中規模と半端なため、貴族家の婚約打診リストには引っ掛からなかった。
だが今回の騒動で、男は身分より中身!みたいな風潮が広まり、身分に拘るよりも好きな人と結婚したい令嬢が、元々目を付けてた兄ちゃんにも打診だけでも、と家を説得したとかなんとか。
我が家の爺ちゃんも父ちゃんも、積極的な女性、元貴族の令嬢だった婆ちゃんと母さんに押しきられる形で結婚してるので、実に積極的な低位貴族の令嬢が、兄ちゃん達に連日迫っているそうな。
長男のほうのルーク兄ちゃんは、買い付けなどで結構長い期間国に居ないことも多いけど、リック兄ちゃん、次男のほうは、騎士団に所属してるので、連日訓練場に押し掛けられてるらしい。
低位貴族の同僚や先輩にやっかまれる事も多く、宿舎は居心地が悪くなって、最近はちょくちょく実家に帰ってきてる。