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ぬるっと新連載始めました。
よろしくお願いいたします!
「リグレット・マーシャル公爵令嬢!今この場で貴様との婚約は破棄する!そして私マローイ・グレンナールはこのミルキー・ブレンダと婚約することをここに宣言する!」
学園での卒業記念パーティーで、多くの注目を集めるなか宣言される非常識な言葉を聞きながら、あー、本当にやりやがった、と半目になりながらこれまでに起こった出来事を思い出す。
◇◆◇
我が家は元子爵家だが今は中規模の商会を営んでいる。
曾祖父の時代は子爵家だったらしいが、曾祖父と曾祖母の散財のせいで爵位を売るしかなくなり没落した。
嫡男だった長男は曾祖父母の性質をそのまま受け継いだような選民意識バリバリの男で、爵位を売るしかない状態になってまでも、意識を改める事をせず、平民になった後も横柄な態度を取り続け、ついには平民との間で喧嘩沙汰になり呆気なく亡くなったそうだ。
そんな家族を見て育った次男の爺ちゃんは、親兄弟を反面教師に、平民として必死に働き、曲がりなりにも貴族だった目利きを活かして、一から商会を興し、中規模と言える商会にまで成り上がった。
寝食を忘れて懸命に働く親を見て育った親父も、爺ちゃんに鍛えられ幾つかの失敗を糧に、たまに曾祖父母に横槍を入れられながらも、手堅く商売をして堅実に商会を大きくしてきたそうな。
そんな我が家は平民としては裕福な部類に入るが、お貴族様からみれば、使い勝手の良い駒くらいの立ち位置。
そんな家の三男として生まれた俺。
爺ちゃん婆ちゃん、両親が必死に働き、年の離れた姉ちゃん2人と兄ちゃん2人に囲まれ、末っ子として甘やかされながらも、寄って集って鍛えられた。
長女と次女は貴族に嫁ぎ、長男は商会の仕事に没頭して、次男は騎士団に所属している。
家族仲は良好で、姉ちゃん達が作ったコネで、貴族相手の商売も順調に広がってきている。
次男の紹介で騎士団への納品も受けられるようになってきたし。
商会としては堅実で順調と言って良い我が家だが、未だ健在な曾祖父母に言わせると、平民がどれだけ力を付けても、貴族に取っては取るに足らない存在なんだとか。
貴族でないなら何の価値もない、とか。
その平民の息子や孫が稼いだ金で暮らしているくせに、自分達が貴族だった事にしか価値を見出だせないようで、ある事が切っ掛けで今は平民街の外れにある小さな屋敷で別居してる曾祖父母は今もまだ貴族気取りで不満ばかり溢してる。
誰も相手にしないけど。
そんな曾祖父母にゴリ押しされたからではないが、俺は今貴族が多く通う学園に通っている。
昨今では実力主義を謳って平民の入学も許されるようにはなってきたが、数はかなり少なく、自前で入学金と学費を払える学生か、特別優秀な特待生でなければ入学は認められていない。
我が家では、まあ自前で入学金と学費は払えるものの、馬鹿高い学費を払ってまで通いたい訳ではないので、特待生試験に合格出来たら、と試験を受けてみたら、思った以上に優秀だったらしい俺は、学費免除の特待生として入学を許された。
一応姉ちゃん達に鍛えられたり、以前から付き合いのある貴族家での様子を見たり、曾祖父母の態度を見たりしているので、自分なりにお貴族様とのつきあい方も知っている、つもりだったんだけど、いざ入学してみれば、自分の考えは酷く浅はかで上辺だけしか知らなかったと思い知らされ、高位貴族と言うのは、笑顔で相手に致命傷を与える存在なのだと知った。
笑顔の裏で嫌味の応酬をして、足を引っ張り合い、他を貶めて貶し、のしあがる機会を窺っている。
仮面のような笑顔を張り付けているのも、隙や弱味を見せないための武装なのだと。
言葉はどこまでも回りくどく、一見相手を褒めているようで、裏ではケチョンケチョンに貶しているなどは日常茶飯事。
その裏に気付かず上手い返しが出来なければ、更に愚か者だと嘲笑われる。
数少ない平民としては、媚び過ぎず、へりくだり過ぎず、理不尽な命令には従わず、それでも愛嬌は振り撒きながら、四方八方気を付けて、低位貴族の次男三男と言った爵位の関係ない立場の生徒と上手く付き合いながら、一年無事に乗り切った頃には、複数のハゲが出来る程疲れ果てていた。
「大じじも大ばばも、あんな恐ろしい貴族の世界に戻りたいって、気が知れないね」
ついつい愚痴を溢してしまえば、
「確かに面倒だけど、内に入ってきちんと学ぶ姿勢を見せれば、そこまでではないのよ?」
「そうそう、大じじも大ばばもろくな貴族じゃなかったから、没落したのに良い思いをしたことだけ覚えてるんでしょ」
「あの2人に貴族の何足るか、とか語ってほしくないわよね?」
「うんうん、爺ちゃんの話を聞いてると、貴族時代もろくに仕事しなかったらしいし、それは今もだけど!あんたは色々見えすぎてるのかもね?」
「昔から空気読むのは得意だったからね。ま、貴族学園に通ってるからって、あんたが貴族になる訳でもないんだし、気にし過ぎないことね!」
嫁に行っても何かと用事を作っては実家に帰ってくる姉ちゃん2人に慰められる。
その前にハゲを見付けられて爆笑されたけど。
ハゲを身近で切実な問題として捉えてる親父や長男には、お高い育毛剤を勧められるし!
