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イストーナツ国の国王様は頭の痛そうな顔で俯いてるし、執事さんはこめかみを揉んでる。
お姫様は俺の顔を見てうっとりとため息を吐いてるし。
誰も何も言わないこの状態をどうしたら良いんだろう?
爺ちゃんも無言のままだし。
そんな執務室の扉から、コココココンと忙しないノックの音がすると同時に、束の書類を持った人が入室の許しを聞く前に入ってきた。
国王様と同じ年代の口髭のダンディなおじさんは、服装から見ても、立場が上だろう人。
書類から目を上げたおじさんは、執務机に国王様が居ないことを不思議がり、ソファの方を見て俺達の存在に訝しげな目を向けた後に、お姫様の様子を見て、深い深いため息を吐いた。
「またですか?」
呆れを隠さない声に、
「ああ。まただ」
と返す国王様の声は低い。
「テルーをここへ」
おじさんが執事さんに指示すると、速やかに部屋を出ていく執事さん。
ソファに座り姿勢を崩すおじさんもそのまま無言になった。
暫しまた無言の時間が続くと、部屋の外、パタパタと軽い走る音の後に、コココココンと先程のおじさんと同じような忙しないノックの音がして、
「入れ」
今度は国王様の許しがあってから入室してきたのは、お姫様よりは少し若そうなメイドさん。
メイドさんはその場で深く礼をしてから室内を見て、ツカツカツカとお姫様の横へ行き、ゴツンッと音を聞くだけで痛そうなゲンコツをお見舞いした。
それまでうっとりと俺の顔をなめ回すように見ていたお姫様は、頭を押さえて、
「いいいったーーーーい!何すんのよテルー!!」
と涙目でメイドさんに抗議した。
「何すんのよテルー!!じゃありませんよ!また見ず知らずの人を有無も言わさず連れてこられたんでしょう!結婚式もあと一月のこの忙しい時期に、手伝いもせずにふらふらして!その上初対面の方をお城に連れてくるとは何事ですか!もし万が一変な噂でも立って、結婚が駄目になったら、姫様一生独身ですからね!その事を分かってるんですか?」
「良いじゃない!わたくしはこのミックと結婚するわ!」
お姫様の反論に、血走った目をこちらに向けるメイドさん。
「貴方は姫様と結婚のご意志がありますか?」
「いいえ全くありません!」
メイドさんの迫力に思わず正直に答えてしまった。不敬に問われないかを後から心配になった。
「ほら見なさい!また姫様の一方的な一目惚れでしょう!こちらのミック様?はどう見ても姫様よりもずっとずっとずーーーっと!若くて見目麗しいんですから、行き遅れ過ぎた姫様を選ぶことは間違ってもあるわけ無いでしょう!せっかくせっかく!やっとの事で国王様と宰相様が探しだして下さったお相手との結婚が決まりそうなこの時に!何してくれてんですか?!もうこの後は結婚式当日まで部屋に監禁して一歩も外に出しませんからね!次こんなこと仕出かしたら、一番海流の激しい場所に突き落としてやるんだから!!」
ぜぃぜぃと肩で息をするメイドさん。凄い迫力で、言ってる内容が酷いんだが大丈夫だろうか?