何とか乗りきった一年が終わり、休み中に何とかハゲも改善の兆しを見せ一安心して、二年に進級して一ヶ月程経った頃。
微妙に学園内の空気が変わってきた。
何故か令嬢達がピリピリしており、令息達が変に浮かれた雰囲気を醸し出している。
友人の低位貴族の令息に聞いてみたところ、新入生に超絶可愛い子がいるらしいとのこと。
「その子がさ、もう!見たこと無いくらい可愛くてさ!しかも男爵家の令嬢って事だから、俺達にもチャンスは有るってことだろ?!」
「いや、俺は平民だし。ニアも三男だろ?」
「そうなんだけどさ~、騎士団に入団出来れば可能性くらいはあるだろう?」
「あると良いな~?」
「まあ、あれだけ可愛いけりゃ高位貴族の令息に目を付けられるかもだけどさ~」
「でも男爵家の令嬢なんだろう?」
「第二夫人とか愛妾とかはあるかもだろう?勿体無いけどな~。贅沢はし放題だろうし」
「どうなんだろう~な~?その辺の感覚は平民の俺には分からないからな~」
「男爵家の令嬢なら、商人の嫁に、って話も出るかもよ?」
「長男でもないのに?」
「ああ、ミックの家には結婚してない兄貴が2人も居るんだったか?」
「うん。商会の後を継ぐ長男と、騎士団に所属してる次男が居るな」
「あー、なら万が一男爵家から申し込みがあったとしても、兄貴達にいくわな」
「だろうな」
「ま!そんな気を落とすなって!」
「いや、落としてねーし!そもそもその令嬢見たこともないのに、何で俺が失恋したみたいな扱いだよ!」
「ああそうか、じゃあ一回見に行こうぜ!」
「いや、そんな興味ないし」
「いいからいいから!」
「お前が見たいだけだろう?」
「はははー!そうとも言う」
俺達の会話が聞こえていたのか、普段つるんでる他の友人達もついてきて、可愛いと噂の令嬢見学が決まってしまった。
一年の教室階に行くのかと思ったら、友人が先導して来たのは食堂。
既に多くの生徒が席に着きそれぞれに注文しているのに倣って、友人が適当に選んだ席に座り、俺も何時ものように日替わり定食を頼む。
この食堂は高位貴族や王族までもが利用するので、フルコースから庶民定食まで幅広くメニューがあり、俺はいつもお手頃でボリュームのある日替わり定食を頼んでいる。
低位貴族の令息である友人達も、嫡男以外は大した小遣いも貰っていないので同様のメニューを頼んでる。材料は同じものを使っているので、味はかなり良い。
食事しながら、
「何で食堂?」
と聞いてみれば、
「あそこ!友人達に囲まれて楽しそうに食事してるだろ!」
友人の指差す方を見れば、確かに複数の令息に囲まれて楽しそうに食事する一人の令嬢。
一目見て分かる。
あれは男を侍らして悦に浸る系の女子だと。
そして俺が見ても分かる程マナーがなってない。
テーブルに肘をついてフォークを振りながら食べ、時には人の料理にまで手を出し、自分の料理を他人に食べさせている。
あれは平民街でも場末の飲み屋で繰り広げられるやり取りと同じだ。
何度か親父に連れられて行った飲み屋。
性悪を絵に描いたような女を見ながら説明された。
「いいか、ミック。ああいう女は男が持ってるものを全部吸い取らないと気が済まん。そして吸い取り終わったらゴミのように捨てて、また次の男へと渡り歩くんだ。いくら見た目が綺麗でも、騙されたら一生の終わりだからな。男ってのは単純で馬鹿だから、一度良い思いをするとコロッと騙される。そしてズルズルと引き込まれるんだ。引き返せる奴はほとんどいない」
静かに諭す親父の声が妙に怖かった事と、見た目だけは綺麗な女の赤い唇とセットで俺の記憶に焼き付いている。
その後もパターン違いのやはり性悪女を見せられて、女性不信になりかけたが、婆ちゃんや母さん、姉ちゃん達に笑い飛ばされ落ち着いた。
兄ちゃん達には肩や背を叩かれ慰められた。
遠目で見る令嬢は、赤い唇はしてないけど、仕草や目配りや触れる手なんかはあの時の女にそっくりである。
「ニア。あれは男を食い物にしてのしあがる機会を虎視眈々と狙う性悪だ。見た目だけに騙されるな!」
友人のよしみで忠告してみる。
ニア以外の友人は俺の言葉にちょっと驚いてるけど、ニアだけはムッとした顔でこちらを睨んできた。
1日1話投稿。全27話です。
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感想で、最低限の教育を受けた貴族子息が、砕けた口調で話すのは違和感がある、とご指摘頂きました。
主人公と友人達の会話は、気安い仲を象徴するようにわざと砕けた口調にしております。
主人公も友人達も、ご令嬢や目上の方にはきちんと相応しい態度や言葉遣いをします。大丈夫です。