言われた本人であるお姫様は、
「良いじゃない!わたくしだって好きな人と結婚する権利はあるわ!皆して横暴なんだから!生まれてくる孫が可愛くなくても良いって言うの?!」
「はぁ。いいですか!今まではっきりとは言いませんでしたが、この際はっきりきっぱり言わせていただくと!姫様は美人ではありません!この上ない地味な顔立ちです!しかも怠惰な生活のせいでぶくぶく太ってますし!その上頭もあまり良くなく、性格も褒められたものじゃありません!さらに夢見がちで現実を見ようとしないせいで、婚期を逃しまくりです!国王様からすれば可愛い娘なのかもしれませんが、国民の評判は最悪とは言いませんが、最悪の一歩手前くらい評判は良くありません!何せ見目麗しい青年を次々に誘拐する犯人ですからね!姫様という立場があっても結婚の申し込みが来なかったのがその証拠です!どんなに見目麗しい殿方を捕まえても、姫様に似たら大した顔では生まれてきません!その上姫様に育てられようものなら、目も当てられないアホの子になること間違いなしです!最近でもどこぞの国で恋愛結婚をするのだと公爵令嬢と婚約破棄をしたアホな王子がいたそうですが、その方は平民になったそうですよ!姫様も自由に恋愛結婚をしたいのなら、王族籍を抜けられて、平民になられては?それでお相手が見付かるとは限りませんがね!!」
ゼィゼィ通り越してヒューヒューいってるメイドさん。
目がかっ開いてとても怖い。
お姫様も言われた言葉とメイドさんの顔を見て何も言えずに固まっている。目からはポロポロ涙が溢れてるけど。
「まあ、そう言う事だ。お前もいい歳なのだから、現実を見て、もらってくれると言う奇特な方の元へ行き、精一杯尽くしなさい」
メイドさんの暴言とも言える言葉に対して、叱ったり罰したりする気配もなく、全肯定した上で大人しく嫁げと後押しする国王様。
このお姫様どんだけ日頃の行い悪いんだろう?それでも必死になって結婚相手を探してくれた、との事なので、愛されてるのは間違いないのだろうけども。
国王様の駄目押しにさらに涙を流し、鼻水まで出てるお姫様は、そのふくよかな体を縮めて、
「ううう、酷い!酷いわ!お父様もテルーもわたくしをそんな風に思ってたのね?!何て酷いのかしら!」
「酷いのは姫様の顔と頭と行動ですよ!姫様だって、ある日突然知らない人に力尽くで連れ去られたら恐ろしいでしょう?その上逆らえない権力を盾に結婚を迫られるなど、恐怖でしかありませんよ!それで恋愛結婚をしたい、なんて頭沸いてるとしか思えません!誘拐して無理矢理結婚した相手なんて、憎いばかりで愛なんて欠片も育ちやしませんよ!」
「ううう、でもでも、沢山の本には運命の相手とか、いつか理想の王子様が現れるって書いてあるじゃない!わたくしは姫なのだから、王子様と結婚しても良いじゃない!」
「はぁぁ、良いですか?このイストーナツ国は島国で、他国との交流が滅多に無いから姫様は知らないんでしょうけど、国外には見目麗しい素晴らしい王子様は何人もいらっしゃる事でしょう」
「そうよね!わたくしの所にもいつかそんな素晴らしい王子様が現れるわよね!」
「いいえ、あり得ません!」
「何でよ?!」
「素晴らしい王子様が選ぶのは、見目麗しく頭もよく慈悲の心をお持ちの、身も心も清廉な女神のように素晴らしいお姫様だからです!姫様とは正反対の方です!」
「ううう、わたくしだって姫なのに!」
「逆に考えてみて下さい。姫様なら眩いばかりに見目麗しいだけでなく、剣術も得意で仕事にも精力的に取り組み、周囲の信頼厚い素晴らしい王子様と、ろくに仕事もせず怠惰にぶくぶくと太り、美人と見るや拐ってでも結婚しようとする王子様。どちらが良いですか?」
「そんなの見目麗しい王子様が良いに決まってるわ!」
「ええ、ええそうでしょうとも!そんな見目麗しい王子様だって、見目麗しいお姫様が良いでしょうよ!しかもお姫様だけでなく、高位貴族のご令嬢だって山程居るんですから、態々、怠惰でぶくぶく太ってて、仕事も出来ず、地味顔な上に人攫いまでする姫様を選ぶ理由がないじゃないですか!姫様には姫という地位以外褒められるところが無いんですから!それでも愛する娘のために、国王様や宰相様が頭を下げてまで必死に見つけて下さったお相手を蔑ろにして貴女何様ですか?!これ以上はわたくしも付き合いきれませんよ!」
容赦無い駄目出しに、最後の最後で父親からの愛情を訴えられれば、流石のお姫様も観念したのか、
「ううう、ううう……………………………お父様とテルーの言う通りにするわよ!それで良いんでしょ!ううう、うううーー、うわーーーーーーんーーー」
と盛大に泣き出した。
メイドさんが乱暴に顔をぬぐってやり、国王様が背を叩いている。
執事さんも手を貸し、3人がかりで部屋から出ていった。
残された俺と爺ちゃんに、やれやれと言わんばかりの顔で、最初から部屋に居たのにずっと無言だったおじさんが、
「面倒事に巻き込んですまんな。此度の件は、犬にでも噛まれたと思って忘れてくれ。ブレオ商会の事は以前から聞いている。多くの国民たちがそなた達のもたらした品で、暖かく冬を越せて大変喜んでいる。ありがたい事だ。これからも良い商売が出来るよう、通行証を発行しよう。この国の中ならば、どこで商売をしようと咎める事はしない。他国からの目で商売になる物があれば、是非とも広めて欲しい」
軽くではあるが、頭を下げる実は王太子殿下だったおじさん。慌ててこちらも深く頭を下げる。
「ありがとうございます。格別のご配慮、恐悦至極にございます。まだまだ全ての土地を回った訳ではございませんので、善き出会いに恵まれることを楽しみにしております」
爺ちゃんが挨拶を返して、その場で発行された通行証を貰って王宮を出た。
暫く歩き、もと居た町に戻ってきたら、子供達に発見され、
「あー!戻ってきたー!」
「ほらな!お姫様に誘拐されてもだいたい帰ってくるんだよ!」
「俺も隣町の兄ちゃんが誘拐されてその日の内に帰ってきたの見た!」
「ユズリ村の兄ちゃんも帰ってきたらしいぞ!」
と、次々にお姫様の誘拐騒動が語られていく。
どんだけ連れ去ってるの?!しかも全員帰ってきてるし!
どんだけ惚れっぽいお姫様かよ!とは思ったけど、まあ通行証を貰ったし、商売はやりやすくなったし、良いのか?
その日は宿で夕飯を食べ、風呂に入って寝台に横になると、爺ちゃんがぽつりと、
「この国は大丈夫か?」
とこぼした。
「まあ、お姫様の扱いが凄かったけど、他の方々は大丈夫じゃない?国としては普通に良い国だと思うし?」
「あんなに周囲に常識人が揃っておるのに、なぜあの姫様だけおかしな事になっとるんじゃろう?」
「ん~?自国のお姫様にゲンコツしたり暴言吐きながら説教するメイドさんが常識人かは分からないけど、あの国王様、娘を甘やかしてそうだよね?」
「それにしたってあの歳であれは無いだろう?」
「理想の王子様が、ってやつね。確かにあれはない。学園入学前の子供くらいしか許されない妄想だね」
「あのメイドがおれば、何だかんだ言いくるめて結婚させるだろうが、相手が気の毒になるの」
「国王様と宰相様に頭下げて頼まれたら断れないけど、それだけの見返りは有るんじゃない?じゃなきゃ評判の悪いお姫様嫁にはしないでしょ?この国は小さい分王族との距離が近いだろうし、お姫様の噂ってか行動は子供達にまで筒抜けだったし」
「まあそうじゃろうの。わしなら強要されれば国を出るがの」
「それは爺ちゃんが商人だからだよ。お貴族様とは考え方が違うだろ?もし没落寸前でも貴族として生き残ってた大爺と大婆なら、って考えれば、嬉々として息子の嫁に迎えそうじゃね?」
想像したのか、物凄く嫌そうな顔で黙る爺ちゃん。
「そんな家ならわしは捨てるがな!」
「爺ちゃんは貴族の家に生まれて育ったけど、もう根っからの商人で平民になったんだな!」
俺の言葉に満更でもない顔になる爺ちゃん。はぁ今日は、身も心も疲れた日だった!




